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サトウタツヤ・若林宏輔・木戸彩恵 編

社会と向き合う心理学
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A5判並製340頁

定価:本体2800円+税

発売日 12.09.25

978-4-7885-1305-1

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◆新タイプの心理学テキスト!◆

心理学は大学生になって初めて学ぶ学科なので、受講する学生は興味津々です。でも、いざ教室に行ってみると……行動だの認知だの、実験だのと、どうも思い描いていた心理学とは違います。ほとんど日常生活とは関係がなさそうなの です。イヤ、廻り巡って重要な基礎知識なのだ、ということかも知れませんが、心理学は実際には、もっと日常生活と密接に関連した学問なのです。いじめ、通り魔、冤罪等々の社会的重大問題や、化粧、ダイエットの失敗、恋愛などの個人的な重大問題も、みな、心理学のテーマですし、沢山の研究があります。しかし、どういうわけか、こういう「応用」心理学については、大学でキチンと教えられてきませんでした。そこで、満を持してのテキスト登場です。教室を離れて社会に出てからも、その知識を活かすことができる心理学テキストの誕生です。


社会と向き合う心理学 目次

社会と向き合う心理学 序章

ためし読み
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社会と向き合う心理学─目次

目次
まえがき
序 章 この本が伝えたいこと
1 この本が伝えたい「心の仕組みを知ること」の大切さ
2 この本が伝えたい心理学の内容
3 この本が伝えたい知識のかたち

第1部 社会・文化とグローバリゼーション

第1章 応用社会心理学と文化心理学                 
1 心理学とは何か
2 社会とは何か,応用とは何か
3 未来の心理学 ― グローバリゼーション時代の心理学
4 個別を尊重しつつ普遍性を目指す立場としての 「社会と向き合う心理学」

第2章 社会心理学から心の文化差へ                 
1 自己
2 社会的認知
3 グループダイナミクス
4 心の文化差

第3章 文化心理学 ― 文化の違いと異文化変容           
1 文化心理学 ― 記号から見た文化の定義
2 お小遣い研究から見た日韓のおごりの捉え方の違い
3 化粧をすることと文化
4 グローバリゼーション時代における日本文化のメタ認知

第4章 複線径路・等至性モデル(TEM)― 人生の径路をとらえる
                    
1 あなたはどんな径路を歩んできましたか?
2 人生径路を描いてみよう ― 大学に進学するに至るまで
3 複線径路・等至性モデル(TEM)
4 TEMで中絶経験をとらえる
5 物語と質的研究の意義

第2部 法と心理学

第5章 法心理学と裁判員裁判                   
1 法と心理学の接点と研究・学習の意義
2 法心理学の歴史
3 裁判員制度の開始と法心理学
4 裁判員裁判評議の研究

第6章 被害面接・被害者学・刑罰論                
1 被害の発生と捜査心理学
2 被害者の軽視と被害者学の勃興
3 二次被害とそれを防ぐための仕組み
4 被害感情の問題と刑罰の問題 ― 応報感情を超えて

第7章 正義と公正感情                       
1 正しさ ― 公正・正義・司法
2 ジャストワールド仮説と公正の方程式 ― わり算的世界
3 家事労働における分配と公正
4 争いを防ぐ,あるいは治める,平和構築のための心理学

第8章 共感と虚偽と道徳性                    
1 法心理学における感情の問題
2 コミュニケーションに見る社会的な共感
3 共感の発達をとらえる
4 同情と感情移入と共感

第9章 冤罪を防ぐ心理学 ― 目撃証言の誤りと虚偽自白       
1 戦後日本のいくつかの冤罪事件
2 冤罪の原因としての目撃証言の誤りと虚偽自白
3 供述分析
4 供述分析の3次元的視覚化と裁判員裁判

