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苧阪直行 編

道徳の神経哲学
――神経倫理からみた社会意識の形成


四六判上製226頁

定価:本体2800円+税

発売日 12.11.20

978-4-7885-1307-5

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◆脳研究の魅力と魔力◆

脳研究は、医学者や生理学者だけでなく、心理学、哲学、工学など、幅広い学問分野を横断して活発な研究がなされている先端分野です。アメリカで大学生がリタリンを飲んで認知能力をアップし試験に備えたり、脳と人口内耳や人工四肢を結ぶ技術など、脳に働きかけて機能拡大する技術がすすんでいます。また、人間性の中心である道徳や自由意思、笑い、共感などと脳の関係が解明されつつあり、これらは、従来の人間観を根底から脅かしかねない哲学的、倫理的問題をはらんでいます。本書は、意思や道徳を司る脳の研究と、その研究がもたらす道徳・倫理への挑戦を取り上げました。軍事やマインドコントロールへの利用も懸念されるなか、専門家・非専門家にかかわらずすべての人が深く考えておくべきテーマです。カラー2頁あり。


道徳の神経哲学 目次

『道徳の神経哲学』への序

ためし読み

◆書評

2013年5月、日経サイエンス

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道徳の神経哲学法─目次

「社会脳シリーズ」刊行にあたって  i

社会脳シリーズ2 『道徳の神経哲学』への序  vii

1 道徳の神経哲学 信原幸弘 
はじめに
道徳の脳科学と哲学
道徳と感情
認知的制御モデル
皮質辺縁系統合モデル
道徳的な意志の弱さ
事後的正当化

2 社会脳研究と自由意志の問題 鈴木貴之 
はじめに
常識的な見方
リベットの実験
リベットの実験は何を示しているのか
心理学の知見
意思決定の異常にかんする神経科学研究
神経科学が提起する問題

3 社会脳研究と社会との関係─脳神経倫理の視点から 福士珠美 
はじめに
「実験者」が作りだした「被験者」という存在は
  どのように守られるべきか
「脳」と「脳科学」の持つインパクトをどのように受け止めるか
脳科学研究は「想定外性」とどのように対峙すべきか
三つの前提とその問いかけに対して研究者はどう応えるべきか

4 ニューロエンハンスメントの倫理 植原 亮
ニューロエンハンスメントとは何か
社会的影響をめぐって
真正性をめぐる議論─問題の根深さを探る
人間の自己像をめぐる問題

5 社会脳と機械を結びつける 植原 亮
はじめに
BMIの現状と展望
BMIの倫理的問題
BMIと人格・責任・社会制度
おわりに

6 笑いの神経科学 岩瀬真生 
はじめに
笑っている時の脳の活動を捉えるには
楽しい笑いのPETスタディ
作り笑いのPETスタディ
楽しい笑い、作り笑いによる脳賦活部位
笑いの脳内メカニズムに関する考察
ユーモアの受け取り方は性格や性別により異なっている
ユーモアを理解するのは右脳? それとも左脳?
笑いとユーモアの神経科学の今後の展望

7 快感脳・暴力脳・社会─ブレインマシンインターフェースの余白に 美馬達哉 
はじめに
辺縁系の神話と情動脳
快感脳とその臨床応用
暴力脳とそのコントロール
おわりに

8 刑法における嫌悪感情の役割と社会脳─リーガル・モラリズムと嫌悪感情 原塑
はじめに
論争の始まり─ウォルフェンデン報告書について
デヴリンのリーガル・モラリズム
カハン・ヌスバウム論争とリーガル・モラリズム
身体的嫌悪感情と道徳的嫌悪感情の共通性
嫌悪感情における他者知覚
おわりに

文献   (9)
事項索引 (3)
人名索引 (1)
装幀=虎尾 隆






『道徳の神経哲学』への序

 社会脳シリーズの第1巻『社会脳科学の展望』では、多岐にわたる社会脳研究の現在を脳から社会を見るという視点で展望するという試みを行った。

 第2巻からは、本シリーズの「刊行にあたって」に示した社会脳研究の諸分野のモデル図に即して、それぞれの領域における社会脳研究の最前線を見てゆく。

 本巻(第2巻)では、ヒトが適応的な社会生活を営むにあたって、社会的存在としての心や、その行動規範を導く社会倫理や道徳を中心とした「社会脳」のはたらきをみてゆく。第1巻と同様に、最新の機能的磁気共鳴画像法(fMRI)やポジトロン断層法(PET)などの脳イメージングの方法と洗練された実験心理学の手法を組み合わせて道徳とその関連領域のパズルを解いていきたい。神経哲学(Neurophilosophy:ニューロフィロソフィー)と神経倫理学(Neuroethics:ニューロエシックス)が本巻の中心となる。社会脳研究がはらむ倫理的問題を哲学的論議をまじえて、近未来社会を射程にいれつつ人文社会的な視座から取り上げている。従来、認知神経科学や社会脳ではあまり扱われることのなかった、道徳や公正などの社会規範、さらに規範からの逸脱行為と社会脳のかかわりを、具体的な社会とのかかわりの中で考えてゆく。たとえばBMI(ブレインマシンインターフェース)はヒトと機械を結び、ヒトの心や身体の能力をエンハンスする(高める)有用な技術であるが、この最新技術がその将来的発展の方向を誤らないように見守ってゆく必要がある。本巻では伝統的な倫理では想定できない事態にも対応してゆける緊急を要する提案が、現状の紹介とともになされている。

