戻る

浜田寿美男・伊藤哲司 著

「渦中」の心理学へ
――往復書簡 心理学を語りなおす


A5判272頁

定価:本体2400円+税

発売日 10.12.01

ISBN 978-4-7885-1213-9






◆人間の現実に攻め入るために

人は誰もが与えられた条件を背負いながら、自分の「生きるかたち」を模索していくしかありません。科学としての「心理学」は、これまでそういった人間の現実を捉えてきたでしょうか? いま、人の生きる「渦中」に寄り添いながら、生活世界の問題と切り結ぶ「もうひとつの心理学」が求められているのではないでしょうか? 本書は、既存の心理学への違和感から独自のフィールドを開拓してきた二人の心理学者が、虚偽自白、フィールドワーク、臨床心理学、発達支援などをめぐって対話しながら心理学者としての生き方を振り返り、研究や学問、社会のあり方にまで考察を深めていく知的刺激に満ちた一冊です。

「渦中」の心理学へ 目次

「渦中」の心理学へ あとがき

ためし読み ◆書評

2011年8月、Z-Line

Loading

◆「渦中」の心理学へ――目次
「渦中」の心理学へ*目次

序章 心理学を語りなおす

第1便 「語りなおす」ということ ●伊藤哲司
第2便 心理学と私の生い立ち ●浜田寿美男

第1章 心理学との出会い

第3便 人間の普遍性について ●伊藤哲司
第4便 裁判の渦中から ●浜田寿美男
第5便 「科学的」な方法論 ●伊藤哲司
第6便 「生きるかたち」は選べない ●浜田寿美男
第7便 就職とベトナムと ●伊藤哲司
第8便 「実験文化」の時代に ●浜田寿美男

第2章 社会と制度の中の「心理学」

第9便 「動きながら、関わりながら」 ●伊藤哲司
第10便 「三里塚」と「学会闘争」 ●浜田寿美男
第11便 「制度化」の功罪 ●伊藤哲司
第12便 研究志向から現場志向へ ●浜田寿美男
第13便 「心理学」という名の下に ●伊藤哲司
第14便 「虚偽自白」の心理学 ●浜田寿美男

第3章 心理学は「生きるかたち」をどこまで語れるか

第15便 「専門家」の落とし穴 ●伊藤哲司
第16便 犯罪捜査と人間の心理 ●浜田寿美男
第17便 「心理学の言葉」を考える ●伊藤哲司
第18便 なぜ心理学に希望がないのか ●浜田寿美男
第19便 「人の心」は割り切れない ●伊藤哲司
第20便 「一次的経験」の大切さ ●浜田寿美男

第4章 「心の時代」を問いなおす

第21便 他者と出会い自分を知る ●伊藤哲司
第22便 「心」を状況に合わせる手法 ●浜田寿美男
第23便 「心」に特化する心理学 ●伊藤哲司
第24便 愛のみにて生きるにあらず ●浜田寿美男
第25便 心を知るにはフィールドへ ●伊藤哲司
第26便 「生きづらさ」から生まれた悲劇 ●浜田寿美男

第5章 「観客」の心理学から「渦中」の心理学へ

第27便 調査という営みの中で ●伊藤哲司
第28便 恣意性を超えて ●浜田寿美男
第29便 「個人的な体験」を出発点に ●伊藤哲司
第30便 未練と希望を「渦中」から描く ●浜田寿美男
窮屈な心理学をちょっとはみ出しながら―あとがきにかえて 伊藤哲司
追伸―もうひとつのあとがき 浜田寿美男
索引


「渦中」の心理学へ――あとがき

窮屈な心理学をちょっとはみ出しながら――あとがきにかえて

往復書簡という形式で本を書くのは、これが二回目です。最初の書簡で触れましたが、前著『往復書簡・学校を語りなおす―「学び、遊び、逸れていく」ために』は、茨城放送の若手ディレクター・山崎一希さんとの共著でした。それ以前に、京都大学防災研究所教授の矢守克也さんとの往復書簡論文「『インターローカリティ』をめぐる往復書簡」を『質的心理学研究』第8号に掲載していますので、それも含めれば今回が三回目の往復書簡ということになります。

今回の書簡のやりとりは、いままでとはちょっと違って、私にとってはけっこう緊張感を孕んだものになりました。理由ははっきりしています。ひとつは、「心理学」という自分の専門としていることそのものがテーマであったこと、それからもうひとつは、日本の心理学界の重鎮と言っても過言ではない浜田寿美男さんが相手であったということです。新曜社の田中由美子さんから今回の企画提案を受けたときの「たじろぎ」については、第1便で触れたとおりで、あれはけっして大げさに書いたものではありませんでした。

私自身、「心理学」を教える立場になって、はや十数年がたちます。もはや若手とは呼んでもらえない歳であることも自覚しています。その間、いくつかの学会の学術誌の編集委員―他の心理学者が書いた論文を「査読」するという立場―なども務めてきましたし、「心理学」と名のつく本も複数出してきました。それでも、大胆にも「心理学を語りなおす」というのは、いくら何でもちょっと気が引けました。しかもお相手が浜田さんということで、書き始める前から、本当は穴に入って籠もっていたいような気分でした。

でも今こうしてどうにかこうにか書き終えて、浜田さんの発想や考え方に直に触れることを通して、心理学の内外に自分のささやかな居場所を見つけることができてきたように感じています。既存の心理学の中に安住することは、今後も私にはとてもできそうにありません。現状の心理学はまことに窮屈であり、やはり私の性分には合っていないのでしょう。しかし、そこから少しはみ出していくことはけっして悪いことではないということを、今回の往復書簡を通して悟るに至りました。なんといっても浜田さん自身が、そのようなはみ出しを否としない偉大なる先達であったのですから。

浜田さんとは、ほんのわずかの面識がある程度でした。書簡を交わしはじめてしばらくして開かれた奈良女子大学でのシンポジウムであらためてお会いし、その日の夜は懇親会でも同席させていただきました。多くのご著書を通して受ける浜田さんの印象は、人によって異なるとは思いますが、実際にお会いしてみると、人懐っこさを強く感じさせるとても柔和な方です。そのシンポジウムに来ていたある親子がいて、かねてから交流があるのであろう小さな娘さんに向けた浜田さんの眼差しが、とても慈愛に満ちたものであったことが印象的でした。きっとお遍路さんがゆく小豆島に生まれ育ったこと、そして学生運動の厳しい渦中に揉まれたこと、供述分析のフィールドで経験を重ねてこられたことなどが、その娘さんへの優しい接し方につながっているのでしょう。

二〇歳近くの年の差がある浜田さんに、世代の違いはどうしようもなくあるとはいえども、同時代人として捉えてもらったことはうれしいことでした。同じ時代の空気を吸いながら往復書簡を交わしたこの数カ月の時間は、私のこれからの研究・教育活動や日常の生活に、かなり決定的な影響を与えていくと予感しています。そして願わくばこの往復書簡が、私よりさらに若い、心理学やその関連の研究者たち―彼ら彼女らもまた同時代人―にも大いに刺激になればと思うのですが、さてどうでしょうか。