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内田伸子・見上まり子 著

虐待をこえて、生きる
――――負の連鎖を絶ち切る力


四六判260頁

定価:本体1900円+税

発売日 10.04.15

ISBN 978-4-7885-1198-9

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◆自分を生き直すために◆

毎日のように、親による子の虐待が報じられています。しかし世間に知られる 虐待は氷山の一角にすぎません。家庭という密室で、力のしつけや心理的虐待 を受けている子どもが増えています。虐待は、子どもの心とからだに埋め込ま れ、負の記憶となって、次代の子供の虐待に繋がることが少なくありません。 本書は、ひどい虐待にあった子どもたちも支援を得て立ち直ることができるこ とをはっきりと示す心理学者の報告と、虐待を受けたために人生に自信を持て ず、わが子にひどくあたってしまった母親の自己回復の手記です。負の連鎖を 断ち切る力とは何かについて、深く教えてくれる一冊です。第一著者の内田氏 は、お茶の水女子大学教授。

虐待をこえて、生きる 目次

虐待をこえて、生きる はじめに

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◆虐待をこえて、生きる――目次
虐待をこえて、生きる・目次
まえがき

第1章 負の連鎖増え続ける虐待、傷つく子どもたち  
     1 孤立する家族の中にいる子ども
     2 虐待発生の背景因は何か
     3 虐待のもとでの発達遅滞                

第2章 FとMの物語育児放棄からの再生の鍵「愛着」  
     1 養育放棄されたきょうだい               
     2 愛着再生への鍵                  
     3 人間発達の可塑性子どもの自生的成長へのガード   

第3章 ことばの力書くこと・考えること・発見すること  
     1 読み書きを獲得すると認識のしかたは変わるか      
     2 「話す」から「書く」へ
           シンボル体系が変わるということ      
     3 書くことによる新しいものの発見            

第4章 物語負の連鎖を断ち切る装置  
     1 自分史の意味                     
     2 書くこと・生きること                 
     3 それでも、人生に「イエス」と言う           

第5章 れんげ草の庭一つの人生で人は生き直すことができる  
     1 お母さん失格                     
     2 出会い                        
     3 カウンセリング                    
     4 マユミちゃんとブラウスのボタン            
     5 死にたかった高校生                  
     6 虐待されてたんだ                   
     7 いいお母さんになりたくて               
     8 友里恵さん                      
     9 父のこと                       
      再会                         
      ちいちゃん、ごめんな                 
      母との対決                      
      しのぶ君のこと                    
      れんげ草と桃太郎                   
      母を許すということ                  
      エピローグ                      

あとがき  
注     (1)

装幀=霜田りえこ

◆虐待をこえて、生きる――はじめに
 

はじめに

 現代社会は、子育て環境が非常に悪くなっています。親が子育てに孤軍奮闘している姿があっても、子育ては親の責任とばかり、社会の人々の目は冷たくなっています。そもそも、かつてあった子育て中の親を支えるコミュニティ(生活共同体)が崩壊し、社会全体の育児機能が低下しています。児童虐待の事件も毎日のように報道されています。児童相談所が介入した重大な事例ばかりの「虐待処理件数」は、統計をとりはじめた一九九〇年から十年間は一千件〜数千件台でしたが、二〇〇〇年代になって急増し、二〇〇八年には四万二六六二件にものぼっています。虐待処理件数は、毎年、最多更新を続けているのです。

 家庭への児童相談所の介入といういわば、大人の側からの統計量から、まず、虐待の被害を受けた子どもはどうなってしまうのかが気になります。また虐待する親はどういう人なのか、虐待家族を生み出してしまう私たちの社会の問題が見えてきます。この状況を何とかしなくてはいけないという思いを抱く方は、大勢おられると思います。