第3部 厚生心理学

第10章 クオリティ・オブ・ライフとは何か?            
1 クオリティ・オブ・ライフという概念
2 健康神話,そしてそれに埋め込まれている私
3 個人的なQOL
4 ナラティヴと厚生心理学

第11章 ライフ・エスノグラフィ ― 病いとともに生きる       
1 難病,特に神経難病とは何か
2 エスノグラフィによる文化の記述の意義
3 難病患者という文化の記述
4 エスノグラフィと厚生心理学

第12章 当事者研究のあり方                    
1 当事者研究という視座
2 当事者とは誰か
3 当事者研究とは何か
4 難病支援をフィールドとした当事者研究  ― 当事者参加型アクションリサーチ
5 当事者性と厚生心理学

第13章 対人援助職のシステムとそのストレス            
1 対人援助職者とは誰か
2 病院における心理臨床
3 看護師のストレス
4 対人援助職と厚生心理学

第4部 現代社会の問題

第14章 現代社会と血液型性格判断                 
1 現代社会における血液型性格判断
2 血液型性格判断の社会心理学的な問題点
3 迷信を信じ続ける心理
4 迷信にだまされるな

第15章 現代社会とうつ病の治め方                 
1 現代社会におけるうつ病と自殺
2 うつ病の歴史と新型うつ病
3 大震災・大きな出来事とうつ病
4 うつ病と心理学の可能性

第16章 現代社会とゲーミング                   
1 ゲーミングというコミュニケーション
2 ゲーミングが必要な社会問題
3 ゲーミングの実際 ― 取調べ場面体験ゲーム
4 ゲーミングという表現の可能性

第17章 現代社会と「道草」                    
1 環境心理学とは何か
2 子どもの道草研究から「識る」環境心理学
3 人生の道草と現代社会
 ― 複線径路的に人生を見つめる目を養う

第18章 現代社会と青年期                     
1 青年期という時代
2 青年と恋愛
3 青年期の親子関係
4 変化する現代社会と青年

第5部 社会と向き合うための方法論

第19章 涙なしの心理統計                     
1 心理と統計の関係
2 平均値の比較
3 クロス表
4 多変量解析

第20章 未来を拓く質的研究法                  
1 質的研究法の意義
2 インタビュー
3 フィールドワーク
4 テキストマイニング
文  献 ― 301
人名索引 ― 323
事項索引 ― 327

【コラム】
 1 中国における質的研究
 2 幼稚園での観察とインフォーマルインタビュー
 3 フィールドエントリーとその難しさ
 4 質的研究における映像分析の可能性

                        装釘=臼井新太郎 
                        装画=たつみなつこ






社会と向き合う心理学 序章

  序章 この本が伝えたいこと

 1 この本が伝えたい「心の仕組みを知ること」の大切さ

   この本は,私たちが社会と向き合い,生きていくうえで大切な心理学について書かれています。伝えたいことが2つあります。まず第一に,心理学の内容です。もう1つは,もっと根本的なことですが,私たちの行動の仕組みを知ることによって,1人ひとりがより良く生きてほしいということです。ここで「良く」という価値が語られますが,私たちがイメージする「良い」とは,「人が生きていくことを邪魔されない」「理不尽に生命を奪われない」ということを根本に置く「良さ」です。このことを逆から表現すると,「誰かに人生を邪魔される人がいる」し,「理不尽にも生命を奪われている人がいる」ということです。
 この本の読者の多くは思春期の方でしょうから,その例をあげてみましょう(思春期が終わった方は,甘酸っぱい思い出として思い起こしてください)。

