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荻野昌弘 著

開発空間の暴力
――いじめ自殺を生む風景


    

四六版256頁

定価:本体2600円+税

発売日 12.03.20

ISBN 978-4-7885-1269-6

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◆戦慄の社会分析◆

いじめグループから執拗に現金を脅し取られて自殺した愛知県の少年の報道から、著者はいじめ自殺の背後に共通する風景を発見します。金銭をめぐるいじめ自殺29件は関東、東海、九州に集中し、かつて特攻隊基地などがあった旧軍用地に工場誘致や住宅建設のプロジェクトが入ったものの、それらが挫折して寂れてしまった開発の周辺部でした。都市の賑わいも豊かな自然もない、殺風景な環境で育ったこどもたちが、なぜ消費の欲望にとりつかれ、凄惨ないじめを起こすのか。「かわいい」ものがあふれる消費社会が消去する死の痕跡とは。日本中を席捲した大型開発の陰の結末を追って、戦慄の社会分析を展開します。著者は関西学院大学社会学部教授。


開発空間の暴力 目次

開発空間の暴力 あとがき

ためし読み

◆書評

2012年10月9日、MORGEN 10月号

2012年11月17日、図書新聞、好井裕明氏評

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開発空間の暴力―目次



目 次

第1章 〈脱中心化する風景〉の生産
1 軍隊の解体  
2 焼身自殺  
3 日本列島の改造  
4 暴力の風景  
5 風景の化学化  

第2章 軍隊の痕跡の後に―残された農地、失われた農地
1 旧軍用地から農地開拓へ  
2 習志野原開拓  
3 開拓の終焉  
4 周辺部の開発  
5 三里塚開拓から新東京国際空港へ  
6 三里塚の風景  
7 三里塚とゆりのき台  

第3章 いじめ自殺
1 いじめと自殺  
2 贈与/詐欺  
3 再び軍隊の痕跡  
4 いじめ自殺事件と開発  

第4章 開発計画と暴力
1 国土計画  
2 工場の拡散 その一  
3 工場の拡散 その二  
4 全国総合開発計画(一全総)  
5 二全総から三全総へ  
6 周縁の空間  

第5章 「田園」と「都市」
1 田園都市  
2 多摩田園都市構想  
3 農住都市構想と田園都市開発  
4 田園都市の暴力  
5 住宅開発/観光開発  
6 田園都市のその後  

第6章 消費社会と暴力
1 消費と所有  
2 化学化  
3 水俣  
4 消費の時間原則  
5 かわいい秩序  

第7章 死の消滅

あとがき  
参考文献  
事項索引・人名索引  

装幀 鷺草デザイン事務所






開発空間の暴力 あとがき

一九九四年のことだから、今から一五年以上前のことである。その年、テレビで相次いで起こるいじめ自殺の報道を見ながら、私は、ひとつのことに気がついた。事件が起こるたびに、テレビに映し出される中学校の映像に、共通点があるように感じたのである。それは、いじめ自殺が起こる中学校の周辺に広がる風景に、共通の要素があることを意味する。いじめ自殺を生み出してしまう固有の風景があるのではないか。これが、私がテレビを見ながら抱いた直感である。

そこで、私は同じ年の一二月、実際にいじめ自殺事件が起こった直後の愛知県西尾市に赴いてみた。

この事件は、国会でも問題にされるほど大きな反響を呼んでいた。それは、自殺した少年が死ぬ直前にしたためた長文の遺書が公表されたからである。中学生が長文の遺書を残すことはめずらしい。遺書には、どのようないじめに遭っていたのかが詳しく記されていた。

遺書のなかで私が驚いたのは、少年が自殺する理由を、同級生たちから金をとられ続けており、もう渡す金がないからだと書いていたことである。少年はまるで借金を返す当てがないので、自殺したかのようにみえる。私はこの遺書を読んだとき、近松門左衛門の『曾根崎心中』を思い出していた。『曾根崎心中』は、男女が心中する物語であるが、そのきっかけは主人公の徳兵衛が借金を返すことができなくなったことにある。商品経済がいち早く発達した十八世紀初頭の大阪と、農業地域の近くに工場が建ち、急速に開発が進んだ二十世紀後半の西尾とのあいだに、奇妙な共通点があるような気がしたのである。それは、商品経済の浸透に、社会が十分に適応していない点である。

資本主義は今や、欧米や日本だけではなく、世界的な規模で拡がっている。したがって、それがときに人々の生活にもたらすことのある破壊的な効果も、世界中の至るところで観察できる。しかし、そのために、わざわざ外国に出かけていく必要はない。一見完全に資本主義化したかにみえる日本でも、資本主義化が孕む暴力性が噴出することは、少年の自殺が象徴的に物語っている。新たな開発による消費文化の浸透が旧農村地域にもたらす無秩序。そして、そのなかで特に消費文化の暴力を被るのが、こどもなのである(荻野 1998: 4-5)。