 私は戦後すぐに生まれた世代で、戦後の貧しい暮らしの中で子ども時代を過ごしました。あの恐ろしい戦争を経験した後の現在も、世界ではいっこうに戦争はなくなる気配はなく、戦禍で親やきょうだいをなくし、重い障碍に苦しんでいる子どもたちがいることに深い悲しみや痛みを覚えます。

 戦後の貧しさが夢の彼方になった今、ものはあふれ、お昼のパンにも事欠く暮らしはなくなりました。今は、子どもが少なくなり、子どもにとっては豊かな環境になっているはずなのに、実状は逆で、子どもの育つ環境は、子どもにとって決して幸せなものではないように感じられてなりません。

 「子どものため」を錦の御旗に掲げて、早期教育に子どもを駆り立てる母親、子どもを自分の思い通りに支配しようと、子どもに手をあげると止められなくなってしまう母親や父親たち。こうした状況は、子どもに接する人々の子どもの生理や心理の発達に対する無理解から引き起こされているのではないかと思います。

 しかし、これはひとり親の問題というわけではなく、私たちの暮らし方、私たちを取りまく文化や社会システムの中での暮らし方に存在する問題を反映しているのではないかと思います。大人たちが日々をどう生きているのか、子どもが親になったとき、その生き方やふるまい方を、また、そのふるまい方の背後にある価値観を、そっくり受け継いでしまうでしょう。

 日本は二〇〇〇年代にこれまでにない経済低成長の時代になり、経済格差はますます拡大しています。私たちは、家族、環境問題、教育など、かつてないほどの複雑な問題に直面しています。“学力格差は家庭の経済格差を反映している”“東大生の親が最も経済的に豊かな層である”などの言説がマスコミで取り上げられています。実際、お茶の水女子大学副学長の耳塚寛明先生をはじめとして、多くの教育社会学者が、学力と家庭の経済力の間に強い関連性があるという知見を報告しています。

 学力低下も進行しており、学校の学習についていけるのは「七五三」、すなわち、小学校で七割、中学校で五割、高校では三割にも落ち込んでいるとすら言われています。では幼児期にはどうなのかが気になります。もしかすると、幼児期から学力格差が準備されているのではないかという疑問がわきます。

 「学力基盤力としての読み書き能力や語彙力の習得は、幼児期から経済格差の影響を受けているのか?」「どうしたら子どもの語彙力(学力基盤力)が育つのか?」このような問題意識から、私たちは、一昨年から、日本、韓国、中国、ベトナム、モンゴルでの国際比較プロジェクトに着手しました。各国の大都市の三歳児、四歳児、五歳児あわせて約三〇〇〇名の幼児とその保護者、担任の保育者を対象にした、臨床面接調査とアンケート調査を組み合わせた大規模プロジェクトです。

 幼児期調査の結果は次の通りです。第一に、幼児期には経済格差や早期教育への投資額よりも、しつけスタイルや保育形態が子どもの語彙力の育ちを左右することが判明しました。この結果は、早期教育熱の高い韓国や中国でも同様でした。家庭の経済にかかわりなく、大人が子どもと対等な関係の中で、子どもとの触れ合いを重視し、楽しい体験を共有する「共有型しつけ」スタイルをとる家庭、子どもの自発性や興味・関心を大事にする「子ども中心の保育」のもとで、子どもの語彙力が豊かになるということが統計的に明らかにされました。低所得層でも子どもと対等な関係で楽しい体験を共有し、子どもとのふれ合いを大切にする家庭では、学力基盤力としての子どもの語彙が豊かになるのです。子どものしつけスタイルは制御可能です。親の子への関わり方次第で親の低所得→子の低学力→子の低所得→孫の低学力→……という負の連鎖を断ち切ることが可能だという結果に、これなら希望がもてる、と私は安堵いたしました。

 「共有型しつけ」とは対極の「強制型しつけ」親が子どもにトップダウンに禁止や命令をくだし、思い通りにならないときには、口汚くののしり、罰を与え、力のしつけを多用するを受けている子どもの語彙力は、有意に低いという結果が明らかになりました。