 同じクラスにいるクラスメート,自分より可愛くて(頭が良くて,でも,手先が器用で,でも何でもいいのですが)人気があるから,ちょっと懲らしめてやろう。

 自分が好きな人,それなのに,全然振り向いてくれない。きっと自分のことを知らないからだろう。もっと自分のことを知ってほしいのに,相手にもされない。チクショー,自分が苦しいのはアイツのせいだ,アイツさえ居なければ私(オレ・アタシ)はもっと楽になるはずだ。消してしまえ。
 このような気持ちは,人生のうちで一度くらいは胸に沸き起こる邪念だと思います。そして,こうした思いがあったとしても,何とか堪えて,日々を送っているのだと思います。しかし,なかには,そのバランスが崩れて,人を中傷したり,本当に傷つけたりしてしまう人もいます。  自分の思いにとらわれて人を憎み続けたり,その結果として相手の人が傷つけられたりするなら,本当に不幸なことです。こうした行動も,人の心の仕組みに沿って行われているのです。ですから,そうした仕組みを知ることによって,不幸な結末を少しでも少なくできればと思います。
 一昔前の心理学のテキストには「心理学は行動の科学である。行動を記述し制御し予測する学問である」というようなことが書かれていましたが,その目的については書かれていませんでした。ですから,心理学者の知見が,他国を侵略するための政治に使われてしまったりしたのです。心理学が科学であると威張ったところで,それが用いられて人が死んでいるのでは,何のための学問なのか疑問です。手塚治虫の有名なマンガ『鉄腕アトム』ではないですが,原子力は平和利用のみ,というような指針こそが重要なのだと思われます(ちなみに,日本の科学者・技術者がロボットを含む科学技術の軍事利用に消極的なのは,『鉄腕アトム』の影響が大きいといわれています)。
 2 この本が伝えたい心理学の内容

