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安田裕子 著

不妊治療者の人生選択
――ライフストーリーを捉えるナラティヴ・アプローチ


A5判上製304頁

定価:本体3800円+税

発売日 12.09.20

978-4-7885-1304-4






◆現代日本で、子どもを産めないこととは? 家族を築くこととは?◆

少子化が社会の重要問題となっています。子どもをもたないという選択をする人々がいる一方で、子どもを産みたくても産めない、不妊に苦しむ人々もいます。そういう人にとって、不妊治療は希望の拠り所ですが、必ず効果があがるわけではありません。この本は、何年も不妊治療に通っても結局受胎せず、それでも子どもを育てたいと、葛藤の末に治療をやめて養子縁組という非血縁の家族を選択した女性たちの、これまでなかなか明かされることのなかった経験を、丹念なインタビューを重ねてとらえた貴重な記録です。また、医療、福祉、教育等さまざまな実践の場で注目を集めているナラティヴ・アプローチの方法についての丹念な解説書ともなっているので、この方法に関心をもつ学生にとっては、なによりの実践的なテキストとなるでしょう。


不妊治療者の人生選択 目次

不妊治療者の人生選択 はじめに

ためし読み
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不妊治療者の人生選択─目次

はじめに  

第1章 生殖補助医療技術の発展とその問題点
第1節 受胎が目指される不妊とその治療
1 不妊を捉える社会的なまなざし
2 生殖補助医療技術の発展と不妊治療の動向
3 不妊治療に関する心理社会的支援

第2節 不妊治療をする選択、不妊治療をやめる選択
1 不妊治療をする選択へと駆り立てられる女性たち
2 受胎が目指される不妊治療現場
3 不妊治療をやめる選択 ― その後の人生を展望する転換点として

第3節 支援を目的とした生涯発達心理学的研究へ
1 先行の研究を捉える枠組み
2 不妊治療中の人を対象に支援の有用性や効果を検討した研究
3 不妊治療中の人を対象に感情・認知や経験を検討した研究
4 不妊治療後の人を対象に感情・認知や経験を検討した研究
5 本書の位置づけ

第2章 理論的・方法論的な基盤
第1節 不妊治療でも受胎しなかった成人期女性の生涯発達
1 生涯発達心理学とはどのような学問か ― 生涯発達を捉えるモデルから
2 子どもを産み育てることを超えた女性の生涯発達

第2節 ライフストーリーを捉えるナラティヴ・アプローチ
1 ナラティヴとは
2 ナラティヴ・アプローチの特徴と機能
3 対話的ナラティヴとしてのインタビュー法 ― ライフストーリーの産出
4 ライフストーリーを通してみる生涯発達

第3節 人生径路と選択を捉えるアプローチ
    ― 多様性と複線性を描く複線径路・等至性モデル(TEM)
 
第3章 不妊治療で受胎しなかった女性へのインタビュー ― 協力者と方法
第1節 受胎しなかった当事者女性のライフストーリーへの着目

第2節 インタビュー協力者
1 インタビュー協力者のエントリー
2 語りデータの収集
3 インタビュー協力者の概要と各章へのデータの適用

第4章 子どもをもつ意味の問い直し ―「産み」「育てる」選択の中で
第1節 不妊経験の多様性をプロセスとして捉える
1 当事者の不妊経験への接近
2 複線径路・等至性モデル(TEM)
3 語りデータの分析
4 不妊経験の時間軸に沿ったプロセス

第2節 不妊経験のライフストーリー
1 Ⅰ型:養子縁組切替型 ― Bさんの場合
2 Ⅱ型:子どもなし選択型 ― Eさんの場合
3 Ⅳ型:養子縁組浮上/子どもなし選択型 ― Jさんの場合

第3節 不妊経験のもつ意味
1 4つの類型に示される子どもを望む思いのプロセス
2 3事例における個別の経験が示す意味
3 不妊経験の意味の問い直し ― TEMの意義と関連させて

第4節 まとめ ― 類型化と事例提示による不妊経験の理解

第5章 不妊治療経験の語り方にみる発達― 不妊治療を始め、葛藤し、やめる選択に至るまで
第1節 不妊治療への期待から治療をやめる選択へ
1 生殖補助医療技術への価値づけからの移行
2 ライフストーリーの語り方にみる成人期女性の発達
3 語りデータの分析

第2節 不妊治療経験の語り方
1 〈行為主体の語り〉の型 ― Cさんの場合
2 〈共同の語り〉の型 ― Hさんの場合
3 〈逡巡の語り〉の型 ― Iさん、Jさんの場合

第3節 3つの型の差異と共通性
1 医療従事者との関わりの違いによる発達的変容
  ― 立て直していく力、育んでいくつながり
2 不妊治療経験での葛藤や困難を通じた発達的変容
  ― 広がりゆく生活設計と人生展望、見えてくる方向性
3 〈逡巡の語り〉の型の特徴と潜在する発達的変容の可能性

