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西島千尋 著


『クラシック音楽は、なぜ〈鑑賞〉されるのか』

──近代日本と西洋芸術の受容


四六判280頁

定価:本体2800円+税

発売日 10.11.20

ISBN 978-4-7885-1212-2


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◆「わかるべき」ものとしてのクラシック音楽

多くの人にとってクラシック音楽と言えば、だまって鑑賞しなければならない 苦手なもの、ではないでしょうか。たしかに、演奏会場では静かにきく、とい うのは世界的な常識ですが、よいとされる音楽を静かにきいて「理解する」 〈鑑賞〉は、実は日本独特のもので、外国にはそれに相当する言葉がありませ ん。本書は、なぜ、日本独自の〈鑑賞〉が生まれたのかを、文明開化以来西欧 芸術の受容と普及に努めてきた、その文化社会的な歴史のなかに探求した、ユ ニークな日本文化史です。今日、自在に音楽を体で受け止め、楽しんでいるか に見える若者たちですが、文化に深く埋め込まれた〈鑑賞〉は、音楽を超えて、 広く芸術に対する私たちの態度のなかに今も息づいていることに改めて気づか されます。

「鑑賞教材」の一覧

クラシック音楽は、なぜ〈鑑賞〉されるのか
目次

クラシック音楽は、なぜ〈鑑賞〉されるのか
はじめに

クラシック音楽ためし読み

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◆クラシック音楽は、なぜ〈鑑賞〉されるのか――目次
序 章 日本にだけある〈鑑賞〉という言葉

 I 章 音楽をきくのは専門家
─明治の〈鑑賞〉は批評?

II章 子どももみんな音楽をきこう
─信じられた芸術鑑賞の力

III章 音楽をきいて精神訓練
─クラシック音楽の〈鑑賞〉で身につける日本精神

IV章 音楽を愛そう
─日本国民は将来みんなクラシック音楽鑑賞者

V章 音楽は「ただきく」ものではない
─〈鑑賞〉と「きく」ことの違い

VI章 みんなできこうクラシック音楽
─〈鑑賞〉は日本人の義務

VII章 ポピュラー音楽にかなわないクラシック音楽
─〈鑑賞〉教育の失敗

終章 なぜ日本にだけ〈鑑賞〉という言葉が生まれたのか


装幀=難波園子


クラシック音楽は、なぜ〈鑑賞〉されるのか はじめに

「きく音楽」と「する音楽」

現代に生きる私たちにとって、「音楽をきく」という行為はありふれたことだ。携帯電話に音楽をダウンロードしたり、CDの曲をパソコンで取り込んで持ち歩いたりと、「音楽をきく」ことが日常生活の一部になっている。だが、かつては、音楽を音楽として「きく」ことはなかった。音楽は踊りのため、労働のため、儀式のため、社交のためのものであり、ただ「きく」ために存在していたものではなかったからである。

「音楽」が「きく」対象として意識されたのは、19世紀中頃のドイツにおいてであった。渡辺裕は著書において、19世紀のドイツで意図的に「音楽をきく」ことが啓蒙されるようになった過程を描き出している。彼によれば、現代のクラシック音楽のコンサートにみられるような、ダンスや食事を抜きにしての「音楽」への集中は、ドイツ・ロマン主義やゲルマン民族のナショナリズム運動を背景として成立した。「聴衆の誕生」[1]は、ダンスや食事や社交がなくても、音楽が精神を傾けるに価するものだということを示してみせることで、音楽を「芸術」へと押し上げようとする動きによるものだったのだ。

R・バルトは「二つの音楽がある(少なくとも、私はいつもそう考えてきた)。聴く音楽と自分で演奏する音楽とである」と述べている[2]。だが、音楽は、このような二分で捉え切ることができるのだろうか。たとえば近年、よさこいソーランや和太鼓がブームだと言われている。筆者はあるプロジェクト[3]のメンバーとして石川県内の太鼓の調査に携わるなかで、いくつかの太鼓関連のイベントに参加したことがある。そこでは、ただきいているだけの人などいなかった。太鼓を打つ以外の人も、拍手や歓声を送ったり、(サッカーのサポーターを想起させるような)一定の掛け声をかけたりする。その場に集う人々が皆、太鼓の音や、太鼓のリズムに身を投じて参加していたのである。そこにある音楽は「聴く音楽」でも「演奏する音楽」でもなく、「参加する音楽」であるとしか表現のしようがないものだった。そこには、音楽が「聴く」ことに限られたものでは決してなく、「参加する」ものだということを改めて感じさせる力があったのである。だがこのようなイベントを持ち出すまでもなく、いわゆる「ポピュラー音楽」と呼ばれる分野に目を向ければディスコやフォークやロック(これは今でも盛んである)のフェスティバル、またフォークロアに目を向けるなら村や町の祭礼など、「参加する音楽」は常に人々の身近にあった。

バルトにとって音楽が「きく」「する」という二者択一の、別々の行為として捉えられているのは、その音楽が、聴衆を前にして演奏されるスタイルが主流となった時代のクラシック音楽を指しているからであろう(バルトがこのすぐ後に、シューマンについて言及していることからもわかる)。

