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中田基昭 編著 大塚類・遠藤野ゆり 著

家族と暮らせない子どもたち
――児童福祉施設からの再出発


四六判232頁

定価:本体2200円+税

発売日 11.10.20

ISBN 978-4-7885-1255-9

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◆内面に寄り添う理解のために◆

虐待や育児放棄など、家族と共に暮らすことが難しかったり、そもそも家族がいない・わからない子どもたちは、児童福祉施設で自分の人生を切り開くための力をたくわえ、社会に巣立っていきます。本書は、そのような施設で暮らしている子どもたちが困難を乗り越えて自立していくみちすじを、長期間現場に参加しながら描き出した記録です。子どもたちの味わっている辛さや苦しさに寄り添うため著者たちは、現象学を導きの糸としました。しかし本書は、難解な現象学についての本ではありません。行動の観察にとどまらない内面に深くせまる実践的理解とはどのようなものかを、じっくりと味わいたい本です。編者は東京大学名誉教授(教育学)。


家族と暮らせない子どもたち 目次

家族と暮らせない子どもたち はしがき

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家族と暮らせない子どもたち―目次

 はしがき  i

序 章 再出発にともなう不安 中田基昭
      子どもの再出発をめぐって
      各章の内容と観点
      不安について

第1章 施設を自分の居場所にする 大塚 類
    はじめに──子どもたちの実態
      子どもたちとの関わり
      施設と家庭との違い
      本章でみていきたいこと
    第1節 居場所をつくりだす道具
      ハイデガーにおける道具
      ホームにそなわる公共性
      自分だけの道具
    第2節 自分だけの道具への想い
      道具の全体としての適切さ
      おとなの役割
      自分だけの道具へのこだわり
    第3節 ホームにそなわる不安定さ
      場の不安定さの際立ち
      家事を介した子どもへの働きかけ
      施設にそなわる不安定さ
    第4節 自分の居場所を求めて
      部屋片づけの意味
      過去と未来への向き合い

第2章 他者と共に暮らす 大塚 類
    はじめに──子どもたちの実態
      少女たちと筆者の関わり
      少女たちの苦しみ
      本章でみていきたいこと
    第1節 ホームの外の人間関係
      少女たちの友人関係
      ハイデガーにおける世間
      世間のなかの少女たち
    第2節 ホームにおける擬似的な世間
      少女たちの擬似的な〈世間〉
      少女たちの落ちつけなさ
      ホームのルールを守り合うこと
      行きづまりの状況
    第3節 擬似的な世間との格闘
      擬似的な世間の一員でありつづける辛さ
      少女たちの格闘と希望

第3章 虐待をのりこえる 遠藤野ゆり
    はじめに──子どもたちの実態
      施設で暮らす子どもたちについて
      ホームにおける養育と自立
      本章で探りたいこと
    第1節 自分自身からの逃避
      入所当初の堂々としたふるまい
      可能性をそなえていること
      鋭い察知能力の現われ
      安らげなさの現われとしての鋭さ
    第2節 他者との出会い
      問いつめられる辛さ
      戦慄をともなう他者経験
    第3節 他者からの眼差し
      石化する身体
      他者の眼差し
      離れても感じる養育者の眼差し
      反省の手本としての謝罪
      内的な否定を向けられる辛さ
    第4節 自分自身へと向き合う
      他者の眼差しから解かれること
      眼差しからこうむるもの
      問い返しのはじまり
      眼差されうること
      追いつめられずにすむこと
    第5節 過去へと向き合う
      家族との問題への差し向け
      過去の選択
      中心を外すこと
      中心を外しながら過去へと向き合う
      対話にあきることの意味
    第6節 過去の辛さをのりこえて
      過去のとらえなおし
      過去に対する責任者
      養育者とのやわらかな関係
      過去がとり返しのつかないものとなるまで

第4章 子どもの辛さをめぐって 中田基昭
    第1節 本当の自分
    第2節 可能性にともなう不安

引用文献 
注 

装幀=難波園子


家族と暮らせない子どもたち はしがき

 家族のあいだのいさかいや虐待などの親子関係のもつれが、子どもに関連する痛ましい出来事となって、マスコミに報じられることも多い。そのたびに、これらの出来事は、子どもに関わる研究者や実践者などの専門家だけではなく、広く世間の注目を集め、子どもを守るための方法、子どもを育てる立場にあるおとなのとるべきあり方が論じられる。

 親子関係のもつれの改善のための働きかけは、本来、親に対してもなされなければならないであろう。とくに年齢の低い子どもの場合はそうであるが、多くの場合、子どもには親子関係のもつれを改善するだけの能力も機会もないからである。たしかに、思春期の子どもの非行の場合には、一見すると、非行をしたのは子どもであるから、そのあり方を変えなければならないのは子どもであるように思われる。つまり、子ども自身が、みずから非行を断ち切らなければならないように思われる。しかし、こうした子どもも、たとえば、人間関係の息苦しさや家庭での居心地の悪さから家出や夜遊びなどをするようになり、結果として非行につながることが多い。このときその子どもにのみ親子関係のもつれを改善することを求めても、根本的な問題は解消されない。非行は親子関係のもつれにその根をもっているからである。

 しかし、親子関係のもつれを解きほぐす見込みのない子どももいる。というのも、親子のあいだの感情のもつれがかなり深刻となり、あるべき親のあり方を親に求めることが困難となっている場合もあるからである。思春期の非行の場合には、もはや親の養育の範囲におさまりきれないケースもあるだろう。それどころか、そもそも実の親に育てられたことがほとんどない子どもや、親がだれなのかさえわからない子どももいる。こうした子どもたちの場合には、家族への再統合がほとんど不可能であったり、そもそも再統合される家族がいない。

 こうした子どもを守るためにさまざまな児童福祉施設(以下、施設と省略)があり、そこで暮らしている子どもたちが自分の未来の人生を自分の力で切り拓いていくための力を培う場となっている。本書で描かれるのは、こうした子どもたちの養育の現場に長年にわたって参加してきた二人の教育研究者による事例であり、このような施設で暮らしている子どもたちの再出発である。こうした子どもたちが、非常に辛い想いをしながらも自立を求め、それぞれの施設で日々の生活を送りながら、おとなと共に手をとり合って互いに成長していく道筋を、読者と共に探りたい。

 その際に導きの糸となったのが、ハイデガーやサルトルなどの現象学である。しかし本書では、哲学的思考方法を前提とはしていない。ハイデガーとサルトルの現象学については序章で簡単にふれるが、本書では学問において最優先される論理的考察の正しさよりも、子どもたちがこうむっている辛さを手探りしながら実感できる感覚を、大事にしていく。長年にわたって実践の現場で身をもって子どもたちと関わることによってはじめてみえてくる、施設のありようや、そこで暮らしている子どもたちの内面に豊かに、深くせまることをめざしたいからである。私たち三人は、こうした理解において、現象学が大きな助けとなることを実感してきた。本書でも彼らの言葉を引用しているが、必要最小限にとどめている。

 子どもたちがさまざまな困難におちいりながらも、その困難をのりこえてたくましく成長していくため、私たちおとながなにをすべきかを探るための道しるべとして、本書が役立つよう願っている。読者が、施設で暮らす子どもたちの再出発の困難さと、この困難さをのりこえて自立していった子どもたちの道筋とを、さらに深い次元で共有していただければ、とも願っている。・・・・・・・

2011年8月 編者