|
松村暢隆・石川裕之・佐野亮子・小倉正義 編 ワードマップ 認知的個性
| ||
|
10.04.20 978-4-7885-1199-6
|
46判 324頁 定価2835円 |
◆誰もがもっている認知的個性という才能!◆ これまで日本の教育では、才能教育と、発達障害や学習障害支援とがまったく 別の実践として捉えられてきました。しかし才能も発達障害も、個人のもつ多 様な「認知的個性」として捉え直すと、才能教育・個性化教育を含む通常教育、 発達障害に関わる特別支援教育・精神医学等、いままで個別に処遇されてきた ことがらが見事につながり、それぞれの研究と教育的実践の関連がはっきりと 見えてきました。本書が提唱する「認知的個性」という概念は、必ずや教育界 に新風を巻き起こすでしょう。代表編者松村は関西大学教授。 |
目次 ■認知的個性の概念 人間は生まれたときから、多様な性格、パーソナリティをもっている。従来の心理学では、パーソナリティについてはいくつかの類型(パターン)、あるいはさまざまな特性の束として概念化され、多彩な個性、すなわち個人差が説明されてきた。 いっぽう認知的な特徴については、パーソナリティとは違って、誰もが同じような成長過程をたどり、最終的には同じような姿を示すはずだという奇妙なイメージを、心理学は真面目に提唱してきたように思われる。ピアジェをはじめとする認知発達理論によれば、人は同一の発達段階をたどり、ある発達段階に達すると誰もが同じような認知構造をもつようになるとされる。だが、認知発達もまた多様で個性的であることは、教育・学習の場面で個人差として表れるさまざまな行動や認知の特徴を見れば明らかであろう。近年このような認知の個人差に対して、さまざまな観点からの類型化や諸特性の程度の組み合せとして概念化する試みが盛んになってきた。認知・学習スタイル、認知処理様式といった概念である。そういう概念化が綿密に行われることによって、人間の認知構造、頭の働きが多様であり、到達する姿もまた多様だということが、理論的にも明らかになってきた。 こういったさまざまな認知的な能力やスタイルなどの個人差を、本書では、ばらばらな観点で捉えるのではなく、認知的個性(cognitive individuality CI)という包括的な概念で捉え直す。認知的個性は、人が素質としてもっている多様な局面の一部が、学習のあり方に応じて、姿を変えて表れた認知の特質である。すなわち生得的なものが環境にかかわらず表れるものではなく、教育など環境の働きかけに応じて、学習の場で物や人との相互作用のなかで、個人差のタイプとして多様に表れたものである。 ■認知的個性を教育実践に活かす 日本の教育は、画一的だとよく言われる。全体として、たとえばアメリカの教育と比べると、そういう面があるのは否めない。しかし、個々の教員の教育実践から見れば、ある子どもが教科学習のどこかでつまずいていたら、「やり方、考え方を変えてみたらどうか」と個別の指導をするし、障害をもつ子どもには、その障害特性に応じて指導を個別化するノウハウが蓄えられている。 そういう個別の指導が教育実践として有効なとき、理論的な観点から捉え直してみると、「この方法はこの認知的個性を処遇しているのだ」と改めて気づくことがあり、そう認識しながら実践することによって、さらに実践を洗練していくことができる。 ところが「個に応じる」教育が大事だと言われるいっぽうで、教育現場の指導ではどうしても決まった1つの方法、内容に流れていく傾向がある。学習者の個人特性を認識して処遇するはずが、効率や指導者側の都合が優先されてしまうのである。そして、単一の達成基準に到達することが求められる。総合学習にしても、班学習にしても、マニュアル(既存の実践例)に頼った、少ないバリエーションになってしまう。 個人の特性に応じて学習を個性化させ、異なる学習成果をめざすという面では、まだまだ日本の教育は立ち後れていると言えよう。「創造性を伸ばす」と謳いながら、児童生徒を個性に応じて別々の発達・学習の道筋に向けていくという方向づけはほとんどなされていない。 教育実践において、何を達成するかも重要であるが、本当に学習者の特性、学習のニーズに応じた、指導の個別化、学習の個性化の実践を少しでも推し進めていくには、児童生徒一人ひとりの認知的個性をどう活かしていくのかという観点に立つことが求められる。 ■障害と才能観の捉え直し 認知発達の姿を単一なものと考え、学習をその到達基準・標準から見ると、「正常範囲」に入る多数の子どもたちと、そこからはみ出る少数者ができてしまう。たとえばIQという単一基準で子どもたちを並べて、IQ70未満は「知的障害」といった線引きである。(「IQ130以上は才能児」という線引きも可能だが、日本では教育実践に組み込まれていない。) しかし、認知的個性の概念によって、個人のもつ多様な認知的特徴を、発達の標準からの逸脱として捉えるのではなく、個性の表れとして捉え直すなら、障害や才能に対する考え方もまた違ったものになる。 新しい特別支援教育で注目されるようになった「発達障害」についても、広汎性発達障害(PDD、自閉症スペクトラム)、注意欠陥/多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)といった異なる障害には、異なる認知的個性が反映されている。けれども、たとえば「書字が苦手」といった一部のスキルの習得が苦手なことをもって、その子は「障害児」だと一括りに見てしまう教育現場、社会の傾向がある。しかしながら、そうではなく、一人の子どものもつ多様な認知的個性を、どの特性が得意でどれが苦手かという観点から捉え直すことができる。 認知的個性の観点からすると、認知発達は一様ではなく、領域によって発達の凸凹があり、誰でも比較的得意な面と苦手な面をもつ。発達障害児/者等を支援する特別支援教育、そして個性化教育も、苦手な面を補うだけでなく、得意な面を考慮して伸ばすという両面を考慮すべきである。 「才能教育」は日本ではまだ正しく理解されず実践も十分ではないが、決して少数の才能者を見つけて育成するのではなく、誰もが得意な面と苦手な面をもつのであり、一人ひとりの子どものそれをきちんと見分けて、得意な面を伸ばしながら、それを活かして苦手な面を補う、というのがその本当の理念である。その意味で、本書の第1部の才能教育の理念が、第2部の個性化教育と、第3部の発達障害児/者の支援において、認知的個性を活かすことを考えていくための橋渡しとなるのである。 本書では、主として教育、医療の場において、多様な認知的個性を見つけて対処するための理論的概念、理念、方法について、多面的に解説されている。第1部の才能教育は、凸凹のある認知的個性の凸の部分に主に対処し、第3部の発達障害児/者の支援は、認知的個性の凹の部分に主に対処する。そして、第2部の個性化教育は、認知的個性の凸凹に対処して、才能と発達障害への支援を統合するのだとも言える。本書はこの3領域を総合的に捉える最初の試みであるが、各領域の知見を照らし合わせることによって、領域間に実は密接な関連があることが認識され、各領域についての誤解のない正しい認識がいっそう深まることが期待される。 二〇一〇年三月 編者を代表して 松村暢隆
| ||