1990年代、日本では西洋中心主義が盛んに批判された。音楽の分野では、クラシック音楽が政策や教育の中心に据えられたことへの批判が相次いだ。今ではクラシック音楽だけではなく、日本や非西欧諸国の伝統音楽も価値があるとされている。このような考え方は文化相対主義と言われるが、西洋中心主義から文化相対主義への変化は、芸術としての音楽から文化・伝統としての音楽への変化というだけでは捉え切ることができない。この変化には、音楽とのかかわり方の変化 ─「きく音楽」から「参加する音楽」への変化 ─ という、重要な側面があると考えられるからである。

西洋中心主義のもとで正しいとされた音楽とのかかわり方の前提は、音楽を「きく音楽」として捉えることであった。演奏の途中で歓声をあげたり拍手をしたりすることはタブーであり、黙々と音楽に集中しなければならないのである。

「音楽をきく」のは難しい

もっとも、「きく」といった受容の行為も、特に近年の音楽美学の領域では[4]、「創造的な行為」とされている。「きく」ことを通して、人は自らの中にその音楽を再現しているというのである。確かに、たとえばピアニストが他の人のピアノの演奏をきくとき、指が動くという。自らの指で再現しているかのようにきいているに違いない。だが、全くピアノを弾いたことのない人は、どのようにして再現しうるのだろうか。

G・ライルは、子どもが「ガラガラや子猫がどのような場合に音をたて、どのような場合には音をたてないか」などの事柄を「実験的な方法で観察」し習得していくのに対し、「旋律を習得すること」は、「それ自体は音と見えとの共同作業をさほど含んではいず、またそこには実験をする余地もさほど残されてはいない」ゆえに、「静観的な仕事」であると述べている[5]。また、W-J・オングは著書『声の文化と文字の文化』において、「声の文化」における記憶が「たぶんに身体的な動作をともなっている」ことを指摘したが[6]、当然、楽譜という強力な「文字の文化」を持つクラシック音楽では、演奏する場合も楽譜を中心とした記憶に頼っている。きく場合も、身体的な動作による記憶に頼ることはほとんどない。ライルやオングの指摘は、「身体」との共同作業を伴わない音や音楽を「きく」という行為が、それを演奏したことのない者/その演奏・動作の経験のない者にとっては抽象的で難しい行為であるということを示唆している。しかし、クラシック音楽は世界各地で正統性を得、クラシック音楽の「きき方」が「正しいきき方」とされ、日本では義務教育によって「きく」ことが教えられるようになった。

近年のよさこいソーランや和太鼓のブームなど、身体を投じて楽しむ音楽的なパフォーマンスの人気は、主として学校でクラシック音楽を正当な音楽としてきた「押し付け」への反動であると同時に、ただ黙って「きく」という音楽とのかかわり方を「押し付け」られたことへの反動でもあるのではないだろうか。教育におけるクラシック音楽の導入は、音楽とのかかわり方を画一的に形式化する力があったと考えられるのである。本書では、その影響力が、どのようにして日本国民一人ひとりに及んでいったのかということを追っていくが、そのために着目したのが、〈鑑賞〉という言葉・概念である。

〈鑑賞〉からみる日本の芸術受容

日本では、芸術とかかわる(みる、よむ、きく)ことを〈鑑賞〉と言う。だが、実は〈鑑賞〉に相当する言葉は、英語にも他の言語にもない。しかも〈鑑賞〉は、もともと日本にあった言葉ではなかった。多くの国語辞典が〈鑑賞〉の対象を「芸術」に限定していることからも明らかなように、少なくとも芸術概念が日本に取り入れられてから、つまり明治以降に使用され始めた言葉である。

しかも、〈鑑賞〉が指し示す意味は、年々変化し続けてきたし、この変化は現在も続いている。近年では、自然(たとえば桜や紫陽花)などにも〈鑑賞〉という言葉が使用されるようになった。この変化の過程は、近代国家日本がいかに芸術とかかわるべきかの模索の経緯を表していると言えるが、興味深いのは、それ自体は他国からの「輸入」である芸術に対して、他国にはない〈鑑賞〉という言葉が使用されるようになったことであろう。序章で詳しく述べるが、端的に言うと〈鑑賞〉は「芸術を理解し味わう」行為であり、芸術を肯定することを前提としているという点が独特である。つまり、〈鑑賞〉には、「批評」のように良し悪しの判断や価値づけを含めた、批判的なみ方・よみ方・きき方が想定されていないのである。 指揮者の故岩城宏之は、ある対談[7]でこう述べている。

ヨーロッパやアメリカへ行って、タクシーの中で「僕は日本でいわゆるクラシックの分野の音楽をやっているんだが、あんたはああいうものをどう考えるか」なんていうと、運転手が「おれはああいうのは嫌いだ」とはっきり誇りを持っていいますね。わからない、なんていい方はしない。日本では本当は嫌いと思っても、「いやわかりません」みたいないい方をするようにこどものときから習慣づけられている。日本人でも本当に嫌うことができるはずなのにね。

日本人はどのようにしてクラシック音楽を「わからない」と答えるような感覚を身につけてきたのだろうか。「わからない」と答える前提には、「わかる」べきだという意識があるはずだ。日本では100年あまりの間に、芸術が輸入され、クラシック音楽が「きく」べきものとなり、さらには「わかる」べきものだと考えられるようになっているのである。本書が目指すのは、〈鑑賞〉という概念の変遷を通して、音楽が「きく」べきものとなり、また「わかる」べきものとなったプロセスを知ることである。

なお、本文中で言及する「鑑賞教材」の一覧は、新曜社のウェブサイトで閲覧可能である。併せて参照いただきたい。

「鑑賞教材」の一覧