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滝口明祥 著

井伏鱒二と「ちぐはぐ」な近代
――漂流するアクチュアリティ


四六判上製376頁

定価:本体3800円+税

発売日 12.11.28

978-4-7885-1314-3

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◆井伏に逆らって井伏を読む!◆

『山椒魚』や『黒い雨』で知られる井伏鱒二はどういう作家でしょう。『多甚古村』『本日休診』などによる「庶民文学」「ユーモア作家」というイメージが一般的ですが、本書は、そういうイメージによって抑圧されたものをさぐろうとします(場合によっては、本人の思いこみにも逆らって)。イメージや先行研究に振り回されることなく、「同時代コンテクスト」という具体的な場を参照しつつ、テクストをきちんと読み込むことで、プロレタリア文学や柳田民俗学との格闘、『ジョン万次郎漂流記』などの漂流もの、『花の町』『遙拝隊長』における同時代への違和などに底流するものとして「異種混淆性」(「ちぐはぐさ」)をさぐり出し、井伏文学のもつ「可能性の中心」を提示します。最近、猪瀬直樹により盗作問題を提起された井伏ですが、猪瀬の読みのいい加減さも指摘されます。気鋭の新人による第一級の井伏論といえましょう。


井伏鱒二と「ちぐはぐ」な近代 目次

井伏鱒二と「ちぐはぐ」な近代 あとがき

ためし読み
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井伏鱒二と「ちぐはぐ」な近代─目次

序 章 作家イメージの系譜学──「庶民文学」という評価の形成

第一章 「ナンセンス」の批評性──一九三〇年前後の諸作品

第二章 観察者の位置、あるいは「ちぐはぐ」な近代──「朽助のゐる谷間」

第三章 シネマ・意識の流れ・農民文学──『川』の流れに注ぎ込むもの

第四章 「記録」のアクチュアリティ──「青ケ島大概記」

第五章 〈あいだ〉で漂うということ、あるいは起源の喪失──『ジヨン万次郎漂流記』

第六章 歴史=物語への抗い──『さざなみ軍記』

第七章 「純文学」作家の直木賞受賞──『ジヨン万次郎漂流記』から『多甚古村』へ

第八章 戦時下における「世相と良識」──『多甚古村』

第九章 占領下の「平和」、交錯する視線──『花の町』

第十章 ある寡婦の夢みた風景──「遥拝隊長」

第十一章 エクリチュールの臨界へ──『黒い雨』

終 章 漂流するアクチュアリティ──新たな作家イメージへ

注 
あとがき 
索引 
装幀―虎尾隆






井伏鱒二と「ちぐはぐ」な近代 あとがき

あとがき 一九九九年三月、私は広島県の県立高校を卒業した。

その年の卒業式は、かなり不穏な空気に包まれていた、と言ってよい。それまで県内の公立学校の卒業式では、日の丸は壁にではなく三脚に立てられ、君が代は斉唱されず演奏だけ、という妥協的な形式が広く行なわれていた。しかし、前年に文部省(当時)から是正指導を受けた広島県教育委員会は、一九九九年二月に各校長に職務命令という形で日の丸・君が代の完全実施を求めた(詳しい経緯については、広島県教育委員会のホームページ「ホットライン教育広島」内にある「文部省是正指導に関する経緯について【平成10年度の状況】」〔http://www.pref.hiroshima.lg.jp/kyouiku/hotline/02zesei/h10zesei3.htm〕をご参照ください)。広島県立世羅高校の校長が自殺したのは、その数日後のことだ。県教委と教員組合の板挾みになった心労が原因だろう、と言われている。そして、その自殺が一つのきっかけとなり、同年八月に国旗国歌法案が制定されることとなる。

