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陳 天璽・近藤 敦・小森宏美・佐々木てる 著

越境とアイデンティフィケーション
――国籍・パスポート・ID


A5版488頁

定価:本体4800円+税

発売日 12.03.22

ISBN 978-4-7885-1275-7






◆国家のシステムと人のアイデンティティの桎梏◆

現在、世界中で2億人を超える移民が暮らし、2050年には4億人以上となることをご存知でしょうか。移民がグローバル化し、多様な出身地からなる人々が共存する世界において、複雑化する国家と個人の関係はどうなっていくのでしょう。本書は個人が誰であるか確認する行為、つまり「アイデンティフィケーション」に焦点をあて、その現状認識から未来の眺望を拓きます。国家は個人をいかに識別し、逆に個人はどう自己証明するのか。国籍をめぐる法原理の側面、アジア・ヨーロッパ・パレスチナ/イスラエルの人々の実践の側面、パスポートなどモノが語る側面から、越境社会を明らかにする力作論集です。


越境とアイデンティフィケーション
目次

越境とアイデンティフィケーション 
あとがき

ためし読み
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越境とアイデンティフィケーション─目次

序論 陳 天璽・近藤 敦・小森宏美・佐々木てる

第一部 法からのアプローチ:
国籍をめぐる法原理とアイデンティフィケーションの変容
編集責任:近藤 敦

第1章 国籍とジェンダー─国民の範囲をめぐる考察 森木和美
はじめに
1 どのように「国民」になるか
2 「国際結婚」と国籍移動
3 「国際結婚」にみる子どもの国籍 
おわりに 

第2章 血統主義と親子関係─最高裁判決を素材にして 館田晶子
はじめに 
1 最高裁判例に見る国籍法の理解 
2 立法過程における血統主義と親子関係の考え方 
3 血統主義の意味 
おわりに 

第3章 外国人とは誰か? 柳井健一
はじめに 
1 外国人の人権という議論枠組 
2 新たな枠組を求めて 
むすびにかえて 

第4章 複数国籍の容認傾向 近藤 敦
はじめに 
1 国際的な動向と日本の判例・学説の状況 
2 反対論と賛成論の根拠の検討 
3 複数国籍に対する諸外国の対応 
4 日本の国籍選択制度をめぐる国際法上および憲法上の論点 

第5章 血と国─中国残留日本人孤児にみる国籍の変遷 イ冬 岩 
はじめに 
1 出生時の国籍 
2 国籍の変遷と錯綜 
3 戦時死亡宣告と血統主義 
4 日本の戸籍をもつ中国籍者 
5 未判明孤児の就籍・永住帰国 
まとめにかえて 

第二部 人からのアプローチ:公的アイデンティフィケーションは桎梏か?
編集責任:小森宏美

第6章 「掌握」する国家、「ずらす」移民
─李大媽のライフ・ストーリーから見た身分証とパスポート
木村 自 
はじめに 
1 李大媽の生い立ちとミャンマーへの移住─交易と戦争 
2 李大媽とミャンマー国籍 
3 李大媽の生活─ミャンマーの経済・政治・治安 
4 ミャンマーからタイへ 
5 台湾への移住 
6 分析─国家による「掌握」と「掌握されるもの」による「ずらし」

第7章 国境を越える子供たち
─タイ・マレーシア国境東部における日常的越境と法的地位 高村加珠恵 
はじめに 
1 調査対象地 
2 日常的越境者に対する法的取り決め 
3 華文小学校に越境通学するマレー系ムスリムたち 
4 越境通学する華人たち 
5 子供たちの越境通学 
6 国境空間における日常的越境と法的地位─結びにかえて 

第8章 並存するナショナル・アイデンティティ
─離散パレスチナ人によるパスポート、通行証の選択的取得をめぐって錦田愛子 
はじめに 
1 ヨルダン国籍とパレスチナ人
2 国境を越える道具 
3 パレスチナ人のナショナル・アイデンティティと越境をめぐる意識 
おわりに 