 以下では日常生活にある,心理的なライフを紹介しましょう。私たちの生活は自分たちは気づかないのですが,心理学の原理によって説明できることが,けっこう多いものです。ここで,日常生活に即した心理学的現象について,簡単に紹介しておきたいと思います。心理学の扱う範囲は広いこと,また,私たちの気づかないところにも心理学が関係していることがわかると思います。
 「これってずる~い!」も心理学? 
 親戚のおばさんが久しぶりに我が家にきた。4月から高校生になるってことでお祝いまでもらっちゃった! ラッキー! でも,弟もちゃっかりお小遣いをもらってる。しかも額が同じ。もちろん,文句は言えないけど,アイツはせいぜい中3になるくらいなんだし,私のほうが年上なんだし,同じ額ってのはおかしくないかなぁ。
    これは,公正心理学のテーマです。私たちは自分が損している,あるいは損しているかもしれない,ということに敏感です。一方で,他者より得しているかもしれない,ということには鈍感です。高校生としてお祝いをもらうのは嬉しい。でももらった金額が弟と一緒だと不満。でも,おばさんの側から見れば,事情は違って見えます。なぜならおばさんから見れば,姪っ子・甥っ子を同じように扱うのが公平だと思えるからです。つまり,何が公平か,ということは,立場によって,あるいは基準によって違うのかもしれません。〔→ 第7章〕
 人の噂も心理学?
 悲惨な出来事が起きると,その被害者に悪い噂が流れることがある。加害者が危険運転致死傷罪に問われた福岡の事件(3人のお子さんが亡くなった事件)でも,悪いのは運転していた父親なのだ,というような噂があった。ネット上にもそういうことが書き込まれていた。いじめがあると,いじめられているほうだって悪い!というような反応も少なくない。なんでそういう弱いモノいじめみたいなことが起きるんだろう。モラルが低いのか? だとすれば,モラルを高くすればなくなるの?
 これは社会心理学のテーマになります。
 なぜ,こんな噂が起きるのでしょうか。それは,私たちがある種の公正な処遇を求めているからなのです。
 悪いことが起きた人は,ずっと前に悪いことをしていた人だ,という理屈で「公正な世界」を保とうとするのです。これはいわゆる「後ろ向きの論理」というもので,正しくありません。では,どうして人はこういう理屈で「公正世界」を求めるのでしょうか。
 この世界が「公正世界」でないとするなら,自分にいつ災難が起きるかわからないからなのです。もし,どんな人にも悪いことが起きるのだとすると,自分にもいつかそういうことが起きるかもしれません。それは怖い!イヤだ!というわけで,悪い人にのみ悪いことが起きる,というふうにしておきたいのです。
 いわば,恐怖心が心ない噂を生み出しているのです。しかし,このことに気づく人は多くありません。被害者の遺族が二重に傷つくような噂は,どうにかしてストップさせたいものです。
 公正観というのは,普段は気にしていません。気にする場合でも,アンフェアだ!とかずるい!という結果だけを意識して,なぜそう思うのか,ということにはなかなか気が回りません。ましてや,そういうことの裏に以上のような心理的プロセスがあるとは,なかなか考えにくいものです。〔→ 第7章〕
 冤罪も心理学? 
 冤罪ということを最近聞くようになった。鹿児島県で2007年に起きた志布志事件では,選挙違反の疑いで逮捕された人たちが,実は無罪だったということが明らかになった。でも,無罪になった人たちはすべて「自分がやった」という自白をしたっていうじゃない? やったと言った自分が悪いんじゃないの?っていうか,普通,嘘って,自分が有利になるためにつくものじゃないの? やらないのにやったって言うことありえる? 不利な嘘なんてつくの?
 これは心理学のテーマになります。
 法心理学者の浜田寿美男氏は,やっていないことなのに,やったという不利な嘘を言うように追い込まれる,こういう虚偽自白のことを「悲しい嘘」と呼んでいます。日本の警察は優秀で,日本は犯罪率も低く安全な国です。それは確かです。ところがそういう事実がある一方で,日本で警察に逮捕されると23日間にわたって当局に拘束されます。この23日間というのは,他国に比べても大変長い期間です。この長い間,外界との連絡がきわめて制限されると,とにかく言われたとおりに認めてしまうほうが楽だという気になってしまう人がいることは,最近ではよく知られた事実になってきています。〔→ 第9章〕
 プロファイリングも心理学? 
 犯人の捜査にプロファイリングが使われるということを聞いたことがあるけど,プロファイラーって何をするの?
    これは犯罪心理学のテーマになります。
 プロファイルというのは横顔のことです。犯罪行為の状況から推測して犯人の横顔を描いていくのが,プロファイリングです。放火事件は連続性があることが多く,しかも地理的に特定しやすいので,プロファイリングの対象になりやすい犯罪です。犯人が,どこかに火をつけたとしましょう。では2回目はどうするか。人間って不思議なもので,1回どこかに火をつけると,次にやるときに選択の自由度が著しく減るのです。実はそれほど自由に,どこでも選べるわけではないのです。1回目の近くでやるべきか,いや,警戒が強くなっているはずだ,とか,だからといって全然知らない街に行ったら,居るだけで怪しまれるかもしれないし,ということで,結局自分が住んでいる場所の近くで探すしか,次に放火する場所はないということに気づきます。そして2回目の放火をすると,3回目はますます火をつける場所が少なくなってしまいます。放火犯の行動の自由はなくなり,捜査側の資料は増えることになるのです。連続放火犯が捕まるのは当然のことだといえると思います。連続放火事件の場合,その放火地点が犯人の居場所のヒントになるということは確実なようです。〔→ 第6章〕
