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松村暢隆・石川裕之・佐野亮子・小倉正義 編

ワードマップ 認知的個性
──違いが活きる学びと支援


四六判324頁

定価:本体2700円+税

発売日 10.04.20

ISBN 978-4-7885-1199-6

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◆誰もがもっている認知的個性という才能!◆

これまで日本の教育では、才能教育と、発達障害や学習障害支援とがまったく 別の実践として捉えられてきました。しかし才能も発達障害も、個人のもつ多 様な「認知的個性」として捉え直すと、才能教育・個性化教育を含む通常教育、 発達障害に関わる特別支援教育・精神医学等、いままで個別に処遇されてきた ことがらが見事につながり、それぞれの研究と教育的実践の関連がはっきりと 見えてきました。本書が提唱する「認知的個性」という概念は、必ずや教育界 に新風を巻き起こすでしょう。代表編者松村は関西大学教授。


ワードマップ 認知的個性 目次

ワードマップ 認知的個性 序

ためし読み
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目次
まえがき ― 概念の捉え直しが教育実践を変える

 1 才能教育で活きる認知的個性
1‐1 認知発達と認知的個性 多様な発達の道筋をたどる
1‐2 才能と才能教育 才能の概念を拡げる
1‐3 才能の認定と評価 認知的個性を見つける手段・方法
1‐4 才能児の特性 才能児の多様な特性に応じた個性化教育をめざす
1‐5 多重知能(MI)の理論 知能を多様なものと考える
1‐6 知能の三部理論 IQを超えて
1‐7 創造性 創造性の凸凹を個性として捉える
1‐8 教科の優れた能力/高学力 教科の学力をどう把握し育てるのか
1‐9 美術・音楽の優れた能力 美術・音楽の能力を知能と捉えて伸長する
1‐10 思考スタイル 知能を活かすもの
1‐11 2E教育 発達障害の子どもの才能
1‐12 早修と拡充 才能教育の2つの形態・方法
1‐13 飛び級・飛び入学 「飛ぶ」ことと認知的個性
1‐14 科目ごとの早修大学の単位早期修得プログラム 
1‐15 全校拡充モデル(SEM) すべての子どもの認知的個性を活かす学習 
1‐16 MI実践多重知能を学習に活かす 
1‐17 学校での集団編制認知的個性の多様性を活かす集団編制のあり方 
1‐18 学習集団内の相互作用@相互作用の形式に注目する 
1‐19 学習集団内の相互作用A子どもの能力差と社会的関係に注目する 
 
 2 個性化教育で活きる認知的個性
2‐1 個別指導システムづくり  子ども一人ひとりに焦点を合わせる 
2‐2 ATI(適性処遇交互作用) 何が良い教え方かは、学習者によって異なる 
2‐3 パーソナライズド・ラーニング(PL)多様な優秀さを認め結果の平等を図る 
2‐4 批判的教育学 認知的個性のポリティクスへ 
2‐5 SBCDと個性化教育 個に応じることと、応じようとする個を捉えること 
2‐6 多文化共生の学校づくり 外国人児童の個性が生きる学校行事の創造 
2‐7 一人ひとりへの指導支援 学級で「気になる子ども」を活かす指導 
2‐8 ポートフォリオ評価 本物の評価 
2‐9 カリキュラムづくり 教える側の論理から認知的個性を活かす視点へ 
2‐10 時間割編成 子ども・学校の実態に応じた日課表の工夫 
2‐11 はげみ学習 一人学びで見えてくる個性を捉える 
2‐12 2教科同時進行単元内自由進度学習 無理なく個性に応じる
2‐13 自由研究学習 新たな子どもの姿を発見する 
2‐14 オープンスペース 学ぶ姿は子どもの数だけ存在する
2‐15 学習環境づくり ランニング・スペースからラーニング・スペースへ 
 