 神経哲学や神経倫理学の分野では、よく思考実験が用いられる。たとえばジレンマ・ゲームやギャンブリング・ゲームでは、いくつかの競合的あるいは協調的条件を組み合わせて、想定実験を行っている場合の脳活動を観察することが多い。たとえばブレーキが故障して暴走してきたトロッコを、最小の犠牲者でストップさせるにはどうすればよいかといった道徳的ジレンマの判断をさせるトロッコ問題などがある。

 第1章では、こうした道徳的ジレンマの問題を、fMRIによる検討を通して神経哲学・倫理学の視座から検討してゆく。このレビューでは、道徳的ジレンマの解決には前頭葉の内外側領域がかかわることが多いことが示されると同時に、その脳機能のモデルが紹介されている。道徳をさらに一歩進めて、社会倫理にまで展望を広げると、さまざまな眺望が開けてくる。医療面からみると、たとえば精神的疾患をもつ患者の治療のため開発された薬物が、スマートドラッグとして健常者の心的機能をエンハンスするために用いられたりすることがもたらす影響がある。そして、この影響が社会の在り方や人間観にも影響が出てくる可能性が指摘されている。

 第2章では、神経哲学の立場から自由意思の問題が検討される。われわれは自分の行動が自由な意思によって決定されると信じているが、それはほんとうにそうなのかを有名なリベットの実験の検討を通して考える。たとえば、ある薬物依存症では前頭前野のような行動のプランや衝動抑制にかかわる領域の機能低下をもたらすことがある。それが人格の変化を誘導し、さらに結果的に反社会的行動を惹起した場合、その責任はどこに帰着するのであろうか? 薬物が人格の同一性を損なうような変性をもたらす場合は自由な意思は保障されるのか? さらに、その行動が無意識になされた場合はどうなるのか? そこには深刻だが、実に興味深い問題が次々と立ち現れてくる。

 第3章では、このような問題をさらに医療倫理や生命倫理の立場に展開して、患者や被験者の保護の問題ともかかわることを示す。医療現場における個人情報(脳活動の記録からゲノム情報まで)に配慮し、神経倫理を考える必要がある。マスメディアでは、脳がわかれば何でもわかる、などといった脳神話が喧伝されることが多く、それを受け取る素人には過大に評価されがちである。結果的に脳科学に過大な期待を抱かせ、近未来の高度情報化社会において想定外のリスクをもたらす可能性もないとはいえない。社会脳の脳内ネットワークの研究の展開に合わせて神経倫理学がその芽を出そうとしているが、その芽を上手に育ててゆくことが必要である。

 第4章では、エンハンスメントの問題を神経倫理や社会道徳の視点から取り上げる。スポーツでは薬物によって機能強化をはかることはドーピング行為として禁止される。しかし、ふつうの健常人が治療を超えて薬物などによって身体的あるいは心的機能を強化することをエンハンスメントと呼んでいる。たとえば、スマートドラッグと呼ばれる認知能力を一時的に高めるニューロエンハンスメントの薬物としてのリタリンは集中力を高める効果があり、米国では試験期間にはいるとこれを摂取して試験に臨む学生がいるという。このような薬物によるニューロエンハンスメントは社会を公正に保つといった意味でも問題になるかもしれな。エンハンスメントに対する擁護派と反対派の論争が続く中で、BMI問題と並んで神経哲学や神経倫理の立場から早急に論議が深められることが期待されている。反対派はヒトを操作や制御の対象とする点を問題にし、自己像の改変さえ生みだす可能性を問題にするが、一方では、人間は自由意思のもとで自己の心的能力を自ら変える権利をもつという擁護派の考えもあるので事態はなかなか複雑である。

