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茂呂雄二 有元典文 青山征彦 伊藤崇 香川秀太 岡部大介 著

状況と活動の心理学
――コンセプト・方法・実践


    

四六判320頁

定価:本体2700円+税

発売日 12.05.07

ISBN 978-4-7885-1291-7

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人のこころの営みは、社会、文化、そして歴史という状況に関係づけてはじめ て理解できます。私たちのこころは、人々、対象物、道具、記号を媒介にして、 社会、文化、歴史、状況のエコロジーの中に織り込まれた絢模様ともいえるで しょう。それを理解するには、状況から始めるしかありません。本書は、この ような考え方を、関連する研究領域を含めて多方面から解説することを企図し て、社会文化的アプローチ、状況論、文化歴史的アプローチ、活動理論などと さまざまに呼ばれてきた心理学のアプローチの成果を、日本の代表的な研究者 が結集してまとめあげました。心理学ばかりでなく、社会学や教育、医療など、 隣接分野にとっても待望の一冊です。


状況と活動の心理学 目次

状況と活動の心理学 はじめに

ためし読み
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状況と活動の心理学─目次


はじめに

T章社会文化状況のコンセプト

T-1活動媒介された有意味な社会的実践
T-2文化多様な実践を生きる
T-3発達文化・歴史の中のプロセス
T-4社会「肉体に内蔵された心」を越えて
T-5学習状況的学習論の観点から
T-6媒介主体、道具、対象
T-7言語と対話ヴィゴツキーの視座
T-8認知と知識学習科学の誕生

U章実践(プラクティス)

U-1アイデンティティ「私」であることの実践
U-2記憶と想起思い出すことの社会的メカニズム
U-3可視化と対象化属性を見出すためのデザイン
U-4インスクリプション現実を描き出す道具立て
U-5比較と分類比べ並べるための文化的デバイス
U-6メディアとコミュニティつながりの社会的セッティング
U-7サブカルチャー意味と価値を実践するコミュニティ
U-8転移と越境状況間をまたぐダイナミズム

V章実践のドメイン

V-1教室という空間相互行為としての学び
V-2学校の外での学び教室から学びを解き放つ
V-3流通と販売の現場協働はいかにして可能になるか
V-4ネットワークとしてのデザイン人ともののネットワーク
V-5実験室つくられたものとしての科学
V-6交通環境を読み取るテクノロジー
V-7医療の実践複雑さと多様さを解きほぐす
V-8臨床の実践ことばがつくりだすもの
V-9地域とボランティアつなげること、つながりあうこと
V-10博物館・美術館モノを媒介にしたコミュニケーションの場

W章教育実践へのアプリケーション

W-1話し合いの技法創造的対話を行うには
W-2メディア利用教育教育におけるコンピュータ活用
W-3科学教育授業における言葉へのアプローチ
W-4数学教育道具的方法
W-5国語教育言語と再び出会う
W-6芸術教育活動としての芸術を経験すること
W-7 1乳幼児保育 発達を主導する活動としての遊び
W-8 障害児教育 ヴィゴツキーから学ぶ 
W-9 日本語教育 社会文化的アプローチと第二言語の指導法 

X章 方法・理念と手続き

X-1 グラウンデッド・セオリー・アプローチ 象徴的相互作用論と活動理論との対話 
X-2 複線径路等至性モデル 発達における多様な可能性
X-3 言説分析 日常の言語表現を疑う 
X-4 談話研究 話すこと書くことの理解と変革 
X-5 会話分析・エスノメソドロジー 人びとの活動を可能にしているものを明らかにする 
X-6 エスノグラフィー 状況的学習論の観点から 
X-7 アクションリサーチ 研究は変革する 
X-8 デザイン・メソッド 変化を創り出し、変化を解明する手法 
X-9 発達的ワークリサーチ 変化の扉を開く活動理論の研究方法論 

Y章 インフォメーション 

Y-1 文献紹介 
Y-2 人物紹介 
Y-3 関連学会、研究機関、学術論文ポータルサイト 
引用文献 
事項索引 
人名索引 
 装幀=加藤光太郎






状況と活動の心理学 はじめに

 人のこころの営みは、社会、文化、そして歴史という状況に関係づけてはじめて理解できる。

 本書は、このような考え方を、関連する研究領域を含めて多方面から解説することを企図して、社会文化的アプローチ、状況論、文化歴史的アプローチ、活動理論などとさまざまに呼ばれてきた心理学のアプローチの成果をまとめたものである。これらのいずれのアプローチにも共通しているのは、人の心の営みの状況性という考え方である。