 3 発達障害児/者の支援で活きる認知的個性
3‐1 発達障害と認知的個性 才能の峰と谷 
3‐2 広汎性発達障害(PDD) その認知的個性と支援プログラム 
3‐3 注意欠陥/多動性障害(ADHD) 気まぐれな才能を活かすために 
3‐4 学習障害(LD)学習の基礎的技能に必要な認知能力 
3‐5 新版K式発達検査 幼児期の支援に活かす 
3‐6 WISC、田中ビネー知能検査 検査結果と行動観察に表れる認知的個性 
3‐7 K-ABC、DN-CAS 認知処理様式の検査と応用 
3‐8 視知覚機能検査 いかにみえているかのアセスメント 
3‐9 検査結果の本人への伝達 子どもが主体的に検査にかかわれるよう支える 
3‐10 認知特性に応じた2E教育の教育方法長所活用型指導と才能伸長 
3‐11 高次脳機能 認知機能に応じた学習支援 
3‐12 感情コントロール 発達障害児/者の感情理解の特性と支援 
3‐13 プレイセラピー 認知的個性を探る、活かすかかわり方 
3‐14 ペアレント・トレーニング 親子の悪循環からの脱出 
3‐15 ソーシャル・スキル・トレーニング(SST)
行動から認知、情動まで、対人関係のスキルを学ぶ 
3‐16 構造化による指導法 TEACCHプログラムによる支援 
3‐17 特別支援教育 認知的個性を捉えて伸ばす 
 
あとがき ― 才能教育と個性化教育、特別支援教育の密接な関係について 
事項索引-2
人名索引-1
 
 
装幀=加藤光太郎



●まえがき

 

■認知的個性の概念

 人間は生まれたときから、多様な性格、パーソナリティをもっている。従来の心理学では、パーソナリティについてはいくつかの類型(パターン)、あるいはさまざまな特性の束として概念化され、多彩な個性、すなわち個人差が説明されてきた。  いっぽう認知的な特徴については、パーソナリティとは違って、誰もが同じような成長過程をたどり、最終的には同じような姿を示すはずだという奇妙なイメージを、心理学は真面目に提唱してきたように思われる。ピアジェをはじめとする認知発達理論によれば、人は同一の発達段階をたどり、ある発達段階に達すると誰もが同じような認知構造をもつようになるとされる。

 

だが、認知発達もまた多様で個性的であることは、教育・学習の場面で個人差として表れるさまざまな行動や認知の特徴を見れば明らかであろう。近年このような認知の個人差に対して、さまざまな観点からの類型化や諸特性の程度の組み合せとして概念化する試みが盛んになってきた。認知・学習スタイル、認知処理様式といった概念である。そういう概念化が綿密に行われることによって、人間の認知構造、頭の働きが多様であり、到達する姿もまた多様だということが、理論的にも明らかになってきた。

 

こういったさまざまな認知的な能力やスタイルなどの個人差を、本書では、ばらばらな観点で捉えるのではなく、認知的個性(cognitive individuality CI)という包括的な概念で捉え直す。認知的個性は、人が素質としてもっている多様な局面の一部が、学習のあり方に応じて、姿を変えて表れた認知の特質である。すなわち生得的なものが環境にかかわらず表れるものではなく、教育など環境の働きかけに応じて、学習の場で物や人との相互作用のなかで、個人差のタイプとして多様に表れたものである。

 

■認知的個性を教育実践に活かす

 

日本の教育は、画一的だとよく言われる。全体として、たとえばアメリカの教育と比べると、そういう面があるのは否めない。しかし、個々の教員の教育実践から見れば、ある子どもが教科学習のどこかでつまずいていたら、「やり方、考え方を変えてみたらどうか」と個別の指導をするし、障害をもつ子どもには、その障害特性に応じて指導を個別化するノウハウが蓄えられている。

 

そういう個別の指導が教育実践として有効なとき、理論的な観点から捉え直してみると、「この方法はこの認知的個性を処遇しているのだ」と改めて気づくことがあり、そう認識しながら実践することによって、さらに実践を洗練していくことができる。

