戻る

谷みどり 著

消費者の信頼を築く
――安全な製品と取引のための消費者問題ハンドブック


四六判212頁

定価:本体1900円+税

発売日 12.04.27

ISBN 978-4-7885-1287-0




◆正直者が得をする市場を目指して◆

3・4兆円。これは2008年度国民生活白書が推計した消費者被害にともなう経済的損失です。品質の怪しい安売り商品と悪質な業者ばかりの市場では、今以上に経済が冷え込んでしまいます。消費者が安心して取引できる信頼感のある市場はどうすれば守れるのでしょうか。この問いに応えるため、行政・司法・民間のそれぞれの立場からできるさまざまな対策を整理できるハンドブックが誕生しました。消費者法や消費者政策に関心のある方、生産・流通に関わる全ての方に向けて、国際取引時代の問題、多くの事例と対策の有効性を総合的に分析したハンディな一冊です。著者は経済産業省消費者政策研究官。


消費者の信頼を築く 目次

消費者の信頼を築く はじめに

ためし読み
Loading

消費者の信頼を築く─目次


はじめに
序 章 消費市場の問題
1 消費者相談に見るトラブルの傾向
(1)地方自治体の消費生活センターの相談から
(2)経済産業省の消費者相談から
①今世紀に入り増えた相談
②あまり伝わらなかった製品事故情報
③販売方法の新たな問題
2 問題の背景
3 対策の主体と対象
4 規範の作り方と守り方
(1)強制
①協力しやすい構造を作る
②共通知識を作る
③適切な行動を促す
(2)圧力
①共通知識を作る
②合意を促す
③適切な行動を促す
(3)良心
①情報を提供する
②共通知識を作る
③切磋琢磨する
5 まとめ

第1章 製品安全
1 製品事故は増えているか
(1)製品事故の増加要因
①製品数や使用時間が増えた
②複雑になった
③高機能で小型になった
④使い方を覚えにくくなった
⑤使う人が変わった
⑥古くなって劣化した
⑦価格が下がった
⑧売り方が悪かった
(2)安全な製品を売れない市場
2 強制
(1)協力しやすい構造を作る
①事業者名の表示
②重大な製品事故の報告、公表
(2)共通知識を作る
①強制規格
②長期使用製品の点検・表示
(3)適切な行動を促す
①損害賠償
②製品の回収命令
3 圧力
(1)共通知識を作る
①JISマーク
②SGマーク
(2)合意を促す
①PLセンターのあっせん、調停
②消費生活センターや消費者団体のあっせん
(3)適切な行動を促す
①法による圧力
②企業行動憲章
③消費者団体の働きかけ
④優良企業表彰
4 良心
(1)情報を提供する
①製品事故の公表
②事故防止に役立つ情報提供
(2)共通知識を作る
①表示を伴わない規格
②リスク評価の考え方の共有
③製品安全に関する教育
④意思確認
⑤自主行動計画の推進
(3)切磋琢磨する
①企業の消費者関連部門で働く人の集まり
②学会と事業者・消費者の集まり
5 まとめ

第2章 取引の問題
1 どんな取引が問題となるか
(1)処分や相談の事例から
①目的を隠して近づく
②性能や効果を偽る
③インターネットの無名性を悪用する
④クレジットを悪用する
⑤善意につけこむ
⑥向上心を悪用し「もうかる」と断言する
⑦職場でのまじめさにつけこむ
⑧雰囲気を盛り上げてだます
⑨強引に長時間勧誘する
(2)悪質商法と市場の規範低下の悪循環
2 強制
(1)協力しやすい構造を作る
①長期間・高額の契約の規制
②クレジット事業者による悪質商法の排除
③広告メールの規制
④「不招請勧誘」の規制
(2)共通知識を作る
通信販売の返品ルール
(3)適切な行動を促す
①行政処分
②刑事罰
③民事訴訟
3 圧力
(1)共通知識を作る
①日本訪問販売協会
②日本通信販売協会
③日本クレジット協会
④日本商品先物協会
⑤日本広告審査機構
(2)合意を促す
①消費生活センターなどのあっせん
②行政以外の裁判外紛争解決手続
(3)適切な行動を促す
①消費者契約法の努力義務
②割賦販売法の努力義務
③消費者団体の働きかけ
4 良心
(1)情報を提供する
①行政処分や消費者相談、逮捕等の周知
②消費者啓発
(2)共通知識を作る
①消費者教育
②電子商取引に関係する法解釈
③事業者団体の活動
(3)切磋琢磨する
①学会
②消費者団体
5 まとめ