第9章 移動の制度化に見る国の論理、人の論理
─エストニアの独立回復とEU加盟過程でのパスポートの意味
小森宏美 
はじめに 
1 ロシアの旅券からエストニア・パスポートへ、そしてソ連パスポートへ
  ─国民国家の獲得と喪失 
2 再国民国家化への道 
3 EU加盟と国境管理─脱国民国家化の諸相 
むすびにかえて─越境体制の一元化と多様化 

第10章 中国朝鮮族と国籍─移動の規制と家族の多国籍化 具 知瑛 
はじめに 
1 移動から問う国家・国籍─近代化からグローバル化へ 
2 国民国家の形成期における移動と国籍─流民から国民へ 
3 グローバル時代における移動と国籍 
4 「朝鮮族」にとって国籍の意味とその活用 
まとめにかえて 

第11章 対外関係史と国籍政策の関連性─ポルトガルの事例から 西脇靖洋 
はじめに 
1 一九世紀の国籍政策 
2 権威主義体制期の国籍政策 
3 権威主義体制の崩壊と国籍政策 
4 国籍政策の欧州化 
5 現在の国籍政策 
おわりに 

第12章 国籍とアイデンティティのパフォーマティヴィティ
─個別引揚者と「中国残留日本人」の語りを事例に 南 誠 
はじめに 
1 国籍・カテゴリー化とアイデンティティ 
2 個別引揚者西条正の事例 
3 中国残留孤児奥山イク子の事例 
おわりに 

第13章 社会資本としての国籍とジェンダー
─タイ「山地民」女性のグローバル移動から 石井香世子 
はじめに 
1 国籍をめぐる視座 
2 タイの住民管理制度と「山地民」
3 国境を越える「山地民」女性 
おわりに─社会資本としての国籍とジェンダー 

第三部 モノからのアプローチ:パスポート・IDの歴史とアイデンティフィケーション
編集責任:佐々木てる

第14章 戦前期の旅券─形式の変遷を中心に 柳下宙子 
はじめに
1 形式の変遷 
2 移民と旅券─変更の最大要因 
おわりに 

第15章 日本における出入国管理と渡航文書の実務 大西広之 
はじめに─出入国審査と渡航文書 
1 入管法上の旅券─狭義の旅券 
2 入管法上の旅券─旅券に代わる証明書 
3 乗員手帳 
4 入管実務上認められる渡航文書 
5 出入国審査で提示されるその他の文書 
おわりに─渡航文書の現在と未来 

第16章 揺れ動く「うちなる国境」と渡航文書・パスポート 山上博信 
はじめに 
1 前史─第二次世界大戦の敗戦に伴う三権分離 
2 特別地域とわが国本土の間の旅行(判例に見られる密航事件) 
3 日本本土から特別地域に渡航する場合における「身分証明書」制度の誕生 
4 身分証明書の効力が争われた事件(重光丸事件・1962年) 
5 琉球軍政本部の発給した「パスポート」 
6 琉球列島米国民政府(USCAR)の設置と「琉球パスポート」 
7 琉球パスポートのあれこれ 
おわりに 

第17章 パスポート以前のパスポート─国内旅券と近代的「監理」システム
佐々木てる 
はじめに 
1 手形の種類 
2 手形の確認と通行システム 
3 移動の管理 
4 手形の終焉とパスポート 
まとめ─ポストナショナルな時代のパスポートとは

第18章 国家と個人をつなぐモノの真相
─「無国籍」者のパスポート・身分証をみつめて
陳 天璽 
はじめに 
1 国籍、無国籍、それを証明するパスポート 
2 「無国籍」者と複数のパスポート─林氏のケース 
3 祖国に帰れない「無国籍」者─丁氏のケース 
4 国籍保持者から「無国籍」者へ─李氏のケース 
おわりに 
あとがき 
索引 (1)
装幀=虎尾 隆





越境とアイデンティフィケーション あとがき

 本書は、越境することが容易くなっている現代社会において、個人を同定するアイデンティフィケーションがもつ力学に焦点をあて、人類学、法学、歴史学など学際的な分析と論述を試みたものである。これは、私が所属する国立民族学博物館で行った共同研究会「国籍とパスポートの人類学」(二〇〇七─二〇一〇年度、研究代表者:陳天璽)の研究成果の一部である。