 第二に、しつけスタイルと子どもの社会性の発達にも関連があることが明らかになりました。「共有型しつけ」と子どもの「向社会性」落ち着きがあり、集中して一つの活動に取り組むことができ、友だちとも仲良く遊べるとは、正の関連がありました。一方、「強制型しつけ」は子どもの問題傾向多動で落ち着きがなく、攻撃性や衝動性が高く、友だちとのいざこざが多いと関連していることが明らかになりました。一時点の調査結果だけではどちらが原因か、因果関係はわかりませんが、おそらく、親のしつけと子どもの社会性の発達とは循環しているのではないかと推測されます。つまり、子どもが落ち着きがなく、いたずらばかりするので親は強く叱ってしまいます。逆に、大人の勝手な思い込みから子どもの芽生えはじめた自我や自発性を抑えてしまうため、子どもの問題行動が増えるのかもしれません。親のしつけと子どもの社会性の発達とが循環しあって、強制型しつけと子どもの問題行動の関連がつくりだされるのかもしれません。

 さらに、強制型しつけをする親の中には、育児不安に陥っている親も多いことがわかりました。子育てを母親一人で背負い込み、育児書を読みあさり、他の子どもと比べて我が子の欠点ばかりが目につき、思い通りに育たないとあせり、力のしつけをしてしまいます。あるいは、子どもを二歳頃から塾通いさせ、子どもに問題行動が出ている場合もありました。そのような強制型しつけはゆきすぎると虐待になり、子どもの心とからだを傷つけることになります。トップダウンのしつけにより、子どもの行動面は一次的に矯正されるように見えますが、子どもは、親にいつ叱られるかと怯え、萎縮してしまうのです。親の心ないことばや力のしつけが大きなストレスとなり、子どもの心とからだを蝕んでいることも明らかになりました。

 強制型しつけの果ては、力のしつけをしてしまうことになります。その子が親になったとき、力のしつけは繰り返されるでしょう。負の連鎖が起こってしまいます。親のからだと心に刻まれた負の記憶、自分が幼い頃親に虐げられた、ひどいことばでののしられ、叩かれて、からだも心も痛かった、親の顔が鬼のように見えた……という記憶が蘇り、自分が親になったとき、子どもに手をあげてしまう、子どもが可愛く思えないので世話をしない、腹立ちまぎれに心ない一言をぶつけてしまう……などの行動に走ってしまうのです。

 虐待の処理件数は氷山の一角にすぎません。家庭という密室で、児童相談所が介入するようなひどい状況に至らぬまでも、力のしつけや心理的虐待を受けている子どもが増えているのです。児童相談所が介入してくれればまだしも避難できます。密かに進行する虐待のほうが、はるかに深刻であるかもしれません。部外者が立ち入れない、介入できない家庭の中で、密やかに、負の記憶が、子どもの心とからだに埋め込まれていくのです。

 どうしたら、負の連鎖を断ち切ることができるのでしょうか? 負の連鎖を断ち切る方法を探ることは、虐待被害者をこれ以上増やさないために、そして何よりも、虐待する親をつくりださないために、解決すべき課題です。

 私は子どもの発達を専門にしていますから、児童虐待防止策を考える講演を頼まれる機会も多くあります。そのようなときには、人間発達の無限の可能性の素晴らしさをお伝えするため、本書の第2章では、育児放棄されて五歳と六歳のときに救出されたきょうだい、「FとMの物語」をお話ししています。

 今から三七年前、一九七二年十二月に、恩師の藤永保先生(現在はお茶の水女子大学名誉教授)をリーダーとする、FとMへの補償教育のプロジェクトチームが作られました。藤永保先生、斎賀久敬先生(学習院大学名誉教授)、春日喬先生(お茶の水女子大学名誉教授)と内田伸子のチームは、大学院生、FとMが入所した乳児院、児童養護施設の職員、保育園、小中高校の教員たちと協働して、二人の補償教育に取り組みました。担当保育者との愛着の成立を機に、二人は急速に回復し、結末はハッピーエンドで、社会復帰を果たしました。現在は、二人とも愛情豊かな親となり、幸せな家庭を築いています。

