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神山 潤 編

四快のすすめ
――子どもの「快眠・快食・快便・快動」を取り戻す


四六版240頁

定価:本体2300円+税

発売日 11.10.31

ISBN 978-4-7885-1259-7

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◆「身体」の声に耳を傾けて生きる◆

夜ふかし、孤食、便秘、体力低下……生命力に満ちているはずの子どもに元気がないのはなぜか。いま、子どもの環境を大人が早急に整えてやる必要がある、というやむにやまれぬ危機感から本書はスタートしました。動物としてのヒトが生きる上で欠かせない快眠・快食・快便・快動を「四快」と称し、それぞれの現場で「早起き・早寝・朝ごはん・朝うんち」運動や体力向上にとりくんできた専門家とルポライターが、「快」が失われている現状を紹介しつつ、解決への具体策と実践のヒントを親や学校・保育園・幼稚園の現場に向けて熱く提案します。編者は小児科医で、東京ベイ・浦安市川医療センター センター長。 著者の本 『ねむり学入門』  絶賛発売中


四快のすすめ 目次

四快のすすめ エピローグ

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四快のすすめ―目次

はじめに

四快のすすめ・もくじ

プロローグ ヒトは動物―四快(眠食便動)を求めて

第1の快〈快眠編〉

眠りからみた子どもたち 神山 潤
 はじめに―眠りを大切にする社会に向けて
 1 眠りの基本
   眠りへの誤解
   睡眠時間
   メラトニンとセロトニン
   スリープヘルス
   まとめ
 2 子どもたちへの処方箋
 おわりに――「夜の闇」からのメッセージ
コラム温故知新編

第2の快 食習慣からみた子どもたち 井出留美
 はじめに―「食」の道を歩み続けて 
 1 子どもに食べる楽しみを! 
   子どもとおやつ 
   子どもの創造力 
 2 身体によい食べ物・食べ方 
   「身体」が教えてくれること 
   子どもと食育 
   疲れている子どもたち 
   野菜を食べる習慣を身につけよう 
 3 子どもの肥満 
   肥満を招く生活習慣 
   子どもとダイエット 
コラム精神的安定感と食欲との関連性 
 おわりに―心躍る「食」の記憶 

第2の快 学校給食からみた子どもたち 宮島則子
 はじめに―学校給食という貴重な体験
 1 命をつなぐ給食 
   遠足のお弁当 
   きな粉ヨーグルト 
   なにかひとつでいい 
 2 嫌いなものを克服しよう! 
   給食マジック 
   学歴より食歴 
   食文化の伝承 
 3 「食育」と生きる力 
   教育の柱は「早寝・早起き・朝ごはん」 
   四つの気 
   「ご・ず・こん」と「カミカミ」給食 
 4 命をいただく給食 
   わくわくモーモースクール 
   酪農教育ファーム――日大との連携 
 おわりに―「食育プロデューサー」として 

第3の快 加藤 篤
 1 子どものトイレ・うんち事情 
   うんちに対する意識 
   家庭と学校、トイレのギャップ 
   三日以上うんちが出ない!? 
 2 トイレ・うんちのことをもっと語ろう 
   学校トイレ出前教室という試み 
   うんちの種類と特徴 
   うんちができるまでの仕組み 
   キラキラうんちで子どもの意識が変わる 
 3 学校のトイレ改善大作戦! 
   トイレ改修工事 
   明るくてきれいなトイレ 
 4 快としての排泄感覚をとりもどす 
   トイレ・排泄教育の可能性 
   うんちっち!のうた&うんちっち体操 
   排泄と快 
 おわりに―うんちを作り、育て、出す力 


第4の快 中村和彦
 1 子どものからだの危機 
 2 動かない子どもたち 
   歩数の大幅な減少 
   遊びの「三間」の変化 
 3 動けない子どもたち 
   子どもの動作研究 
   単一スポーツによる「二局化」 
   スポーツより自由遊びを 
   諸外国の事例 
   日本の子どもスポーツに求められるもの 
 4 体力向上への取り組み 
   学校の体育はどう変わったか 
   まったく運動しない子どもたちへの対策は 
   専門家から民間企業まで―多種多様な取り組み 
 5 今後の展望 
   体力向上のための今日的課題
   夢中になれる運動・遊びを 