 第5章では、BMIの試みなど紹介し、同時にその問題点も指摘する。社会脳を積極的に生かすためにこれを機械やシステムと結びつけるBMI技術があることはすでに述べたが、この分野ではすでに臨床的な実験が実施されておりまた、実用化されているものもある。たとえば、深部脳刺激(DBS)でパーキンソン病などの運動障害を軽減する治療、うつなどの精神疾患への適用などが報告されている。これらが、電気刺激を脳の神経に送るタイプの入力型であるのに対して、脳からコンピュータへと情報を出す出力型の例として、たとえば四肢のまひ患者やALS患者が、考えるだけでコンピュータなどを操作できるBMIも実現されている。これは第二の身体の誕生といえるし、バーチャルリアリティーの世界に拡張されれば新たなコミュニケーションの手立てともなると考えられるが、一方ではこのタイプの技術が心の読み取り(マインドリーディング)、さらにはマインドコントロールのような心の内面に及ぶようになると神経倫理学的な問題が出てくる。しかし、筆者はマインドリーディングについては、それがどの程度の心の読み取りであり、何を目的としているのかによって評価は違ってくるように思われる。今のところ、この働きとかかわると推定される心の理論(他者のこころや意図を読み取るメカニズム)の解明さえメドがついていない状況では、嘘発見器レベルの話題と大差がないように思われる。BMIによって人格の同一性が損なわれることがないように、そしてこの技術が戦争や犯罪、そして個人のこころのコントロールに用いられることのないことを祈りたい。BMI技術については、治療に用いられる場合はむろん、一般的に用いられる場合にも安全性とともにその技術がもつ倫理面の問題が検討される必要がある。

 第6章では、笑いやユーモアの理解といった社会脳のはたらきを考える。神経哲学や神経倫理学にとって社会脳は興味深い対象であるが、一方では楽しいという情動経験がなぜ笑いというこころの状態をもたらすのかを解明することも重要である。笑いも道徳や社会倫理と密接にかかわっており、心の存在基盤となる神経哲学ともかかわりをもつ。ヒトのみが笑う動物であると考えられているが、ではなぜヒトは笑うのか?という疑問に社会脳は答えることができるであろうか? 笑いはきわめて社会的現象であり、恰好の社会脳研究の課題である。この章では、なぜ笑うのかという古代ギリシャ以来の哲学的課題をPET(ポジトロン断層法)を用いた神経哲学的アプローチによって、ユーモアやジョークを取り上げている。笑いが脳にもたらす変化を観察すると、楽しさがという情動経験が、側坐核などの脳の報酬系ともかかわることが明らかになってきた。ブラックユーモアなど社会的規範や倫理から逸脱しがちなジョークが社会脳の特定領域の活動とかかわることもわかってきた。笑いの神経哲学が思いがけない社会脳のはたらきの一端を明らかにするかもしれない。

 第7章では、第1章や第5章で取り上げた問題をさらに歴史を遡りながら掘り下げている。すでにみたように、BMIは視聴や聴覚に障害をもつ患者に人工網膜や人工内耳を実装し、意図を伝えることでコンピュータを操作し第二の身体をもつことを可能にしてきた。しかし、このようなエンハンスメント技術が人格にまで影響をもつことになると問題が生じてくる。たとえば、すでに述べたように脳の内部に電極を挿入して脳の特定の領域を刺激することでうつや精神疾患の患者の治療を行うDBSの手法は比較的古くから医療現場で用いられてきたが、たとえば統合失調症に適用されたケースなどではかなり疑問を残すものもあるといわれる。過去の実際の医療現場からのBMIがらみのデータを詳細に吟味し、将来の健全なBMIの発展に生かすことも重要な神経倫理の責務であるといえるのである。

 第8章では視点を変えて、道徳意識や嫌悪感情が裁判の判決にどのような影響を及ぼすかを考えてみたい。本邦でも2009年から裁判員制度が始まり、法律の専門家ではない一般人が抽選によって選ばれ、刑事裁判にかかわることが多くなってきた。この制度は、国民の常識的な道徳意識を裁判に反映させようとの意図のもとで導入された。しかし、健全な社会常識や道徳意識も嫌悪感情の影響を免れ得ない。嫌悪感情は社会脳がもつ情動という心のはたらきのネガティブな側面を示し、たとえば、最近のfMRIなどの実験は内側前頭前野が自分の属さない外集団の構成員への嫌悪感情とかかわることを示唆している。この点について、とくに神経倫理からの検討が必要とされているが、ここではこれを、リーガル・モラリズムと呼ばれる法哲学上の立場から検討している。陪審員の嫌悪感情が道徳的判断に影響するなら、当然法的判断に影響をもつことになり、ここに必ずしも合理的でない判断がまぎれこむ可能性がある。このように身近な裁判にまで一般人がかかわることで新たな道徳の神経倫理の問題が生じているのであれば、これは社会脳科学が検討すべき課題の一つであろう。

 本巻が、多くの読者に、社会脳の解明のプロセスの中で神経哲学と神経倫理学が相互にクロスし合う新たな学問がはらむシリアスな問題に、気づいてほしいと願っている。本書を一読していただけば、社会脳がもつ魅力(魔力?)を感じていただけると思うし、また来るべきBMI社会の光と影の部分が織りなすSF的世界をファンタジー小説を読むように楽しんでいただけると思っている。社会脳を構成する諸分野のうち、神経社会ロボット学や神経発達学と内容的に重なる事項については本巻ではできるだけ避けることとした。

 最後に、最近の研究を紹介する原稿をいただいた著者各位には心より御礼を申し上げたい。また、新曜社の塩浦ワ氏には編集上のアドバイスいただいたことに感謝したい。

    2012年10月22日
苧阪直行