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ターケル・クリングバーグ 著/苧阪直行 訳

オーバーフローする脳
――ワーキングメモリの限界への挑戦


四六判258頁

定価:本体2600円+税

発売日 11.11.10

ISBN 978-4-7885-1261-0

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◆「脳を鍛える」ことは可能なのか?◆

いまや脳は、情報の洪水に見舞われています。テレビを見ながら新聞を読み、 連れ合いのお喋りにも耳を傾けていると携帯が鳴り出す──いまや同時にいく つもの事をこなすのは慣れっことはいえ、時々失敗するのも無理はありません。 デジタル社会が生み出す情報の奔流に立ち向かっているのは、4万年ほど前の 人類の祖先、生活環境もずっと単純だったであろうクロマニヨン人の脳とほぼ 同じ容積の脳なのです。情報ストレスで、ダメージを受けないのでしょうか。 本書はワーキングメモリという脳の機能に焦点を当てて、脳の限界と可塑性、 脳機能を訓練する可能性について、最新の研究成果を一般の読者にわかりやす く解説した、興味深い科学読み物です。著者は、スウェーデンのカロリンスカ 研究所教授、訳者は京都大学名誉教授。共にワーキングメモリ研究で著名な研 究者です。


オーバーフローする脳 目次

オーバーフローする脳 訳者あとがき

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オーバーフローする脳―目次

1 はじめに―石器時代の脳が情報洪水に見舞われたら
■マジカルナンバー
■脳の可塑性 
■20世紀のIQ上昇
■未来

2 情報の入り口
■注意には異なる種類のはたらきがある22
■放心状態
■ミリ秒単位で注意を測る
■脳のスポットライト
■ニューロン間の競合
■2つの並列的な注意システム

3 心の作業台
■ワーキングメモリ
■長期記憶
■注意をコントロールする
■問題の解決
■ワーキングメモリと短期記憶

4 ワーキングメモリのモデル
■頭頂葉の情報処理
■記憶と注意の一体化
■情報はどのように符号化されるか

5 脳とマジカルナンバー7
■成熟する脳
■脳の信号と容量
■容量制約のメカニズム
■子どもの脳
■脳の活動のコンピュータ・シミュレーション

6 同時課題処理の能力と心の帯域幅
■運転と携帯
■カクテルパーティー効果と注意散漫
■2つのことを同時に行うとき、脳に何が起こるのか?
■容量統合仮説

7 ウォーレスのパラドックス
■ワーキングメモリの進化
■副産物としての知性

8 脳の可塑性
■脳地図はどのように書き換えられるか
■刺激の効用
■音楽とジャグリング
■「使う」と「何」が鍛えられるのか?

9 注意欠陥多動性障害は存在するか?
■ADHDとは何か
■ワーキングメモリ仮説
■薬物と教育

10 認知ジム
■ロボメモ
■訓練が脳活動にどう影響するか

11 心の筋肉を毎日訓練
■アインシュタイン加齢研究
■心の基準
■禅と集中法
■凡夫禅
■科学と瞑想
■現在と未来の挑戦

12 コンピュータ・ゲーム
■怖れ
■コンピュータ・ゲームの利点
■コンピュータ・ゲームの未来

13 フリン効果
■IQを進化させる
■ダメなものは、タメになる

14 神経認知的エンハンスメント
■心の薬物
■日常の薬物

15 情報の氾濫とフロー
■情報ストレス
■なぜ人間は刺激が好きなのか
■フロー

訳者あとがき  
文献と注  
索  引  
  装幀=虎尾 隆


オーバーフローする脳 訳者あとがき
 訳者あとがき

 本書はスウェーデンのカロリンスカ研究所で発達認知神経科学の教授を務めるターケル・クリングバーグ教授の一般向けの著書であり、原著は2007年にスウェーデン語で出版された。その後、2009年に英訳版がオックスフォード大学出版局から刊行された。英訳の題名は TheOverflowingBrain:InformationOverloadandtheLimitsofWorkingMemory(Oxford University Press, 2009)であり、本書は英訳版を参照して訳出した。教授は1967年生まれ、1997年にカロリンスカ研究所のローランド教授のもとでワーキングメモリをテーマに博士号を取得、同研究所付属病院、米国のスタンフォード大学でポスドクを務めた後、同研究所で准教授、教授を務め現在に至っている。fMRIやDTI(拡散テンソル法)などを用いた児童期の脳の認知神経科学を専門としている。特に本書で取り上げられているワーキングメモリや注意の障害(ADHD)を中心に研究を行っており、2001年にはワーキングメモリ訓練プログラムを広めるためコグメド(Cogmed)を設立している。

 以下は、訳者のコメントを交えた内容のスケッチである。題名からもわかるとおり、本書のメインテーマは脳と注意の担い手としてのワーキングメモリ(WM)であり、両者の関係を現在の情報化社会の中でユニークな視点でとらえている。情報社会に生きる現代人は多忙であるが、その一因はこの社会がマルチタスクを求める構造をもつところにあるようである。マルチタスクはWMなしには処理できない。ところが、人間のWMには厳しい容量の制約があり、入ってくる情報が多すぎると処理できなくなりオーバーフローしてしまう。リーディングスパンテストなどのWMテストを使って、情報を一時的に保持しながら処理を行うマルチタスク課題を実施し、容量を個人ごとに測ると、その容量はせいぜい3から4アイテム程度であることがわかる。WMのオーバーフローが現在の情報化社会におよぼす知られざる影響は大きいが、それは、不注意で起こる様々な事故から、高齢者の物忘れにまでおよんでいる。