 共同研究会のメンバーとともに議論を重ね、各々執筆を行ってから、本書がこうして出版されるまで、予想以上に時間がかかってしまったというのが率直な感想である。編集作業をしている間、二〇一一年三月一一日に未曽有の東日本大震災が発生し、二万人にも及ぶ死傷者と行方不明者を生み出した。人と街を呑み込む黒い津波の恐ろしさは今も脳裏に焼き付いている。行政やライフラインは麻痺し、多くの人が困惑した。漁港で働いていた外国人労働者(いわゆる「研修生」)も津波の被害に遭った。留学生や在留外国人たちのなかには海外で心配する親族に説得され一時帰国した者もいる。東京入国管理局には、避難に急ぐ人々が出国に必要な再入国許可を申請するため長蛇の列ができ、交通整理に多くの人員を要したほどである。一方、もちろん日本に留まった者も多い。有効なパスポートがない難民や無国籍者たちのなかには避難よりも「救援したい。東北にいく」と炊き出しや瓦礫清掃をしに東北に向かった者もいる。また、放射線被ばくを逃れるため多くの大規模な人びとが移動した。

 国によっては飛行機をチャーターし、自国民の避難(帰国)援助を行った大使館もある。その救援事業に携わったをした大使館職員によると、震災後、しばらく電話が鳴りやまなかったというそうだ。なかには、「私は○○人です。いまは、帰化をしたので○○国籍ではないが、家族はみな○○にいる。故郷に帰るため飛行機に乗せてください」と懇願する者もいたそうだ。アイデンティティをとるべきか、アイデンティフィケーションをとるべきか、もしくは、いずれも問わず救助すべきか、対応に苦渋したという。

 非常事態における人の越境とアイデンティフィケーションには、いかなる力学が働くのか、あらためて考えさせられる。
 天災で受けたショックもあってか本書の編集作業が頓挫した時期もあるが、むしろ、この天災があったことで、あらためてアイデンティフィケーションの重要性を再確認させられ、研究成果をしっかり世に問わねばならないと背中をおされた気もする。身分証明が越境する人々の人生とアイデンティティにどのような影響を与えるのか。生きる上でのさまざまなライフステージ、そして震災など非常事態をも視野に入れ、国立民族学博物館では、新たな共同研究会「人の移動と身分証明の人類学」が走り始めている。これまでの国籍とパスポートを中心とした研究の蓄積をもとに、さらに研究を掘り下げ、さまざまな身分証明書が生身の人間を守っていくために果たす役割を検証しようと考えている。

 折しも、二〇一二年七月九日には、日本に在住する外国人を対象に新しい在留管理制度がスタートする。これまで施行されていた外国人登録制度は廃止され、新たに改正住民基本台帳制度が成立する。日本に合法的に中長期在留する外国人には、ICチップが搭載された「在留カード」が交付される。これは日本の出入国の際に必要な新しい身分証明書となる。一方、超過滞在者や仮放免の人などは、新しい在留管理制度の対象外となっている。外国人登録証明書が廃止となるため、「在留資格なし」と明記されていたにせよ、彼らが所持できていた唯一の命綱である身分証明書を失うことになり、さらなる窮地に追いやられるであろう。こうした制度の変換にともなって、身分証明書が人々の生活、人権にどのような影響を与えるのか目を離せない。
 紆余曲折あったが、こうして本書をみなさんの手元に届けることができたのは、多方面におよぶ温かいご協力と励ましの賜物である。共同研究会のメンバーの熱い議論には、多くの知的な刺激を受けた。論文の基となる調査に際しては、日本学術振興会科学研究費補助金若手研究A(22682009)「グローバル時代の国籍とパスポートに関する文化人類学的研究」(代表:陳天璽)の助成を受けた。続く出版にあたっては、国立民族学博物館が館外での出版を奨励する査読付きの制度を利用し、この刊行が実現した。感謝している。また、査読審査のため、多数の執筆者の原稿を入念にチェックしてくれた陳研究室のスタッフたち、とりわけ杉山有子さんと中村真里絵さんの労を多としたい。最後に、根気よく、しかも懇切丁寧に編集実務の作業をしてくださった新曜社の高橋直樹さんにも心からお礼申し上げる。



二〇一二年一月
陳 天璽