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菅野 幸恵 著

あたりまえの親子関係に気づくエピソード65
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四六判並製190頁

定価:本体1900円+税

発売日 12.10.05

978-4-7885-1303-7

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◆親子はいつもロマンティックな関係じゃない!◆

子ども虐待のニュースに、私も一歩誤っていたら……と身震いする思いのお母さんも少なくないのではないでしょうか。親子関係は特別なつながりであり、無条件の愛情で結ばれている、と信じられていますが、実際には、子育てはきれいごとだけではすまない、子どもとの格闘の連続です。著者は15年以上にわたって母親にインタビューし、「子どもをイヤになる」瞬間を話してもらいました。そこから見えてきたのは、子どもとの楽しい幸せな面だけではなく、思わずカッとなったり落ち込んだりする、ネガティブな面も含むアンビバレントな子育ての姿です。親子も人間関係、楽しい時間だけでなく、軋轢、葛藤も経験しながら豊かな関係が育っていく、というあたりまえに気がつけば、新しい育児の視界が開けてくるのではないでしょうか。著者は青山学院女子短期大学准教授。


あたりまえの親子関係に気づくエピソード65 目次

あたりまえの親子関係に気づくエピソード65 はじめに

ためし読み
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あたりまえの親子関係に気づくエピソード65─目次

目次
はじめに
1章 子どもはかわいくて当然? かわいくないのはおかしい?
 1 親子関係とは 
(1)「育テ上ゲネバナラヌ」という思い 
(2)親になることとは 
(3)養育者の能動性 
 2 親子は一体か 
 3 親子も人間関係 
(1)個と個のせめぎあい 
(2)個と社会のせめぎあい 
 4 親子のネガティブな部分は不適応の印? 
(1)育児ノイローゼ 
(2)育児ノイローゼが生まれた社会的背景 
(3)社会問題としての育児不安 
 5 ネガティブな側面の積極的意味 

2章 どのようにインタビューしたか
 1 なぜインタビューなのか 
 2 語り手にとってのリアリティを 
 3 人びとの日常を記述すること 
 4 子どもへの不快感情を語ること 
 5 本書のインタビューの詳細 

3章 母親が子どもをイヤになるのはどんなとき?
 1 幼児をもつ母親へのインタビュー 
(1)母親たちが子どもをイヤになるのはどんなときなのか 
(2)インタビューにあたって 
(3)インタビューの内容 
 2 インタビューから見えてきたこと 
(1)子ども同士のやりとり 
(2)母親と子どものやりとり 
 3 まとめ 
(1)せめぎあう親子 
(2)目の前の事態をどうとらえて切り抜けているのか
(3)イヤになることの意味

4章 初めて子どもをもつ場合
 1 親になるということ 
(1)親になることによる変化 
(2)親になるプロセスとイヤになること 
(3)インタビューについて 
 2 どんな行動をイヤになるのか 
(1)不快感情をもたらす行動と生後2年間の変化 
(2)子どもの発達に応じて変化すること 
(3)具体的な行動 
 3 生後2年間の変化 
(1)誕生〜6ヶ月ごろ──わからない≠ゥらわかる≠ヨ 
(2)6ヶ月〜12ヶ月──危険へ近づく子どもの身体への関心 
(3)18ヶ月〜──子どものわたし≠ニの出会い 
 4 まとめ 

5章 反抗期≠乗り越える
 1 反抗期≠ニ集団との出会い 
 2 インタビューから見えてきたこと 
(1)どんな行動をイヤになるのか 
(2)3歳までの変化 
(3)3歳以後 
 3 まとめ 

6章 わが子という他者
 1 母親が子どもをイヤになるということ 
(1)育てるからこそイヤになる 
(2)最後の砦≠ナあること 
(3)親子のズレを認識する機会 
 2 イヤになることから見る親としての適応プロセス 
(1)生後5年間の変化 
(2)他者と出会う──二つのターニングポイント 
(3)資源の有限性 
(4)グレーゾーンのかかわり 
(5)イヤになることを明るく語れる関係 
 3 ふたたび親子関係とは 