第4節 まとめ ― ライフストーリーの力動的な組織化と意味の付与

第6章 非血縁の家族の築きと「普通」という認識― AIDをする選択、養子縁組をする選択の中で
第1節 非血縁の家族をめぐる問題
1 非配偶者間人工授精(AID)という不妊治療 ― 忌避と需要の狭間で
2 AIDの秘密保持の原則とその弊害 ― 子どもの権利保護との相克
3 非血縁の家族への留意 ― 子どもの視点を組み込んで
4 インタビューと語りデータの分析

第2節 非血縁の家族を築く女性のストーリー
1 非血縁の家族を築く経験の時間軸に沿ったプロセス
  ― AIDをする選択から養子縁組をする選択を通して
2 非血縁の家族を築く経験のライフストーリー

第3節 社会の家族認識と告知
1 社会に流布する「普通」の家族という認識 ― AIDと養子縁組の対比から
2 多様性としての非血縁の家族と子どもへの告知― 養子縁組からAIDへの示唆
第4節 まとめ ― 変容するライフストーリー

第7章 養子縁組で子どもを育てる経験と課題― 不妊治療者のその次の選択からの提言
第1節 養子縁組という選択
1 養子縁組という制度
2 インタビューと語りデータの分析

第2節 非血縁の親子関係を築く養親子におけるストーリー

第3節 非血縁の子どもを育てる選択と意思確認
1 養子縁組に伴う葛藤と親の態度
2 子どもを望む気持ち

第4節 まとめ ― 非血縁の親子関係を築く経験のむすび方

第8章 未婚の若年女性の中絶経験 ― 受胎をめぐる選択
第1節 人工妊娠中絶
1 人工妊娠中絶への社会的評価 ― 未婚の若年女性に対する否定的なまなざし
2 語られない喪失経験としての中絶
3 時間経過と社会文化的制約の観点から中絶経験を捉えるために
  ― 複線径路・等至性モデル(TEM)
4 インタビューと語りデータの分析

第2節 時間軸に沿って捉えた中絶経験のプロセス
1 気持ちや認識、行動や選択の径路
2 時期に区分した中絶経験 ― 個別の語りから
3 パートナーとの関係性

第3節 中絶経験の理解に向けて
1 中絶経験を語ることができない辛さ
2 教育と心理社会的支援への示唆
3 必須通過点による行動や選択の焦点化の意義
4 個別多様な中絶経験の可視化の意義― 行動や選択の共通性と個別性、可能な径路から

第4節 まとめ ― 中絶経験を生涯発達につなげる視点

第9章 不妊当事者への生涯発達的支援
第1節 情報提供と心理教育による選択支援 ― 不妊治療を始める段階での支援
1 子どもをもつことをめぐる選択の代替性の保障 ― 養子縁組という選択肢
2 選択支援の環境設定 ― 不妊相談の専門家の養成とともに
3 当事者の生活設計や人生展望に位置づけた選択支援

第2節 不妊の喪失への支援 ― 不妊治療中における支援
1 喪失をもたらす不妊のスティグマ ― 自ら支援を断つ心理機序
2 スティグマへの対処 ― 当事者グループの効用
3 あいまいな喪失への対処 ― 個人カウンセリングの効用
4 男女それぞれの喪失への対処の展望 ― カップル関係を視野に入れて

第3節 不妊経験の社会的共有 ― 時空を超えた支援
1 当事者経験の社会的共有の意義
2 当事者経験に研究者の視点が介在することの意義
3 複線径路・等至性モデル(TEM)を用いることの意義
  ― 社会啓発と教育への示唆
4 社会的共有を媒介にした語り手の発達的変容

第4節 新たな生殖補助医療技術を受ける人々への支援― 多様な立場の当事者の視点
第5節 今後の課題
1 不妊に悩む当事者への支援に関する課題― カップルカウンセリングに資する知見に向けて
2 語りを聴き取る行為に関する課題― ナラティヴを媒介にした生涯発達に資する知見に向けて

おわりに ― 当事者から捉えられる受胎をめぐる選択肢  259
注     263
引用文献  (7)
事項索引  (3)
人名索引  (1)
装幀=難波園子






不妊治療者の人生選択 はじめに

 はじめに  生殖は、人間が存在する限り絶えることのない、種の保存のための自然の営みである。子どもをもちたいという欲求は、社会文化的な影響を受け、住まう地域によってその特徴に違いがあるにせよ、多くの人がもち合わせているものだろう。不妊はこうした欲求が阻害された状態であり、子どもを産み育てるという、思い描いていた人生を実現することができないために、不妊の夫婦は2つの重大な危機に直面する。1つは、女性としてあるいは男性として、生理的に備わっているはずの機能を発揮することができないことによって起こる危機である。とりわけ、幼い頃から思春期・青年期を通して、産む性として自己を 認識してきた多くの女性にとって、子どもをもちたいにもかかわらず妊娠・出産できないということは心理的な危機となる。もう1つは、種の保存という側面とも密接に関連しているが、夫婦や家族の関係性の問題として捉えられる危機である(森 1995)。不妊は、子どもという愛着対象の喪失、アイデンティティ形成への影響、対人関係での葛藤や困難など、種々の問題を生じさせ(Rosen & Rosen, 2005)、個人・夫婦・家族にとって多岐にわたる心理的・発達的危機として経験される。