親子の快〈連結編〉 親が変わるための処方箋 瀧井宏臣
 はじめに―親業一〇年のいま 
 1 親が変われば子どもも変わる 
   早起き早寝は一挙両得 
   一石二鳥の親子料理 
   おやこ元気アップの教訓 
   メディア漬けの子どもたち 
   「ノーテレビ運動」で変わる親子
   親子でルールをつくる 
 2 親子を支えるネットワーク
   育ちそびれと縁の崩壊
   子縁を創出する

付記 東日本大震災の被災地より
   思考停止からの復活(神山 潤)
   災害時のビタミン・ミネラル・食物繊維の重要性(井出留美)
   生きるための排泄を考える(加藤 篤)

エピローグ われらカッサンドラとなりて


装幀 臼井新太郎


四快のすすめ エピローグ

エピローグ われらカッサンドラとなりて
 異分野異業種われら六人の主張。読者はどのように受け止められたであろうか。

 六人は、さまざまなかたちで個々に活動している。しかし各運動がそれぞれ大きくなるにつれて共通した課題にも気づき出している。運動の規模が大きくなると、われもわれもと掛け声ばかりに多くの方々が群れ集まるようになり、本意の理解が十分でない方も多く参画するようになり、いつのまにやら手段が目的化してしまうのだ。文部科学省の「早寝早起き朝ごはん」運動がいい例だが、当初から趣旨を理解して参画していた方々は別にして、一部の学校の先生方が早起き率や朝ごはん率の比較に走り、そのために子どもたちを叱咤激励する、という事態が起きている。「早寝早起き朝ごはん」は目的ではない。単なる手段にすぎなかったキャッチフレーズが、いつのまにか目的となり、本来の目的であるべき子どもたちの様子の観察、子どもたちの元気さの評価がなおざりにされてしまっているのだ。

大人が線路を引いては意味がない

 たしかに寝ること、食べること、排泄すること、運動することを評価することはある意味簡単にできよう。しかしこの運動の背景にあった思いは、元気で創造性に富み、常に未来への希望に胸を膨らませている子どもたちの笑顔が満ちあふれる社会の確立であったはずだ。しかし手段の目的化は、大人の自己満足のための方策にいつしかすり替えられ、子どもたちから考えることを奪ってしまう危険をわれわれは感じている。

 大切なのはリテラシー。そのために大人がすべきは「指導」ではなく、見守りと大きくずれたときの軌道修正にすぎない。線路を引いてはダメなのだ。しかし、ともすれば大人は線路を引きたがる。大切なことは子どもたち自身に線路を引いてもらうことだ。教師の指示のままに行った「早寝早起き朝ごはん」は、教師の興味、あえて悪しざまに言えば利益誘導(予算措置)が次に移った瞬間霧散しよう。リテラシーを身につけた子どもたちが自ら考え行動すると、その結果は自然と「早起き、早寝、朝ごはん、朝うんち」にならざるをえないことは生物学的に明らかだ。

 実際「いろいろ試して午前中に眠くならないようにしてごらん」の一言で生活習慣が一変した小学校六年生もいる。むろん小学校低学年ではこのような行動変容は難しいかもしれないが、小学校低学年の子どもたちは彼らなりにすばらしい。ご両親に対し素直な疑問をぶつけてくれるのだ。「うちのお父さんお母さんは夜ふかしなんですけど」。そんなときには筆者は全面的に応援する。「お父さんお母さんに夜ふかしをよくないみたいだよ、と言ってあげて」。彼らは目を輝かせて言ってくれる。「ハイ!」

 お子さんに言われると親は弱い。大人に行動変容を求める際の有効なターゲットはこのあたりにあるかもしれない。

 人間は教育することでいかようにも変えられるという信念をおもちの教育者の方は決して少なくない。しかしわれわれは、「ヒトは動物」であり、動物の生理に反した教育には無理がある、と申し上げたいのだ。ヒトという動物の生理に根差した教育を、小学校低学年からしっかりと行うことがなにより重要だ。

 話をリテラシーに戻そう。リテラシーという過程を省略した「早寝早起き朝ごはん」指導は百害あって一利なしだ。早起きをすすめる一方で、塾等も含めた子どもたちの夜間の外出機会を減らさなければ、子どもたちは必然的に睡眠不足に追いやられる。そうなれば、教師が報告する早起き率、朝ごはん率は上昇、教師は喜ぶが、子どもたちは午前中から授業中に居眠りだ。実際中学校で「早起き早寝朝ごはん」の講演後、校長先生に「公教育の充実で塾通いを減らすことが大切ですね」と申し上げたところ、「ハッハッハ、無理ですわ」と一笑に付されたことがある。嘆かわしい、を通り越してあきれ果ててしまった。彼に教育者の資格はあるのだろうか。

