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堂下 恵

里山観光の資源人類学
――京都府美山町の地域振興


A5判304頁

定価:本体4700円+税

    

発売日 12.02.29

ISBN 978-4-7885-1274-0

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◆象徴資源から見る「まちおこし」◆

エコツーリズムやグリーンツーリズムの流行、とくに日本においては、「里山」 というキーワードが付いた「自然環境」に配慮した観光が人気です。しかし、 その自然もその環境も、まったく人の手を介することなく存在するものではあ りません。では誰が・どのように、対象となる自然を創りかえ、活用している のでしょうか。著者は生成・活用される象徴的な「資源」に注目する視座から、 この緻密なメカニズムを解明していきます。長期フィールドワークで明らかに する地域振興の「民族誌」。安易な自然保護言説を離れて、人と自然を捉え返 す一冊です。著者は金沢星稜大学経済学部准教授。


里山観光の資源人類学 目次

里山観光の資源人類学 まえがき

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里山観光の資源人類学―目次



はじめに
第1章 環境観光への人類学的視座
T はじめに本書の問題設定 
U 環境観光の発展
V 観光人類学における環境観光
W 環境主義の人類学における環境観光
X 資源人類学における環境観光
Y まとめ

第2章 自然の観光資源化
T 日本における二次的自然
U 農村と観光
V 「里山」という焦点
W ヘリテージとしての自然
X まとめ 

第3章 美山町における地域振興
T 美山町での情報提供者・団体
U 美山町の概要
V 江戸期の山林の機能と所有形態
W 近代から現代までの森林所有形態
X 森林関連産業の盛衰
Y 工業の試行
Z 農林業復興による地域再生
[ 観光による地域活性化
\ 行政関係者からみる美山町の観光振興
] まとめ

第4章 芦生の森―森林の観光資源化とその活用
T 芦生の森知井九ヶ村惣山
U 京都大学芦生演習林の変遷
V 芦生集落の変遷
W ダム問題とハイキングのきっかけ
X 芦生ハイキング
Y 旅行業者の意識
Z 京都大学の姿勢 
[ ハイキングガイドの内容
\ ツアー参加者にとっての芦生ハイキング
] まとめ 

第5章 かやぶきの里・北集落―茅葺き家屋の観光資源化とその活用
T 北集落の概要
U 家屋の保全
V 重要伝統的建造物群保存地区へ
W 北集落と観光
X 北集落での修学旅行受け入れ
Y 茅葺き職人と茅葺き保全
Z 葺き替え体験と職人 
[ まとめ 

第6章 美山町住民による観光の取り組み
T 集落の生き残りとスキー場での民宿佐々里集落 
U 美山町初の宿泊施設沈川楼 
V 美山町立自然文化村
W まとめ

第7章 美山町に引き寄せられる新住民たち
T 美山町におけるかつての移住 
U 移住者の増加と受け入れ
V 山村留学
W まとめ

第8章 「美山」という観光資源の生成と活用
T 美山町の事例からみる観光関係主体と資源化
U 美山町という観光資源の生成
V 観光実践における象徴資源・美山の活用
W 美山町の生態資源の保全

第9章 結論
あとがき
索引(人名・事項)  
文献       
装幀―難波園子


里山観光の資源人類学 まえがき
はじめに

筆者が、環境観光、なかでもエコツーリズムという観光形態に興味をもったのは、大学生だった一九九〇年代前半である。一九九二年にリオ・デ・ジャネイロで「環境と開発に関する国連会議」、通称「地球サミット」が開催されたことを受けて、複数の科目で環境問題や環境保護運動が取り上げられ、筆者にとって「環境」について考える契機となった。数年後、イギリスへ大学院留学することになった時は、漠然とではあるが、修士論文はエコツーリズムについて書こうと考えた。

ロンドン大学の環境社会学に関する修士課程に在学中、自身の不十分な英語力を痛感しつつ感じたことは、「nature」という言葉の内容が、日本語の「自然」が指すものと合致しないということだった。「nature」と「自然」は何か少し意味が違うと思いながら半年ほど授業を受けていたある日、ロンドン郊外の緑地で環境保全についての実習がおこなわれた。担当の教授は、私たちを連れて芝生の中を歩き、ポツッ、ポツッと小さな雑草が生え、その向こうに種類の違う樹が三本ほど植わっている場所に来て立ち止まった。そして、私たち学生の方を見て興奮気味に「これが生物多様性よ!」といった。

ほんの少しの雑草と三本の樹で生物多様性を論じたイギリス人の教授に私は面喰ったのだが、この実習が、natureと自然についての違和感はそれぞれの語に繋がる文化的な意味や価値観の相違に起因しているのでは、と考えるきっかけになった。日本とイギリスでは植生が異なっており、豊かな森を有する日本で生物多様性を例示するには里山などが取り上げられるが、イギリスではそうではないのだと考えたのである。

学術的、特に人類学的には、自然や環境が意味する内容は文化的・社会的に構築される側面があり、決して客観的なものではないと理解される。しかし、環境保護・保全や本書で取り上げる環境観光など、「環境にやさしい」事象を論議する際には、我々はしばしば自然や環境が何を意味しているのかを確認しないまま、貴重な自然を守るべきだ、環境にやさしい行動をするべきだ、と議論を展開する。そして、環境保護を重視すること、保護を訴えることを良しとする風潮のため、議論が活発化すればするほど、自然や環境が主観的、象徴的に創造されるという側面を忘れ置いてしまう。

筆者は、環境観光について京都府美山町を事例とする人類学的研究を行うことに決めた際、環境観光における「環境」が何を意味しているのかを注意深く精査しようと考えた。美山町でのフィールドワークは、日本人が日本語で日本の環境観光について調査する性格のものであったが、同じ日本人・日本語であっても、使用する主体によって自然や環境という用語が意味するところは違う、というのが筆者の考えであり、自然や環境が多義的な意味を有することを疎かにしたくないと強く思った。美山町で調査をすると、観光対象となっている美山の自然や風景に対する視座が地元住民、観光業従事者、美山町外からの移住者、観光客といった複数の主体によって異なっていること、また、複数の視座で捉えられた自然や風景の活用目的が違うこと、さらには各主体の観光そのものに対する考え方も同じではないことがわかった。

美山町の調査結果を分析して「民族誌」にまとめる際に、深慮したのはどのような枠組みで論じればよいかということであった。観光人類学の先行研究を再考したが調査結果を十全には位置づけられず、環境主義の人類学からのアプローチも検討した。幸運だったのは、同時期に、人類学分野における一大研究プロジェクト「資源人類学」の共同研究がおこなわれ、その成果が書籍として出版されたことである。資源人類学の議論では、資源は象徴系と生態系に大きく分けて捉えられており、この象徴系と生態系という視座を環境観光の対象に当てはめると調査結果が最適に提示できると思われた。最終的に、資源人類学の議論を援用しながら、環境観光の対象を象徴資源、中でも文化資源と捉えて、環境観光における「環境」とは何か、環境観光における資源はどのように生成され活用されるのかを解明する形で研究成果を博士論文にまとめ、本書として出版されることになった。

自然や環境が文化や社会によって異なる象徴的な意味合いを有する事象であると考え、資源人類学の枠組みを使って日本の環境観光を包括的に検討する本書は、人類学においても、観光研究においても、前例のない文献になるのではないかと思う。これからの観光人類学ならびに学際的な観光研究、さらには観光実践で役に立つ要素が複数含まれていることを願う。なにより、調査でお世話になった美山町の皆様にとって少しでも価値のある書籍になれば幸いである。

堂下 恵