 不妊治療は、望んでも子どもをもつことができない不妊の夫婦の、希望の拠り所になっている。特に、近年の生殖補助医療技術の高度化・先端化は、自然には受胎することのできない、あるいは受胎しにくい夫婦の生殖を補助するものとして、重要な役割を果たしている。そして、こうした生殖補助医療技術の発展に伴い、不妊治療現場における心理的な支援の必要性が指摘されている。筆者は臨床心理学を専門に学んできたが、不妊に悩む女性たちの子どもをもつことへの切なる願いを女性として理解できた。そして、人工的に受胎することの是非という問題を超えて、不妊治療における心理的支援を、単に施術前後の支援として捉えるのではなく、女性の人生という生涯発達の中に位置づけて捉えることの必要性と重要性を、強く認識することとなった。本書は、こうした問題意識が筆者の中に立ち上がってきたことに端を発している。

 不妊治療に通う人々にその経験をお聴かせいただきたいと思いながらも、その場を見つけることができないでいたなかで、治療でも受胎することなく、養子縁組で子どもをもつことを考えた女性に出会う機会を得た。彼女たちは子どもをもちたいという望みを叶えるために不妊治療に通ったが、結局は受胎しなかった。しかし、それで諦めるのではなく、子どもを産むことができなくても育てたいと、子どもをもつことにまつわる思いの変化を経験していた。このように認識が変わる過程で彼女たちは、子どもをもつことをめぐって不妊治療や養子縁組という社会制度に向き合い葛藤しながらも、危機的状況を乗り越え、夫婦関係や家族関係を築いていた。とりわけ、不妊治療をやめる選択は、子どもをもちたいと切に願い、子どものいる家族を築くという思い描いていた人生設計の転換をはからざるを得ないことを意味しただけに、程度の差こそあれ重要な意思決定であったと考えられる。実際、進歩する生殖補助医療技術の可能性に強い期待を寄せていたがゆえに、不妊治療をやめる選択ができず、治療が生活の中心を占める状態に膠着したまま、苦悩している女性が数多くいる。

 こうして本書は、高度化・先端化する生殖補助医療技術の恩恵を受けることのできなかった女性、すなわち、不妊治療でも受胎することのなかった女性に、焦点をあてることとなった。不妊治療を試みた女性が、不妊であることや治療をどのように経験し、受胎しない現実に折り合いをつけ、いかに治療をやめる選択に至ったかということに着目したいと考えたのである。

 不妊治療をやめる選択は、さらに、その後の人生展望へとつなげていく必要がある。たとえば、治療をやめる選択は、養子縁組で子どもをもつ選択へとつながりうるのであり、それは、子どもをもちたいと願う人々にとって新たな人生の道筋が開かれることと捉えることができる。もっとも、現代の日本社会では、不妊治療で子どもをもつことができなかった場合に養子縁組で子どもをもつ選択をすることは、少数派のなす選択であるかもしれない。しかし、実際に、血縁の有無に関係なく子どもを育てたいと考え、養子縁組で子どもをもつという次の選択を見据え、不妊に悩んだ過去から未来に向けて人生を再構築していこうとする人々がいる。

 血や遺伝子上のつながりを重んじる傾向にある日本社会では、女性は子どもを産んでこそ一人前とする発達観や、血を分けた子どもがいる家族が普通だとする家族観が、一般的であるといえる。こうした日本の社会文化的背景のもとで、不妊で子どもを産むことができず、養子縁組で非血縁の家族を築く選択をする女性たちは、社会的に二重のマイノリティ経験を背負わされた人々だという見方ができる。本書は、そういう人々の、子どもをもつことをめぐる当事者経験を、それぞれの人生文脈のなかに位置づけながら明らかにしていく。そして、彼女たちの経験をもとに、他の、不妊に悩む人、不妊治療でも受胎することが難しく治療を続けることとは異なる選択を意識し始めた人、子どもを産むことができなくても非血縁の子どもを育てたいと考える人に対して、なにがしかの支援を提供することができれば、非常に嬉しいことである。

 また、本書では、未婚の若年女性の中絶経験も補足的に扱っている(第8章)。不妊と中絶は、一見相容れないことであるように思えるかもしれない。しかし、子どもをもつことをめぐる女性にとっての選択を考えた時、不妊と中絶は、むしろ大いに関連しているのである。そして第1章で述べるように、生殖補助医療技術の進歩という切り口からも、不妊と中絶は切り離して考えることができないものであるといえるだろう。さらには、ジェンダーの観点から、子どもを産むことに関する歴史的・文化的・社会的な価値観の生成過程を捉え直した時、不妊と中絶の関連性が浮き彫りになるのである。/br>
 不妊治療者の経験を主題に、女性が子どもをもつことをめぐる人生選択とその経験を捉え、生涯発達の観点から考察した本書が、当事者の経験を理解するための一助となり、今後さらに実践的な支援を立ち上げる手だてとして役立つならば幸いである。