戻る

アリス・ミラー 著

山下公子 訳

魂の殺人 新装版
――親は子どもに何をしたか


四六判上製400頁

定価:本体2800円+税

発売日 13.1.20

978-4-7885-1320-4




◆超ロングセラー待望の新装版出来!◆

御愛読いただいてきました『魂の殺人』が新装版となって甦ります! 世界各国で翻訳された名著であり、独裁者ヒトラーの悲惨な子ども時代の描写が圧巻ですが、日本でも1983年の初版以来、子どもの暴力や犯罪などの事件、教育問題が起こるたびに紹介され、注目を集めてきました。訳者の山下公子氏が「苦しんでいるかもしれない方のためにこの本を訳しました」と述べているように、いじめ・幼児虐待に取り組む教育・福祉・心理関係者、子育てに悩む両親、親子関係に苦しむすべての人に、本書が役立つことを願ってやみません。また「自分の心の穴を知り、親への思いを見直す」ことができる書です(読売新聞読書欄「本のソムリエ」國分功一郎氏書評、12年10月21日)。本新装版をぜひ貴店にご常備下さい。

魂の殺人 目次

魂の殺人 新装版訳 者あとがき


◆書評
1993年8月、DIY
1997年9月、教育技術・小5、やまだしゅんじ氏評
1997年10月4日付、読売新聞
1997年10月22日付、朝日新聞、山口正介氏評<
1998年8月、おやこくらぶ、河合洋氏評
2000年6月8日付、新文化
2001年4月1日付、読売新聞、坂上香氏評
2001年autumn、BOOK CLUB KAI Vol.46
2012年10月21日、読売新聞、國分功一郎氏
Loading

魂の殺人─目次

まえがき

生命力の迫害としての教育
いわゆる闇教育
はじめに
憎悪の巣窟(二つの世紀間に書かれた教育書)
総括
いと聖き教育の価
「闇教育」の中心機能、分離と投射

「光の教育」はあるか?
穏やかな暴力
教育者――子どもたちではなく――が教育学がを必要としている


沈黙の劇の終幕――世は驚き騒ぐ
はじめに

自己自身に対する殲滅戦
報いなき思春期
麻薬による自己探求と自己破壊(クリスティアーネ・Fの半生)
馬鹿げたふるまいの陰の隠された論理

アドルフ・ヒットラーの子ども時代――隠された残虐からあからさまな残虐へ――
はじめに
父――その運命そして息子とのつながり
母――その家庭内での地位とアドルフの生涯に果たした役割
総括

ユルゲン・バルチュ――その終わりから見た一つの生命――
「晴天の霹靂?」
殺人は殺人者の子ども時代について何を語るか?
沈黙の壁

この章の終わり


恐れ、憤り、そして悲しみ――ただ後ろめたさは抜きで――和解への道

わざとしたわけではなくとも無慈悲な行いは痛みをもたらす

シルヴィア・プラスと苦悩の禁止

押し殺された憤怒

知る許可

あとがき


訳者あとがき
参考文献
新装版 訳者あとがき

装丁 鈴木敬子





魂の殺人―新装版 訳者あとがき

『魂の殺人』を新装版にしたい、というメールを新曜社の小田さんからいただいたとき、「ああ、やはり、そうなのだな」と思いました。「そう」というのには、いろいろな意味があります。メールを受け取った日の何日前かに、たまたま立ち寄った、団地の書店の棚で一冊の『魂の殺人』を見つけ、少し驚いたということがありました。そこは、昔からある「普通の」本屋さんで。専門書をたくさんおいてある大型書店というわけではないお店でしたし。

 繰り返し報道される、いじめが原因の自殺。学校や教育委員会がいじめの実態解明に熱心ではない、という指摘などを耳にするたび、「『魂の殺人』のころとちっとも変わっていない」と気落ちするような思いをしていました。自分で訳しておきながら、とても奇妙な言いぐさですが、もしもこの社会で、ミラーの著作を本当に必要としなくなるのなら、それは願ってもないことだと、翻訳をしている時から今に至るまで、変わらずに思っています。ただ、たいへん残念なことですが、日本の社会は、『魂の殺人』が初めて翻訳出版されたときから現在まで、それほど変わっていないように感じるのです。

 なぜそうなのか、何が変わらないのか、その分析をするのは私の任ではありません。私は何よりも私自身のために、そして私と同じように苦しんでいるかもしれない、一人一人のかたのために、この本を訳しました。この本を必要として下さっている、一人でも多くの方に届けばよいがと願うばかりです。

 今から振り返ると、おそらくミラーも、自分自身のために、そして自分と同じように苦しんでいる人のために、著作をし続けたのではなかったかと思います。ミラーは2010年に亡くなりました。翻訳者として多少の経験を重ねた目で見れば、表記の点などで、今なら違う書き方をするだろうという箇所もあります。けれど、『魂の殺人』はこのような形で、小さな声を上げているのがよいと思うのです。