おわりに






あたりまえの親子関係に気づくエピソード65 はじめに



私は短大で子どもの発達や保育について教えています。授業をしていると、学生たちのもっている子どもに対するイメージは、とても素朴でロマンティックなものであると感じることがしばしばあります。「子どもは純粋無垢で、か弱い存在であり、だから大人はそれを慈しみ守らなければならない」というイメージです。それはそのまま、親子関係(あるいは養育者)のイメージにもつながっています。だから虐待をする親に対してはとても手厳しく、子どもに対してひどい扱いをする親の気持ちはとうてい理解できないし、したくもないと言います。

 子どもたちが母親だけに見せる表情を垣間見たり、わが子の状態を的確に把握してテキパキと行動している母親の姿を見ると、親子の間には特別なつながりがあるように思えるのも当然です。ただそのようなつながりは、生物学的に母親になれば自然と身につくものではありません。日々子どもと過ごすなかで培われるものです。そして子どもとの日常は、いつもいつも美しく語れるような、きれいごとばかりではありません。生まれたばかりの子どもは昼夜を問わず泣き、そのたびに養育者は空腹を満たしてやったり、オムツを替えるなど環境を整えてやる必要があります。1歳代の後半になれば、子どもは自分のやりたいことを何がなんでも押し通そうとし、通らなければ泣き喚きます。養育者も一人の人間です。いつでもすぐに子どもの要求に応えられるわけではないし、子どもの要求のすべてを受け入れられるものでもありません(なかには拒否しなければならないものもあります)。子どもに対してネガティブな感情を抱くことも、当然あるでしょう。

 そんな素朴な疑問を抱いたのは、修士論文に取り組もうとする大学院の学生のときでした。当時は子育てについての何の知識もない学生です。とにかく母親に直接聞いてみようと思いたって、先輩を頼り、ある母親にインタビューをする機会を得ました。素朴な問いを立てたものの、それが母親たちの実態と符合するものなのかどうか、半信半疑でした。おそるおそる、「子育てをしているとお子さんのことをかわいいと思うときと、イヤだと思うときと両方あると思うんですけど……」と問いかけると、その母親は笑顔で、「そりゃあ、イヤになるときのほうが多いくらいよ」と答えてくれました。イヤになることもあるという答えを求めていたものの、そんなに堂々と明るく答えられるとは思っていなかったので、「イヤになること」をたくましく語る母親の姿に、感動にも似た驚きを覚えました(その後何人もの母親から、同じような感動を得ました)。そして、同時に、そこに子育ての本質があるように感じたのです。子どもとの抜き差しならない現実を生きるそのなかに、親子関係の豊かな部分があるのではないか、と考えたのです。

 子育てがきれいごとだけではないということは、子育てを体験した人たちにとってはあたりまえのことでしょう。ただ、こと親子関係、子育てに関しては、そのあたりまえが見えにくい現状があるように感じます。ポジティブな側面だけが強調され、ネガティブな側面は即逸脱行為としてとらえられてしまいかねません。しかし子どもを育てていれば、誰でも子どもに対するネガティブな感情を当然抱くでしょう。養育者も一人の人間であり、親子関係も人間関係のひとつなのです。この本では、きれいごとではない、あたりまえの親子の姿を記述したいと思います。

 1章では、なぜ親子関係にはロマンティックなイメージがつきまとうのかについて考えるために、そもそも親子関係とはどのような関係であるのかについて述べます。2章では、心理学の理論を紹介しながら、私が親子関係の実際をどのように調べたか、その概要と方法について述べます。3章では、幼児をもつ母親へのインタビューに基づいて、母親たちがわが子に対して不快感情をもつのはどんなときなのか、それをどうとらえて目の前の事態を切り抜けているのかを明らかにしていきます。4章では、初めて親になる女性がどのように子どもへの不快感情を経験し、対処しているのかについて、子どもが生まれてから2歳になるまでの変化を記述していきます。5章では4章に引き続いて、2歳過ぎから5歳までの変化を検討します。最後に6章では、母親が子どもをイヤになるとはどういうことかについて、改めて考えてみます。