 1章で述べられているように、およそ4万年前に現れた人類の祖先であるクロマニヨン人の脳の容積とほぼ同じわれわれの脳が、デジタル社会が生み出す情報の奔流に立ち向かいつつある。そして、脳のもつ可塑性が社会環境に適応するように心を進化させてきた。進化の最前線にある前頭葉の中でも、社会環境の変化に敏感に反応するWMは、脳と環境の間をインターフェースする役割を演じている。WMは新たな環境に適応してゆくのに必要な心の機能であり、最近の注意の実験心理学と認知神経科学は、WMが前頭葉や頭頂葉と協働しながら能動的な注意のコントロールをしていることを明らかにしてきた。つまり、WMは問題解決や創造性を通して環境や社会への適応と密接にかかわっているのである。

 本書は、情報の過負荷(overload)がWMやそれを担う脳におよぼす光と影の領域を、電子オフィスの環境問題から青少年の心をとらえるコンピュータ・ゲーム、さらに教育の問題にまで広げて具体的に取り上げている。そして、WMを担う脳にも可塑性があると考え、複雑化する社会に磨かれるかたちで発展してきたWMは、さらに訓練によっても(オーバーフローしないように)磨くことができるというのが著者の主張である。

 一方、われわれのWMや注意を担う脳のオーバーフローは、情報ストレスなどの影響も受けている。利便性の高いスマートフォンが急速に普及し、情報化社会に住む多くの人々にとって、ごく普通の通信手段となってきた。われわれはこのようなモバイル型情報化社会によって大きな恩恵と刺激を受けると同時に、否応なしに一種の情報ストレスを感じる環境に置かれつつある。利便性という光の背後にある陰の部分であるといってもよいだろう。さらに、利便性のおかげで、自身の脳のメモ帳であるWMの鍛錬がおざなりになり、創造的な思考力が低下するのではないかというネガティブな見方もある。本書では、逆にこのような社会の複雑化がWMのはたらきを促進するというポジティブな見方でまとめられている。この立場を後押しするのが、1章と13章で述べられているフリン効果である。

 フリン効果は情報化社会がはじまった20世紀中葉以降に認められる知能指数(IQ)の一般的上昇をさすが、これを説明する一つの要因として社会環境の複雑化が考えられている。マルチタスク志向のコミュニケーション機器の急速な普及が、人々に多くの情報への接触をもたらす結果、訓練効果を生み、絶え間なく増加する心的な情報圧力が人々のIQを押し上げるのに役立っていると説明される。社会が複雑化すると、その環境への適応にはWMをベースとした問題解決能力が必要になり、したがってWMとかかわる一般流動性知性(gF)も少しずつ上昇すると想定されるのである。光と影の領域はWMの個人差、課題の複雑さなどで異なってくるが、高齢者や若年者への影響は大きいと考えられる。

 WMとその個人差について一言述べておきたい。40億年の脳の進化は、協調して社会を営むためにわれわれの前頭前野にシンボリックな表象を保持し、それを操作できるような能動的な記憶であるWMを生み出したといってもいいだろう。この脳領域が、重要な生存価値を担いはじめ、社会的状況を認知しそこに適応するはたらきをもつようになったのであろう。WMの個人差は大きいが、容量が小さいと無関連な情報と必要な情報の区別が困難になり、必要な情報を保持すべき脳の領域に無関連情報が入り込んでしまう。注意がそれてしまうのだが、これは能動的注意のコントロールにはWMが必要なことを示唆している。WMがうまくはたらかないと、注意散漫になる結果、外部環境にあふれる刺激駆動型の受動的注意に乗っ取られ、能動的注意は置き去りにされることになる。本書に登場する仮想の会社員リンダのオフィスでの行動を見ても納得できる。

 さらに、12章では、コンピュータ・ゲームとWMについて触れている。ゲームが青少年におよぼす影響については様々な議論がなされてきた。ゲームに興じることが、短絡的で粗雑な思考を生むといった論議も見かけるが、本書を見ればそれは間違いであることがわかる。確かに、反応時間を競うような個人ゲームは受動的な注意が必要であり、WMとはかかわりがない。しかし、複数の人々の間で行われる、ある程度の複雑性をもつインタラクティブな社会ゲームでは、能動的にコントロールされた問題解決のための注意が必要であり、また他者の心を読み取ることも必須であり、前頭葉つまりWMのはたらきが重要となってくるという。ここでは、自己と社会のかかわりを前頭葉ネットワークで考える社会脳がキー概念となるのである。

 われわれが自分のもつWMの制約を意識し、WMをみがく努力を続ければ、それは十分な生きがいと満足感をもたらすのみでなく、脳の能力をさらに発展させる可能性を秘めているという著者の主張には訳者も大いに賛同したい。

 新曜社の塩浦ワ氏には訳稿を丁寧に読んでいただき、読みやすくするために図版も含めて詳細なコメントをいただいた。厚く御礼を申し上げたい。

2011年10月1日
苧阪直行