戻る

八木宏美 著

しがらみ社会の人間力
――現代イタリアからの提言


四六判304頁

定価:本体2600円+税

11.10.20

978-4-7885-1248-1

◆amazon.co.jpへ
cover

◆紀伊國屋書店Books Web へ

◆7ネットショッピングへ



◆「自殺の少ない国」のセーフティネット◆

古いしきたりを否定し、高福祉と家族や性の「自由化」を謳う北欧型の社会モ デルが、いまや福祉の高額な負担、高い自殺率など、矛盾に突き当たって立ち 往生しています。一方イタリアは少子高齢化やパラサイトシングル現象など日 本社会との共通点が多い一方で、先進国中、自殺率がもっとも低い国です。そ こには、北欧型とは逆を行く?しがらみ?ともいえる濃密な地域コミュニティ が、政策に頼ることのないセーフティネットとして機能しています。それはど のように形成され、維持されているのでしょうか。日本の、とくに都会ではい まや消滅してしまったかにみえる「地域」の力の再生を考える上でも、示唆に 富んだ一冊です。好評を頂いた『違和感のイタリア』(2008年刊)の続編です。


しがらみ社会の人間力 目次

しがらみ社会の人間力 まえがき

しがらみ社会の人間力 参考文献

しがらみ社会の人間力 著者エッセイ JAPAN ITALY Travel On-line

ためし読み

◆書評

2011年12月24日、クロワッサン 2012年1月10日号

2012年2月5日、信濃毎日新聞、根井雅弘氏評

Loading

しがらみ社会の人間力―目次

はじめに


第1章 非人間化時代の家族と心のセーフティネット

1 イタリアの家族の特徴
2 イタリア人が家族主義である理由
3 至近距離から見るイタリア家族の実態
4 社会福祉インフラを代替する心のネットワーク

第2章 社会のタイプとセーフティネット
―目指すべきモデルではなくなった北欧型社会福祉

1 前提となる西洋家族制度のルーツ
2 北欧型社会モデルの問題点
3 希薄化する家族の絆とその背景
4 妊娠出産をめぐる価値観の変化と少子化
5 人間は人間とどう向き合っていくのか
6 実現可能なファミリーフレンドリー政策

第3章 地域コミュニティとアイデンティティ形成

1 カトリック教が現代社会に提供するもの
2 カトリック教のルーツとイタリア半島の自然的制約
3 守護聖者とは何か
4 地中海信仰のモザイク
5 アイデンティティ形成の核となった地域リーダーたち

第4章 「あの世」イメージとコミュニティ感覚
―日本人には分かりにくいカトリック教

1 日本人の宗教観とカトリック教
2 現代人の信仰心と心の拠り所
3 内側から見たイタリアのカトリック教
4 肉体感覚的宗教
5 祟らない死者観
6 信仰としてのあの世とコミュニティイメージ
7 信仰の多様性はどこまで認められるか
8 天災と人災の世界観

インタビュー イタリア人にとって信仰とは

ピエラ・ペトリ(Piera Petri一九三五年ミラノ生まれ、女性)
イダ・ザイナ(Ida Zaina一九二九年サン・ジョルジョ・ディ・ノガーロ生まれ、女性)
ルチア・ボッチ(Lucia Bocci一九三一年ミラノ生まれ、女性)
ジャコモ・メルリーニ(Giacomo Merlini一九八七年ミラノ生まれ、男子学生)

第5章 茶の間の共産党と元祖社会主義者キリスト

1 ベストセラー小説にみる保守と左翼
2 茶の間の代弁者イタリア共産党
3 新たな切り口による共産党研究の登場
4 イタリア共産党の軌跡
5 共産党定着の土壌を作った社会主義
6 元祖社会主義者キリストとモラルサイエンス教育の普及

第6章 地域リーダーのモラル学校

1 共産党が遭遇した戦後のイタリア
2 戦後イタリアの共産党リーダー
3 地域リーダー育成工場―共産党学校の実態
4 個人主義の排除に努めた研修生たち
5 モラル教育のメソード
6 カトリック教と共産党

第7章 モラルとリーダーシップ
―現代版ユートピア“協同組合”

1 戦後イタリア共産党の強さの秘密
2 国家はマラリヤ?
3 戦後共産党はなぜ協同組合を戦略としたのか
4 協同組合はどんな経済システムか
5 『ユートピア』と理想社会の条件
6 伝統的同業者組合と近代協同組合
7 基本的経済システムとしての協同組合の提唱
8 プロセスの社会主義―協同組合
9 社会実験―何が地域事業を成功させるのか
10 民主主義を機能させる条件とは

あとがき
主要人名一覧


写真提供:ご好意により特別に写真掲載許可を頂いた機関
Archivio Parrocchia Sant?Ignazio di Loyola - Milano(ミラノ聖イグナチオ教会資料室記録写真資料)(7〜9頁)
Comune di Reggio Emilia, Biblioteca Panizzi, Fototeca(レッジョ・エミリア市立パニッツィ図書館写真館):Camillo Prampolini(カミッロ・プランポリーニ)の写真(163頁)


しがらみ社会の人間力 まえがき
イソップ物語の『蟻とキリギリス』には、二つの結末があるのをご存知でしょうか。せっせと働く蟻を馬鹿にして夏中歌を歌っていたキリギリスが、冬になり蟻に助けを求め拒絶される原作の結末と、後から創作された、蟻がキリギリスに食べ物を分け与えるハッピーエンドの結末。どちらの結末を好むかに、国民性が垣間見えます。

