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田中健滋 著

日本人の利益獲得方法
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四六判並製208頁・定価1995円

発売日 12.11.15

978-4-7885-1310-5

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◆「甘えの構造」はどこからきたのか?◆

日本では、出しゃばらず控え目にすることが評価されたり、周りから推されて「断りきれず」役職に就く、などということがよく見られます。日本人は受け身的に利益がやってくるようにすること(受利)を良しとしているのです。しかしアメリカ人は、利益は自ら獲得するものだ(能利)と考えます。この受利と能利の違いは、日常生活から社会文化、政治、経済まで、いたるところにみられます。能利・受利から見ると、構造改革やグローバル化の問題、格差、社会規範の揺らぎ、教育・地域社会の後退、「甘え」と「自立」、さらには東日本大震災がもたらした影響など、現在の日本社会における諸問題の共通点がくっきりと見えてきます。著者は、精神医学者で電気通信大学教授。


日本人の利益獲得方法 目次

日本人の利益獲得方法 はじめに

ためし読み
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日本人の利益獲得方法─目次

はじめに  i

第1章 能動的利益獲得と受動的利益獲得 
1 利益獲得の二つの基本形
2 社会制度面での能利と受利

第2章 受利社会・日本、能利社会・アメリカ 
1 自由、機会平等、自立、独立 VS 協調、結果平等、「依存」
     そして「タテ社会」
2 「甘え」VS「自立」
3 非言語的コミュニケーション VS 言語的コミュニケーション
4 日本人の「金銭貸借関係」
5 理念、正義、法、ルール VS 協調、「和」
6 「罪の文化」VS「恥の文化」
7 父性原理 VS 母性原理
8 格差是正の二つの方法
9 「わび」「さび」「もののあわれ」VS「ディズニーランド」
10 能利社会・アメリカ VS 受利社会・日本

第3章 能利は個人主義、受利は集団主義 
1 個人主義と集団主義
2 個人主義/集団主義と能利/受利

第4章 現代日本社会の位置――受利社会から能利社会へ 
1 社会、経済、政治、制度上の変化
2 個人の生活意識の変化
3 受利から能利への移行過程で生ずる社会規範の揺らぎと後退
4 受利社会から能利社会への移行

第5章 能利社会と受利社会を可能とする条件 
1 能利または受利を決める三条件
2 過去、現在、そしてこれからの日本

第6章 現在そして将来――能利/受利比率をどうするか 
1 現在そして将来の生き方
2 能利あるいは受利比率を高める生き方
3 子供をどう育てるか

第7章 能利・受利という視点を持とう 
1 自由度の獲得
2 各場面で選択する行動原理
3 社会動向の見方
4 予想される本書への批判

おわりに  189
文献と注  (1)
                                  装幀=臼井新太郎
                                  装画=ヤギワタル






日本人の利益獲得方法 はじめに

私の専門は精神医学だが、10年ほど前からある理工系大学で、精神医学者・土居健郎氏(故人)の著書『「甘え」の構造』、『続「甘え」の構造』などを教材にゼミをしている。この著書は日本人のあり方について多くの示唆を与え、「甘えの構造」は一般用語にもなるほど影響力を持った。

しかし理系の学生なので、このような文系の内容には容易にはわからない部分や、理系の視点から見ると論理的でない、はたして科学的な議論なのか、といぶかしく思われる部分もみられた。そして、学生たちと議論を重ねながら、もっとわかりやすい説明を考えるうちに、より一般的な新しい見方をすると良いのではないか、と考えるようになった。

それが本書で紹介する、能動的利益獲得(能利)と受動的利益獲得(受利)という、二つの最も基本的かつ対極的な個人の利益を獲得する方法、という視点である。

どういうことか先に簡単に述べてしまうと、能動的利益獲得とは、各個人が利益を能動的に自ら獲りに行くことで利益を獲得する方法のことである。そして、受動的利益獲得とは、各個人が利益を、能動的に自ら獲りに行くことなく、受動的に他者から与えられることで利益を獲得する方法のことである。そしてわれわれは日々、この二つの利益獲得方法をある比率で混ぜ合わせて用いていながら、あまりそのことに気づいていないのではないかと思われる。

たとえば日常生活で、遠慮する、何度も断ったのになおも強くすすめられたので「仕方なく」いただく、などというのは、より受動的利益獲得に沿うかたちでの利益獲得の方法である。出しゃばらず控え目にすることで評価される、周りからどうしてもと推されたので「断りきれず」役職に就く、などというのも、受動的利益獲得に沿うかたちの利益(地位)獲得方法である。土居氏が述べた「甘え」は、受動的利益獲得のしかたに深く関わっていると考えるとわかりやすいと思う。

もっと社会的な側面についていえば、国は税金を徴収してそれをいろいろなかたちで国民に再分配している。そのうち所得税の累進課税率を上げることは、受動的に再分配を受ける分を増やすことになり、社会の受動的利益獲得の比率を上げることになる。逆に、累進課税率を下げると能動的に利益獲得する分が増えて、受動的に利益獲得する分が減り、社会の能動的利益獲得の比率が上がることになる。

近年では、特に2008年のリーマン・ショックまで、アメリカを中心に新自由主義が唱えられ、そしてこれを世界に広げたグローバル資本主義が世界を席巻した。

これは市場原理主義にもとづき、各種規制や富の再分配を極限まで減らし、民間の自由な経済活動や市場での自由競争によって富を拡大させよう、とするものだった。大幅な減税によって企業や資産家などがさらに富裕化することを認め、その投資や消費に期待しようとしたのである。そしてその規範とする人間観は、「利己的かつ合理的に行動して自己利益の極大化を図り、自己責任も受け入れる」というものだった。つまりこれは、能動的利益獲得に沿う極限形のひとつといえるだろう。

このように見ていくと、個人にも社会にも適用できるこの二つの利益獲得方法の考えは、結構基本的で応用範囲も広い概念のように思われる。

これから本書で詳しく説明してゆくが、この概念によって、特に現在の日本社会における諸問題、たとえば構造改革やグローバル化の問題、格差、社会規範の揺らぎ、教育・地域社会の後退、「甘え」と「自立」、さらには2011年3月11日に起きた東日本大震災がもたらした影響などについて、広く検討するための良い視点を得ることができると思う。

こういう幅広い応用性があるので、この二つの利益獲得方法は人間の基本的な行動原理、といっても良いのではないかと思っている。

私の調べた限りでは、このような基本的な個人の行動原理――二つの対極的な利益獲得方法――について述べている著述が見あたらない。そこで本書を著し、読者諸氏のご批判を仰ぎたいと考えたわけである。