たしかに当時の広島県の教育界が某政治団体の強い影響下にあったのは事実であるし、時に首を傾げざるをえない「教育」が行なわれていたのも間違いない。天皇制や日の丸・君が代を否定する意見だけが押し付けられ、異論を認めない空気には私自身、違和感を禁じえなかった。まるで天皇制が世の中の悪いことすべての原因であるかのように言われても納得できるわけはなかったし、日の丸・君が代が正式な国旗・国歌ではないということをひたすら強調する教師には、では正式な国旗・国歌に制定されたらどうするのだろうと思わないわけにはいかなかった。だが、だからといって県教委のやり方が正しいとも思えなかった。広島県の教育界に多大の混乱をもたらした県教委のやり方は、稚拙であったと謗られても仕方のないものだったと私は思う。その混乱のなかで私が学んだ唯一のことは「自らの「正しさ」を振り回すことに羞恥心のかけらも持っていない者の醜悪さに右も左も関係ない」のだということ、ただそれだけだった。

とはいえ、私はそのなかで何か積極的な役割を演じたわけでは少しもない。あと数ヶ月でこのくだらない騒ぎから離れることができるのだと思っていた私は、ただただ東京に行って大学に進学することだけを心待ちにしていたのだった。東京に行きさえすれば、こんなくだらない騒ぎから無関係な場所で明るく健やかな生活を送ることができるのだと、私はその頃、なぜか思っていたのだった。

それからもう、一〇年以上が経つ。

本書は二〇一一年度に学習院大学に課程博士学位論文として提出した「井伏鱒二研究」をもとにしたものを再構成し、加筆・訂正を施したものである。審査にあたっていただいた、主査の山本芳明先生、副査の中山昭彦先生、十重田裕一先生に深く感謝したい。

山本先生は、修士課程を出たあと文字通り路頭に迷っていた私を拾ってくださり、辛抱強く指導していただいた。山本先生がいなければ私は研究を続けることなど到底できなかっただろう。資料の読み方からお酒の飲み方まで、山本先生から教えていただいたことは数限りないが、何よりも先生の研究を楽しむ姿勢には感銘を受けたし、今後も見習いたいと思っている。

また、中山先生にも多くの学恩を賜った。授業その他で、溢れるほどの知識に圧倒されながら、少しでも吸収できるものを吸収しようと努めてきた。本書にその一端がほんの少しでも出ていることを願っている。また、本書の刊行も先生のご紹介によるものである。

それから十重田先生は、実は私の卒業論文の指導教員でもある。学部生の頃からお世話になっている先生であり、私がふらふらしている時分には心配してくださり、いろいろと温かい言葉をかけていただいたことを私は忘れない。博士論文の副査を引き受けていただいたことは、まさに望外の喜びである。

その他にも、感謝すべき方は少なくない。修士課程時代にお世話になった中島国彦先生、佐々木雅發先生、宗像和重先生、そして学習院に来てたった一年間という短い期間ではあったがお世話になった十川信介先生に心から感謝申し上げる。また、井伏研究をこれまで牽引してこられた東郷克美先生、前田貞昭先生には拙稿をお送りするたびに温かいお言葉をいただき、励みになった。二〇一〇年度から助教として勤務している学習院大学の日本語日本文学科の先生方や副手たちにも、何かにつけて助けていただいている。これらの方々の支えがなければ博士論文の執筆はまだ何年も先になっていたに違いない。それから、山田俊治先生に誘っていただいた馬琴の会、松本和也氏に誘っていただいた「太宰治スタディーズ」の会など、各種の研究会で出会った数多くの方々との出会いも、多かれ少なかれ本書の糧となっていることだろう。

本書の刊行に際しては、新曜社の渦岡謙一氏に大変お世話になった。私のような若輩者の著書の刊行を快く引き受けていただいたことに感謝したい。私にとって新曜社は憧れの出版社であり、そこから私の本が出版されるなど、まだ夢のような気がする。また、本書の校正は早稲田大学大学院生の福岡大祐氏、塩野加織氏にご協力いただいた。もちろん本書に何らかの誤りがあれば、全て私の責任である。

そして最後に。本書を、小学校の教員をしながら私を育ててくれた母に捧げる。私はいい息子では全くなかったし、これからもたぶんいい息子にはなりえないが、本書が親不孝の償いに少しでもなれば幸いである。

二〇一二年十月
滝口明祥