戦後、「日本人の国民性調査」を手がけ、統計学の立場から市民意識の国際比較などで大きな功績を残した人物に林知己夫氏がいます。その著書によると、冒頭のお話にハッピーエンドの結末を選ぶ市民が、日本を含め多くの国では過半数を占めるのだそうです。ところがイタリアだけが例外で、キリギリスを拒絶する結末を選ぶ市民が過半数だそうです。“汝の敵を愛せよ”、“困っている隣人に手を差し伸べよ”、と教えるカトリック教国です。意外に思うのが普通かもしれませんが、これを読んだ時、「へぇー」とは思ったものの、筆者には妙に納得するものがありました。イタリアではこれが普通で、他人は信用しないものであり、唯一絶対信頼するのが「家族」です。

ところがその、キリギリスを拒絶するはずのイタリアで、アメリカ発の世界同時不況が始まった二〇〇八年秋、考えさせられてしまうことが起きました。瞬時にカトリック教会のお助けネットが立ち上げられ、ミラノの自宅近くの教会でもすぐに数百万円規模の寄付金を集め、多くの教会が財産を担保に地元銀行と掛け合って小額融資網まで立ち上げたのです。国家が何もせずに手をこまねいているなか、平均人口三〇〇〇人ほどにひとつある教会コミュニティの機動力は、実に感嘆に値するものでした。日頃教会とは宿敵である左派系日刊紙までが、教会ネットワークの機動力を大きく報道し、逆に国の無策を憂える記事を掲載していました。日本以上に失業者の出たイタリアで、この世界同時不況が原因で自殺者が出たというニュースを、少なくとも筆者は聞いていません。一見、矛盾するようですが、これがまさにイタリアなのです。



グローバル化、ポストモダン、ネット社会突入後の世界の変わりようは驚異的です。産業革命以来人類が歩んできた変化、二〇〇年前から一〇〇年前に起きた変化、一〇〇年前から五〇年前に起きた変化も、それ以前に比べれば、めまぐるしい変化であったはずですが、少なくとも数十年はかけてゆっくり進行した変化でした。ところが、ここ二〇年ほどの変化は、加速が止め処ない状況です。

価値観喪失の時代と言われるにふさわしく、すべての価値が同列の選択肢のひとつに位置づけられ、ボタンひとつでオフにでき、好きな時にリセットできるきわめて単調な二進法の価値観にすべてが括られる世界の到来です。過去の人類の歴史のなかで、起こっては消え、あるいは回帰されてきた多くの価値観同様、世につれ時代につれて価値観は常に変化していくものであると思っていたのですが、今回の変化には、あるいは“逆戻り出来ない価値観への移行かもしれない”と思わせるものがあります。

そしてそのなかで特に目につく変化は、社会の“非人間化”です。人間同士のつきあい方、人間関係のあり方は希薄化し、平板化し、殺伐とし、あるいは暴力により崩壊し、一様に“非人間化”の様相を見せています。これは、たとえばネット社会へのアクセス能力の格差といった問題だけに留まらず、価値観や人生観といった、より「人間の生き方の根本」に関わる質的変化にも起因しているように見えます。



本書では、イタリア在住三〇年、イタリアと日本を二ヶ月ごとに行き来してきた筆者が、二つの社会を交互に見比べるなかで目にしたいくつかの社会現象をクローズアップして観察したいと思います。とくに注目したいのが、自殺と、人生観や人間関係のあり方についてです。

周知のとおり日本では近年自殺が大きな社会問題となっています。日本の自殺者数は、警察庁の発表によると一九九八年以来年間三万人を超え、これは主要先進諸国のなかでダントツに多い状況です。ところが、イタリアでは自殺は社会問題ではありません。イタリアは先進諸国中最も自殺率の低い国で、その数値は日本の四分の一から五分の一、社会福祉先進国の北欧諸国や、自殺がご法度の同じカトリック教国フランスと比べても、二分の一から三分の一なのです。しかも育児・介護制度の整備状況はと見れば、日本以上に整っていない状況です。今まで一度も国として自殺対策を考えたことがないにも関わらず、図らずも自殺の極めて少ない社会を実現しているのです。

イタリアは人間関係の密度が極めて濃い、外からは息が詰まりそうにも見える、強烈な“しがらみ社会”の国です。イタリアはまた、経済不安や少子高齢化、社会福祉制度の立ち遅れなど、日本と酷似した問題を日本以上に抱える、理想社会からはほど遠い国なのですが、ホットな人間関係だけは、あり余るほど息づいている国です。

本書前半では、家族や社会におけるセーフティネットのあり方、地域コミュニティのあり方、心のより所として日常的に生きられているカトリック教を通じて、人間同士のつながりやコミュニティ生成のあり方を見ていきます(本書中で言う「セーフティネット」は、「支え合いの仕組み」の意味で、「コミュニティ」は、「知り合い同士が有機的なつながりをもった社会(知り合い社会)」の意味合いで用いています)。

後半では、カトリック教会と並んで「二つの教会」と呼ばれるほど絶大な影響力を誇った共産党が戦後のイタリア地域社会で実際に担ってきた役割や、機能する社会に必須のリーダーシップとモラルについて、各章ごとに焦点をあてて観察していきます。

イタリアという名の、まったく異なる条件下で行なわれた社会実験は、自国だけを見ていたのでは見えにくい、さまざまな問題を別の角度から照らし出してくれるはずです。

八木宏美 著