中学校周辺を歩いてみて、私の直感は確信に変わった。中学校の周辺には田園地帯が拡がっているが、少し歩くと、小高い丘を切り開いて造成した新興住宅地がある。西尾市には、一九七〇年に大規模な工場が建てられており、その後に住宅地が開発されたのである。

私のなかに、西尾訪問の印象は強く残っていたが、しばらくの間本格的に研究を開始することはなかった。転機は二〇〇三年に訪れる。私の勤める関西学院大学が、社会調査に関するテーマで、日本学術振興会二一世紀COEプログラムに採択され、私自身は映像、特にアニメーションを用いた調査法に関して研究することになった。アニメーションを実際に制作して、これを通じた社会調査を試してみようと考えたのである。私は、アニメのテーマにいじめ自殺を選んだ(Ogino and Yukimura 2011)。同時に、いじめ自殺が起こった地域を調査し始めた。

一方で私は、科学研究費の助成を得て、戦争遺産に関する研究を継続して行っていた。特に、太平洋戦争の遺産について調べるため、かつて軍関連施設があった場所を調査していた。そのうちに、奇妙なことに気づいた。いじめ自殺が起こった地域を訪れると、なぜか軍関連施設跡地やそこに戦後設営された自衛隊基地がある。私は、いじめ自殺と戦争遺産調査を同時に行うことができることに気づき、実際に同じ場所で、一見異なるふたつの対象を調査するようになった。そして、戦後の開発において、旧軍用地が大きな役割を果たしたこと、開発といじめ自殺が起こる地域とのあいだに親和性があることを発見した。戦後の日本社会では、旧軍用地が忽然として消滅したところから開発が始まり、その開発がいじめ自殺という暴力を生む風景をつくり出したのである。

社会学における地域の調査は、特定の一地域に限って調査する場合がほとんどであろう。しかし、本書のような対象の場合、ひとつの地域に限定して調査するだけでは不十分である。二〇〇三年から私は、いじめ自殺が起こった地域や軍関連施設があった場所(先述したように、ふたつが重なる場合が多い)を訪れるようになった。特に、いじめ自殺が起こった地域のうち、いじめに金銭が絡んでいる29の地域については念入りに調査した。

地域の図書館や役場で資料収集や聞き取り調査も行ったが、最大の調査目的は、地域の風景を体感することにあった。地域内の移動には、状況に応じて三つの手段を用いた。まず、用いたのは車である。中学校の広範囲にわたる校区を短い時間で移動するには車が最も適している。しかし、中学生が日常体感している場所感覚を共有することは、車に乗っているだけでは共有できない。

そこで、実際に校区を歩くことになる。また、自転車を借りることができた時には、自転車を用いた。徒歩だけではなく、自転車を利用したことは、中学生が自分たちの生活環境をどのように体感しているのかを知るうえで大変役立ったと思う。自転車は中学生にとって主要な移動手段であり、自転車に乗りながら、どのような光景が眼に入るかを追体験することができたからである。

フィールドワークということばが最近用いられるようになっているが、ある一地点で、一定の日数滞在しながら観察の経験を積むという方法と同時に、いかに移動するかという観点からも、フィールドワークをとらえる必要があるだろう。日本の人類学や民俗学の伝統では、研究者自身が移動していくことで、個々の地域の特徴を見出していく方法がある。鳥居龍蔵や宮本常一がその代表格である。社会学でも、鳥居や宮本の方法は学ぶべき点があるはずである。彼らは主に歩くことがフィールドワークの中心であった。私自身は、これに自転車による移動を加えることができるのではないかと考えている。

また、地域観察を行うなかで、私が注目したのは和菓子店の存在である。かつて町の中心だった商店街が寂れても、和菓子屋だけは残っている。私は、法事などの関係で、和菓子屋だけは経営を続けることができるのではないかと推測しているが、調べたわけではない。老夫婦や家族で営んでいる和菓子屋のひとたちは、地域に精通しており、その変化についてもいろいろと話してくれる。それ以外にも、地元の書店や書店にたまたま立ち寄った客、寺の住職とおかみさん、そして、喫茶店や居酒屋のマスターや客など、特にこちらが頼んだわけではないのに、自然に語り始めるひとびとがいた。こうしたひとびとの声の集積が、「社会」というかたちのないものを創り出しているのかもしれない。 本書は、このかたちのないもののすがたをさまざまな徴候を読み込むことでとらえようとした軌跡である。始まりはテレビに映った映像からだったが、それもカメラマンや記者が、なかば無意識のうちにとらえた、社会の徴候だったのだろう。・・・・・・・

荻野昌弘