第3章 海外に関係する対策
1 海外の動きから学ぶ
(1)消費者政策の体制・全体像
①オランダの消費者庁
②韓国の消費者行政
③オーストラリアの消費者法
④ベトナムの消費者保護法
(2)個別の対策
①欧州の製品安全に関する警報システム(RAPEX)
②米国の電話勧誘禁止登録簿
③米国の商品先物取引の自主規制団体
④欧州の消費者センターのネットワーク
⑤欧州の集団訴訟に関する意見集約
2 国際的に協力する
(1)製品安全当局の協力
①日本と米国、中国との協力合意
②欧州・米国・カナダの協力
③欧州・米国・中国の協力
④多国間の協力
(2)取引の取締当局の協力
(3)全体的な協力
①国際機関による協力
②消費者団体の協力
3 国際的な規範を作る
(1)国際規格
(2)OECDのガイドライン
①電子商取引について
②多国籍企業について
(3)国際商業会議所のコード
4 まとめ

終 章 信頼できる消費市場とは
1 大昔の規範
(1)規範はどうやってできたか
(2)古代の国は何をしたか
①論語が語る強制と良心
②西洋の民事法と東洋の行政法
2 日本の伝統的な市場
(1)繰返し取引で育まれた良心
(2)相互監視がもたらした圧力
3 現代の日本の消費市場
(1)繰返し取引の減少
(2)相互監視の弱まり
(3)意思疎通の変化
(4)所属する集団の変化
4 変化した市場への対応
(1)製品安全
①被害が小さく確率が高い
②被害が大きく確率が高い
③被害が小さく確率が低い
④被害が大きく確率が低い
(2)取引の問題
5 市場の規範がもたらすもの
(1)経済の繁栄
(2)国の発展
(3)国際的な規範
6 まとめ

索引
装丁 ― 気流舎図案室






消費者の信頼を築く はじめに

 どんなビジネスも、需要があって初めて成り立つ。これからの需要は、どこにあるだろうか。輸出は円高で難しい。政府は膨大な借金を抱えている。そこで頼りたいのが国内の民間消費である。「すべての生産は、消費者を究極的に満足させることを目的とするものである」とケインズは述べた。

 私たちの消費を回したいところがある。社会を支える人々を雇用し、新しい技術やノウハウを生み出し、若者を育てる職場である。こんな職場が提供する物やサービスを消費者が選べれば、くらしを支える産業が発展する。外国でも、日本の消費者が厳しい目で選んだ商品に魅力を感じる人が増えるだろう。

 ところが、これがうまくいかない。なぜだろうか。

 問題は、消費者が十分な情報を得て理解した上で取引することができない市場にある。もし品質について信じられる情報がなければ、消費者は安い方を選び、市場は果てしない価格競争に陥る。ぎりぎりまで価格を下げた製品の製造現場では、安全管理などの人件費が削られがちだ。また、安値販売をつきつめた流通現場では、顧客への適切な対応にはお金がまわらない。こうなると、よい品質をもたらす技術を持つ人や信頼を得られる顧客対応ができる人の職は、危うくなる。経営者も雇用者もひたすら価格引き下げに邁進し、人々が努力すればするほどデフレが進み経済が縮まる。

 また、もしだまされたことに気づいても代金を返してもらえない市場が拡大すれば、怪しい勧誘や広告が横行し、うそのうまい人がもうかる。だまし方の上手さで売上げを伸ばした人が経営し管理する職場で働く人は、上司の指導で人をだます能力を磨いていく。そして、まっとうな仕事によって付加価値を生み出す職場から需要を奪う。

 消費者が信頼できる市場は、経済の基盤である。2008年版の国民生活白書によると、2007年度における消費者被害に伴う経済的損失は最大で約3・4兆円と推計されている。2011年度の科学技術振興費1・3兆円の2・6倍だ。このほかにも「消費者被害」には至らない損失があるだろう。もしこれだけの金額を世の中のためになる仕事をする人の職場に届けられれば、日本をもっとよい国にすることができる。

 どうしたら、消費が心ある事業者に届くような市場を築くことができるだろうか。政府の努力も必要だが、それだけには頼れない。多くの心ある人々の手で、消費者が信頼して買える市場の規範を支えなければならない。誰に何ができるだろうか。

 消費市場には、二つの問題がある。一つは製品やサービスの品質の問題、もう一つは取引の方法の問題である。この本は、序章で考え方の枠組を提供した後、第1章では品質問題の代表として製品安全をとりあげる。第2章では、訪問販売やネット通販など取引の問題をとりあげる。第3章では海外の政策や国境を越える問題への対応を紹介し、終章では市場の問題を概観し理想を語る。

 消費市場の規範に関連する学問は、法学、心理学、経済学、社会学、工学、医学など多くの分野にまたがる。本書の一部は、経済産業研究所で開催された安全・環境問題規制検討会で得られた分野横断的な議論を反映している。消費市場に関わる多くの方々が、様々なお知恵をくださったことに、心から感謝を申し上げる。なお、意見にわたる部分は筆者個人の私見であり、組織の見解ではない。

谷みどり