 社会、文化、歴史、状況に着目する考え方は、ロシアの心理学者ヴィゴツキーのアイディアに始まる。ヴィゴツキーは、私たちの精神が何ものかに媒介されて、一定のオブジェクト(対象、目的)を指向する活動だということを強調する。私たちの精神は、人々、対象物、道具、記号を媒介にして、社会、文化、歴史、状況のエコロジーの中に広がるのである。精神あるいは心の営みは、社会、文化、歴史、状況のエコロジーのなかに織り込まれた絢模様である。それを理解するには、状況から始めるしかない。

 ところで、心の営みの状況性を述べるということは、私たちがどのような世界に住んでいるのかを問題にすることに外ならない。

 「心の時代」というようなフレーズが流行し、心の問題に対して、手厚く心理学的サポートを用意すべき時代だという言説が一方にはある。これに対して、そのような言説がむしろ「心理学化された社会」という社会病理を現わす言説であり、むしろ「心のプロフェッショナル」を断固拒否すべきだという言説も目にする。

 このようなアンビバレントな言説をともに生み出すことができるような、私たちの住む世界の全体像を言い当てようとするとき、参考になるのが、ヴィゴツキーの「心理学の資本論」という構想である。マルキストの心理学理論を打ち立てようとしたヴィゴツキーは、心理学の資本論を書こうとした。

 この構想は、大きな可能性の結晶ともいえるもので、二つの意味をもつ。

はじめに

 一つは、資本論の方法論を、心理学の方法論に適用するという意味である。ある意味では、形式の面での心理学の資本論の構想である。ヴィゴツキーは、よく知られるように分析の単位を重視した。言語と思考、発達を理解するとき、語の意味を単位として採用した。語の意味といういわば抽象的な切片が、言語と思考をめぐる発達という壮大な旅を通して、心の営みの複雑な全体という具体に達するのである。これは資本論の方法論から構想された。

 今ひとつは、心理の内容に焦点化した資本論の構想である。現在の私たちの心の営みは、資本と商品という独特の歴史的世界から生まれたものであり、同時に資本と商品世界そのものの深部に、次のあたらしい心の営みのあり方が、潜勢力として与えられているという意味で、資本論の世界の見方そのものが、未来の心の営みの内容となるのである。このことは、これまで十分には展開されていない。ヴィゴツキーの中にポテンシャリティーとしてはあったとしても、十分展開されていない面ともいえる。

 ふたたび問うが、私たちはいまどのような世界に住んでいるのだろうか。

 マクロに言えば、ベルリンの壁崩壊とともに、なし崩し的に世界の一元化が行なわれた世界であり、ローカルなコミュニティ単位の生活すら世界市場の動きに直接さらされる世界、隅々にまで弱肉強食が浸透した世界である。資本の動きの前提となる資本の外部さえもが、もはや消尽しようとする世界である。われわれにとって精神の拡張こそが喜びであるなら、もはや何らの喜びもないようなイメージである。

 ミクロに教育現場からいえば、商品のチョイスでしか表現できない個性を押し付けながら、グローバルな競争に勝つ個性化、つまり究極まで個体能力を測定し可視化する世界である。教育のアクティヴィティは商品化されてしまい、ただ単に学び手の支払いに相当して、交換されるサーヴィスとして理解されるような世界である。きわめて寒々しいイメージである。

 このような世界イメージは、マルクスによって鮮明化され、そしてヴィゴツキーによって継承された世界イメージといえる。ヴィゴツキーの心理学思想の前提となっていた世界観である。このような世界の見方が、第二の意味での、心理学の資本論の内容となる。

 これは資本と商品の陰鬱たる世界イメージであるが、私たちはこのような世界の転換にも立ち会っているようだ。

 フクシマは、明らかに、資本と商品の世界の底を開けてしまった。このままの資本の世界が不可能であることを明らかにしてしまった。それは、同時に、フクシマの上空に開けた空があることを見せた。私個人についていえば、陰鬱とした資本の世界と同時に、それとは異なる可能性の世界をかいまみて、そのことに喜びを感じながら世界を生きている。

 本書は、ヴィゴツキーの構想した心理学の資本論のための序説であり、現在の研究の現状を知らせるものである。だが本書で示された様々なアイディア、アプローチ、調査技術は、まだまだ、心理学の資本論にはほど遠いものであり、未発達の幼年期のそれであることを認めなければならない。しかし、究極のねらいは心理学の資本論にある。本書は、そのための一次的なランドマークである。このランドマークは、心理学の景観を少しでも変えることは確実である。

茂呂雄二