 サークル活動も心理学? 
 高校までは部活動一直線。サッカーに青春をかけてきた。楽しいことだけじゃなかった。でも大学になったらそういうのじゃなくて,のびのびと練習してサッカーを楽しみたいから,体育会じゃなくてサークルに入ってみた。でも,そこのサークルは大学内サークルで一番を目指す!みたいな感じだった。主将が張り切っている。それはいいんだけど,ミスする子には厳しいし,練習も厳しい。強くなりたくないとは言わないけど,人間関係をギスギスさせてまでやるのはサークルじゃないと思うんだけど。
    これはグループダイナミクス(集団力学)という社会心理学の話になります。特にリーダーシップ理論です。集団のリーダーには「P(課題や目標の達成を促す)機能」と「M(メンバーの人間関係や凝集性を維持する)機能」が求められると考えるのがリーダーシップPM理論です。先ほどの例は,リーダー(主将)がサークルの人間関係や集団の維持よりも勝敗という業績達成を重視している例だといえます。この理論によれば,最も生産性が上がるのはリーダーが両機能を兼ね備えている場合なので,この主将も人間関係に気を遣いながら目標達成をしてほしいものです。このリーダーシップPM理論を知っていると,自分のバイト先はどうか,ゼミはどうか,など分析することが可能になります。〔→ 第2章〕
 占いも心理学
 毎朝のテレビの占い,なんとなく気になっちゃうんだよね。今日はラッキー度2位だった! それにしては気になる子には無視されちゃうし,いいことないみたい。でも待てよ,会えただけでも良かったのかも。これで占いが12位だったら,もっと悪いことが起きていたのかも。
    これは,ちょっと複雑です。占いは心理学ではありませんが,占いを気にすることや占いが当たった,当たらない,と思うことについては社会心理学や認知心理学の話になります。占いが当たったことが気になるのには,複雑なメカニズムがあります。外れたことは忘れていて,当たったときのことだけ覚えている,というようなこともあるでしょう。血液型による性格判断も,同じメカニズムです。〔→ 第14章〕
   カレー作り(料理)も心理学
 久しぶりにボーイフレンドができた~。今度の日曜は部屋に呼んで料理を振る舞っちゃおう! でも,練習しといたほうがいいなぁ。この前カレー作ったの,1年前だもんな。既製品のルーじゃなくて,カレー粉を使うのが私流。これで彼との距離を一気に縮めるぞ~。むふふ。さて,味見をしよう。あれ,全然辛くない。もうちょっとカレー粉を足してみるか。辛くない。もう少し足してみよう。ダメだ。カレー粉が古いからかな? えーい,面倒だ,一気に入れてみよう…… ひー辛い! 助けて,失敗した!!
 これは感覚・知覚心理学のテーマになります。私たちは外界のことを,はたして正確に認識できているのでしょうか? 心理学はこの問いにノーと答えます。たとえば,音のボリュームのことを考えてみましょう。ボリュームのつまみはゼロから量的に増えていきますが,聞こえるか聞こえないかは,YesかNoか,つまり,ゼロイチの判断です。したがって,外界の変化に対応して音の大きさを感じているわけではないのです。このことは他の五感についても同様で,カレー作りの辛い・辛くないの味覚判断についても,辛くないと感じているときには,そこに大きさがないのでゼロということになります。しかし,カレー粉を足していけば確実に辛さは増しているわけで,ある点を超えたところで一気に辛くなってしまうのです。より専門的には,閾値の研究といいます。閾は「しきい」とも読みます。〔→ 第1章〕
 化粧も心理学
   アメリカに留学してきて1ヵ月。英語も勉強も恋愛も頑張るぞ! 日本に居たときはナチュラルメイクの女の子が好きだったけど,こっちではあまり見かけない。というか,普段は化粧をしてない人が多い。日本から来た女の子たちも,化粧をするとクラスメートから「今日はデート?」「昨日もデートだったよね?」というような感じのことを言われる。化粧をすればいいのかしないほうがいいのか,ノイローゼ気味になる日本人留学生の女の子もいる始末。もちろん,こちらの女の子が全く化粧をしないわけではなくて,ウィークエンドのパーティではバッチリ決めている。
 化粧も心理学です。たとえば,ホリを深く見せる化粧を色彩の工夫によって作り出すことは可能ですが,これは一種の目の錯覚を起こさせるものです。また,化粧の他者に対するディスプレイの役割を果たす側面は,社会心理学や文化心理学が絡んできます。実は化粧の仕方は,社会の見えないルールによって制約されています。さらに,そのルールは文化によって違いますし,その時々で常に変化していきます。日本の大学生では,化粧をする人の場合,毎日ナチュラルメイクをするのが普通ですが,アメリカの大学では,ウィークデイはノーメイク,しかし週末に遊ぶときはバッチリ化粧,のようにオンオフがはっきりしているようです。日本人がアメリカで毎日化粧をしていると,「毎日遊びに行っている」というように見られることもあるようです。
 そして,普段はあまりルールのあることに気がつきませんが,異なる文化圏に移動すると,その違いに気づかされることがあり,あまりにギャップが大きいと,それが悩みの種になることもあります。いわゆる異文化適応の問題になってしまうのです。〔→ 第3章〕
 キリがないのでやめますが,こうした例は数多くあります。日常生活には,さまざまな心理学が潜んでいるのです。

