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原田 武 著


『共感覚の世界観』

──交流する感覚の冒険


四六判240頁

定価:本体2400円+税

発売日 10.10.15

ISBN 978-4-7885-1208-5







◆文学、幻覚、宗教にみる響きあう感覚の世界◆

つぶやく色彩、きらめく音響。文学作品には異なる感覚が入り混じり、協働す る共感覚表現が多彩に見られます。実際の共感覚者なのか、レトリックかはと もあれ、作家は情感、欲望までも含めて感覚体験をまるごと正確に捉える言葉 を求めて、即物的な五感の拘束から自らを解き放つのです。共感覚は脳科学や 心理学の視点から見ても面白い現象ですが、本書は、芭蕉、宮沢賢治、ボード レール、ランボオなど内外の文学作品、また幻覚者や宗教の世界に分け入り、 万物が照応するアニミズムにも通じる豊かな共感覚の世界を読者と共に逍遙す る、読書の愉悦に満ちた一書です。著者は大阪外語大学名誉教授。

共感覚の世界観 目次

共感覚の世界観 あとがき

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◆共感覚の世界観――目次
序 章 共感覚の問題性
響きあう感覚 /共感覚表現が目指すもの /現実原則を超えて 
感覚越境の自在な広がり /本書の抱負と「共感覚」概念の画定 
第1章 知覚かレトリックか 
共感覚者と非・共感覚者 /特殊にして普遍的 /歴史的な経緯 
発達段階から /幼児体験として /共感覚表現の方向性 
共感覚体験の共有 /日常生活にある感覚転移 
第2章 聴くことの多様な広がり 
音から色へ、色から音へ /音と色を結ぶもの /音声の身体性 
癒しの音楽、忌むべき音楽 /リズムについて /遠感覚と近感覚 
味覚、嗅覚および音楽 /音のない音楽 /音楽、茫漠として堅固 
第3章 夢想と幻覚 
幻想としての共感覚 /共感覚と夢 /回想という共感覚世界 
精神病理として /尾崎翠の世界 /「精神障害者」(?)たち 
共感覚と記憶の能力 /幻覚剤の働き /薬物に魅せられた人たち 
幻覚剤に何を求めるのか 
第4章 宗教からみた共感覚 
聖堂、共感覚空間として /石、堅固にして柔軟 
鐘、聖化された音 /香、言葉なき浸透 
「神秘」としての共感覚 /アナロジー思考の宗教性 
オリヴィエ・メシアンについて /「青」のシンボリズム 
第5章 「万物照応」という思想 
「深く、また暗黒な統一の中で」 /二つの「黄金詩篇」 
「万物照応」と共感覚 /スウェーデンボリ、「天界」と人間 
シャルル・フーリエ、「調和」と「統一」 
ブラヴァツキー夫人、シュタイナー、宮沢賢治 
照応思想とキリスト教 /アニミズムと輪廻転生 
自然科学の立場から 
第6章 共感覚と社会 
五感の序列、時代の流れにおいて /文化の違いと感覚の働き 
感覚の果てしなき練磨 /「商品」としての共感覚 
「メディアはメッセージである」 /「テレビは触覚的である」 
マクルーハンと共感覚 /共感覚、時代と社会を超えて 
共感覚にある原始的なもの 
終 章 なぜ共感覚なのか 
子どもと共感覚 /「創造」の力として 
再びアニミズムについて /共感覚の世界 


あとがき

主な参考文献


装幀 難波園子





共感覚の世界観 あとがき


 

共感覚にとりわけ興味を持つようになったのは、前著『プルースト感覚の織りなす世界』でこの主題にかなりのスペースを割いてからである。それ以来、共感覚にまつわるくさぐさの問題を、プルーストから離れて広い視野で考えてみたい気持ちが、自分のなかでしだいに大きくなるのを覚えた。
 調べを進めるにつれ、万物照応とかアニミズムとか、感覚現象でありながらこのテーマには宗教にかかわる部分が少なくないのにとりわけ心を打たれた。『異端カタリ派と転生』のころから、素人なりに宗教の持つ意味をずっと気にかけていた私にとって、これは共感覚への関心がひときわ高まる動機となった。
 ひとわたり仕事が終わったいま、原稿を読み返して、宗教の領域にやや手を広げすぎたのではないかとの反省も心に兆す。しかし数々の不備は覆いがたいとしても、私としては最小限、共感覚とは一個の「世界観」であるとの前提には固執せずにいられない。ほんらい言語自体が世界への見方を体現するものだとしても、その度合は共感覚表現において抜きん出て大きいと言ってよい。ボードレールのように、言葉を遣うこと自体がすでに創造主の塁を摩する行為だと考える人だっている。共感覚的な感性には、世界のありようについて思いを巡らすきっかけが、多少であれ伏在していると思えてならないのだ。
 この仕事を進める途中で、京都・青山社から出ている季刊誌『流域』の六四、六五号に、それぞれ「知覚かレトリックか」と「聴くことの多様な広がり」を掲載してもらった。これらの内容は、大幅な加筆を行なったうえで、ほぼ本書の序章から第2章の骨組みとなった。
 また、畏友中堀浩和氏には、ボードレールについてご教示にあずかった。その一詩句の出典をお尋ねしたところ、直ちに的確なご返答に接したのには、本格的なボードレリアンの凄さをみる思いであった。
 本書で用いた文学作品からの共感覚表現の実例は、大部分が私自身の収集による。だが、そのいくつかについては次の二冊の恩恵を受けた。ここに記して、編者の方々に感謝の意を表する。

  <中村明編『感覚表現辞典』東京堂出版、一九九五
  榛谷泰明編『レトリカ・比喩表現事典』白水社、一九八八

 興味を持たれる読者のために巻末で、研究書のほか、本書で参照した外国文学の作品で邦訳のあるもののリストを掲げた。ただし、私としては可能な範囲で原文に当たって自分なりの解釈に立った。本書で引用した箇所の訳文が、すべてこれらの訳書どおりだとは限らない。
 最後になったが、新曜社の社長塩浦暲氏は、本書の出版を快く引き受けてくださったばかりか、刊行にいたるまで万事において入念なご配慮をたまわった。サブタイトル「交流する感覚の冒険」も氏の着想による。どんなタイトルを続けるか、考えあぐねていた筆者にとって、これは思わぬ妙案であった。
 細心の注意をもって原稿の点検に尽力された編集部の堀江利香氏ともども、心からの謝意を述べさせていただく。

二〇一〇年八月 原田 武