 さらに驚いたことがある。「疲れてもがんばれ!」これは八〜一四歳向けのドリンク剤(リ○ビ○ンジュ○ア)に書かれていた宣伝文句だ。子どもたちを疲れてもがんばらせ、子どもたちを病気にして、薬で儲けようという魂胆なのか、とすら勘ぐってしまう以上に、子どもたちがこのドリンク剤を手にする状況を想像すると背筋が寒くなる。子どもたちは自分で買って飲むのだろうか? 親が買い与えるのであろうか? (塾)教師が手渡すのであろうか? あきれる。情けない。哀しい。いったい日本ではどこまで子どもをないがしろにして、いじめれば気がすむのであろうか? まったく子どもを守れない国だ。心が痛む。

ヒトの潜在能力を最大限にひきだす生き方

 前頭葉は新皮質に属し、新皮質は辺縁系、さらには脳幹・間脳・基底核が存在したうえで出現した構造、という考え方がある。脳神経学者ポール・D・マクリーンが唱えた三位一体脳説だ。原始爬虫類脳は、脳幹、間脳(視床、視床下部)、基底核よりなり、旧哺乳類脳は辺縁系が加わり、新哺乳類脳はさらに新皮質をもっている、という、古い脳の上に新しい脳が付加されるという解剖学的な進化の方向の道筋を脳機能との関連で説明しようとした考え方だ。

 原始爬虫類脳をもつ動物は、原始的な学習や記憶に基づいた、型にはまった行動をし、その行動は個体維持と種族保存に基本的なもの。旧哺乳類脳が有する辺縁系には情動の座があり、ステレオタイプな原始爬虫類脳の働きを、ある程度、柔軟に制御、そして新哺乳類脳が有する新皮質は、外界環境因子を分析し、高度の精神活動を行い、これは「認知過程」にもかかわってくる、とされる。筆者はこれら三つの脳を、命の脳・生きる脳、気持ちの脳・感じる脳、人智の脳・考える脳、と言い換えている。

 本書で繰り返し述べてきたことは「快を求めよ」だ。しかし、いまの子どもたちが取り巻かれている環境は、動物の本質としての四快を求めることからは程遠い。行動規範が身体感覚から遊離しているのだ。プロローグでは「理屈で身体を支配しようとしている現代人の思考パターン」と述べたが、頭でっかちな行動規範とも言えよう。頭でっかちで身体感覚から遊離した行動規範は人智の脳・考える脳に基礎をおく学問体系だ。人智の脳・考える脳が生む知恵が大切であることは論をまたない。しかし朝の光を浴び、食べ、排泄をし、昼間に活動し、夜の光を浴びないことは、個体維持に基本的な行動であり、ヒトはこのような行動をとったときにその潜在能力を最大限に活用できるようプログラムされている可能性が高い。

 もちろん多様性、個人差は当然あろう。またたしかに人智はすばらしく、また人は社会的な動物だ。しかしその前にヒトは周期二四時間の地球で生かされている動物だという謙虚さを忘れてはなるまい。人智の脳・考える脳の生む知恵は、個体維持の基本原則と矛盾してはなるまい。ただどうも最近の知恵(行動規範)は、このような自然の摂理(身体感覚―四快)との折り合いが十分にはついていない知恵、浅知恵が多すぎるのではないかと危惧する。

地球も自然、身体も自然

 ヒトはあくまで周期二四時間の地球で生かされている、寝て食べて出すことでしか活動できない動物なのだ。そして身体こそもっとも身近な自然だ。自らの身体を大切にできないで、地球や宇宙の自然を語るなど奢り以外の何ものでもない。ここに集ったわれわれ仲間は、この単純な基本原則を忘れることのない社会にしようと行動している。この基本原則を忘れた社会は奢り高ぶった人間中心の世界だ。自然に対する恐れと謙虚さを人間は忘れるべきではない。この単純なことがなんと困難なことか。

 しかし、それは決して不可能なことではないともわれわれは感じている。ぜひとも「自分の身体の声に耳を傾けるという習慣」に立ち戻ってほしい。頭でっかちではない、身体感覚―四快―と密接に結びついた行動規範を取り戻してほしい。このことが結局は実現可能でヒトにやさしい「工夫」となり、一人ひとりの充実した「生」につながろう。・・・・・・

神山 潤