 3 この本が伝えたい知識のかたち

 人間の知識には,「宣言的知識」と「手続き的知識」があります。宣言的知識というのは「○○は▲▲だ」というような知識のあり方です。「日本の首都は東京」というような知識です。手続き的知識というのは,簡単にいうとやり方です。宣言的知識として「自転車の乗り方を知っている」人は,必ずしも自転車に乗れるわけではありませんが,手続き的知識を持っていれば乗れます。しかし自転車に乗れる人が,全員そのことを宣言的知識として説明できるわけではありません。手続き的知識としての「自転車に乗ること」は,宣言的知識とは異なる,ということがわかると思います。
 この本は,単に宣言的知識として,人の心の仕組みがわかるだけではなく,手続き的知識としての心理学の学習(学修)を目指します。この本(授業)で得た,人の心の仕組みに関することが,大学の他の授業や学生生活だけでなく,さらにはこれからの人生にも波及して,役立てていただけたらと望んでいます。
 ただし,心理学も広い学問ですし,日々その内容が更新されていますから,この本にすべてのことを記述することはできませんでした。したがって,この本では,章ごとに心理学の重要なテーマを1つ取り上げ,そのテーマをめぐってその章を構成することにしました。そして,本書で取り上げたテーマを貫いているのは,人間のライフ(生命・生活・人生)は,常に外界との相互交渉によって成り立っているということ,人間は,見通しを持ちながら行動するということ,そして,見通しを持たせるように文化(社会)が導くという視点です。少し難しい言葉でいえば,人間は,外界(社会や文化,他の人びと等々)によって決定されてしまう閉鎖システムではなく,文化によってその生き方をガイドされる(ときに抑圧される)けれども,時間的展望を持ちながら人びとや文化に働きかけて自分のライフを切り開きつつ生きている開放システムである,ということになります。
 この本には,一般心理学の授業で真っ先に出てくる,知覚・感覚・記憶等々の基礎的な心理学の話は出てきません。それらは基礎心理学の本(授業)で取り上げていますので,本書では,私たちのライフと心理学との関わりに集中しました。もっとも,経済心理学や政治心理学に関することはほとんど書かれていませんが,しかし,先ほどの原理を知っておくことができれば,本書に書かれていない内容についても,どのように考えるべきかがわかると思います。
 最後に,この本(授業)によって,単に宣言的知識を身につけて小さくまとまるのではなく,自分がより自由になるための思考法,他者を傷つけることのない生き方,を手に入れていただければ幸いです。文字通りには無理であっても,そこに近づくための手続き的知識を手に入れてもらえれば幸いです。
 この本の著者たちは,研究者・教師としてはまだキャリアが浅い,比較的若い世代ですが,これからの心理学を変える原動力となりたいと思っています。この本を読んだ皆さんも,ぜひ,本書で文化や社会を考える心理学の流れに加わり,人間のあり方を社会包摂的(social inclusive)にとらえ,より良い世の中を作る社会基盤(知的なインフラ)になるように頑張っていきましょう。