 

ところが「個に応じる」教育が大事だと言われるいっぽうで、教育現場の指導ではどうしても決まった1つの方法、内容に流れていく傾向がある。学習者の個人特性を認識して処遇するはずが、効率や指導者側の都合が優先されてしまうのである。そして、単一の達成基準に到達することが求められる。総合学習にしても、班学習にしても、マニュアル(既存の実践例)に頼った、少ないバリエーションになってしまう。

 

個人の特性に応じて学習を個性化させ、異なる学習成果をめざすという面では、まだまだ日本の教育は立ち後れていると言えよう。「創造性を伸ばす」と謳いながら、児童生徒を個性に応じて別々の発達・学習の道筋に向けていくという方向づけはほとんどなされていない。

 

教育実践において、何を達成するかも重要であるが、本当に学習者の特性、学習のニーズに応じた、指導の個別化、学習の個性化の実践を少しでも推し進めていくには、児童生徒一人ひとりの認知的個性をどう活かしていくのかという観点に立つことが求められる。

 

■障害と才能観の捉え直し

 

認知発達の姿を単一なものと考え、学習をその到達基準・標準から見ると、「正常範囲」に入る多数の子どもたちと、そこからはみ出る少数者ができてしまう。たとえばIQという単一基準で子どもたちを並べて、IQ70未満は「知的障害」といった線引きである。(「IQ130以上は才能児」という線引きも可能だが、日本では教育実践に組み込まれていない。)  

しかし、認知的個性の概念によって、個人のもつ多様な認知的特徴を、発達の標準からの逸脱として捉えるのではなく、個性の表れとして捉え直すなら、障害や才能に対する考え方もまた違ったものになる。

 

新しい特別支援教育で注目されるようになった「発達障害」についても、広汎性発達障害(PDD、自閉症スペクトラム)、注意欠陥/多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)といった異なる障害には、異なる認知的個性が反映されている。けれども、たとえば「書字が苦手」といった一部のスキルの習得が苦手なことをもって、その子は「障害児」だと一括りに見てしまう教育現場、社会の傾向がある。しかしながら、そうではなく、一人の子どものもつ多様な認知的個性を、どの特性が得意でどれが苦手かという観点から捉え直すことができる。

 

認知的個性の観点からすると、認知発達は一様ではなく、領域によって発達の凸凹があり、誰でも比較的得意な面と苦手な面をもつ。発達障害児/者等を支援する特別支援教育、そして個性化教育も、苦手な面を補うだけでなく、得意な面を考慮して伸ばすという両面を考慮すべきである。

 

「才能教育」は日本ではまだ正しく理解されず実践も十分ではないが、決して少数の才能者を見つけて育成するのではなく、誰もが得意な面と苦手な面をもつのであり、一人ひとりの子どものそれをきちんと見分けて、得意な面を伸ばしながら、それを活かして苦手な面を補う、というのがその本当の理念である。その意味で、本書の第1部の才能教育の理念が、第2部の個性化教育と、第3部の発達障害児/者の支援において、認知的個性を活かすことを考えていくための橋渡しとなるのである。

 

本書では、主として教育、医療の場において、多様な認知的個性を見つけて対処するための理論的概念、理念、方法について、多面的に解説されている。第1部の才能教育は、凸凹のある認知的個性の凸の部分に主に対処し、第3部の発達障害児/者の支援は、認知的個性の凹の部分に主に対処する。そして、第2部の個性化教育は、認知的個性の凸凹に対処して、才能と発達障害への支援を統合するのだとも言える。本書はこの3領域を総合的に捉える最初の試みであるが、各領域の知見を照らし合わせることによって、領域間に実は密接な関連があることが認識され、各領域についての誤解のない正しい認識がいっそう深まることが期待される。

二〇一〇年三月     編者を代表して 松村暢隆