 この経験を踏まえ、生物学的な親ではなくとも、子どもの養育の担い手である身近な大人との心の絆愛着の結び直しにより、持ち前の発達の可塑性を起動・発揮し、発達を遂げるのだということを学ばせてもらいました。二人に直接関わっているときには、この二人のことを論文でも著書でも公にすることはありませんでしたが、数年前から、「人間発達の可塑性」の素晴らしさを伝える例として、「FとMの物語」にも触れるようになりました。

 二〇〇九年六月に、お茶の水女子大学の同窓会から講演を依頼されましたので、「子どもは変わる・大人も変わる人間発達の可塑性の不思議」と題して「FとMの物語」に触れ、育児放棄された子どもたちが養育者の愛情豊かな関わりの中で生き直しができるという話をいたしました。聴衆の中に本書の共著者見上まり子さんがおられました。講演の終了後、私がいろいろな方々と話をしているのを遠慮がちに眺めていた女性その方が見上さんでしたが、一人残ってパソコンを片付けている私のところに近寄り、「素晴らしい講演でした。ことばの一つひとつが心に響きました。もしお時間があったら読んでくださいませんか」と、封筒を手渡してくださいました。控えめで穏やかな表情の方でしたが、まなざしに強い意志の力が宿っているという印象を受けました。

 研究室に戻り、いただいた封筒を開けてみると、『れんげ草の庭』という物語が出てきました。読みはじめたら文章に惹き込まれ、一気に読んでしまいました。その物語が訴えているものの重大さに、心を突かれました。

 この物語からは、負の連鎖を断ち切るための、もう一つの鍵概念「ことばの力」が浮かび上がりました。見上さんが物語の形にのせて自分史を語り、綴ることを通して自分の受けた不幸な体験の意味を省察し、「自己意識」を再構築していく過程が、手にとるように見事に描き出されていました。

 自分が幼い頃なぜ虐待を受けたのかを客観的にとらえ、省察することを通して、「自分が悪い子だったから親に叱られたのではない、自分は悪くはなかったのだ」ということに気づいたとき、心とからだの痛みが癒やされていったのです。それだけではなく、物語を綴りながら、自分を大切に思える「自尊感情」が芽生え、自分の人生に「イエス」と言えるようになるのだということが感得され、心から感銘を受けました。そのとき、この物語を私だけで独り占めしてはいけない、一人でも多くの方たちに読んでいただきたいと強く思いました。

 すぐに、受話器を取り上げ、封筒の裏にメモしていただいた番号を見ながら、見上さんに電話をかけました。その後、藤永保先生が理事長を務める日本子育て学会にもお誘いし、いろいろとお話ししているうちに、負の連鎖を断ち切るためのメッセージを伝える本にできないかということになりました。

 そこで、私の最初の単行本を出版してくださった新曜社の社長、塩浦ワさんに連絡し、見上さんの物語を読んでいただきました。塩浦さんは、この物語を“負の連鎖を断ち切る”というテーマの本の中に取り上げ、虐待の発生状況や虐待防止の手だての章とあわせて一つの本にしてはどうかと提案してくださいました。この提案がきっかけとなり、本書を共著で出版することになりました。

 先に紹介した国際比較調査に追われて、なかなか執筆の進まぬ私に、見上さんは、『れんげ草の庭』の執筆過程を振り返りながら、「おわりに」の文章をお送りくださいました。いつもの通り、控えめに、「不都合な点があれば修正します」と添えて送られてきた文章には、見上さんの心の回復の道程が余すところなく語られていました。見上さんの明晰さと文章力は、負の連鎖を断ち切る方法について多くの示唆を与えてくれるものとなり、深い感銘を覚えました。この文章に背中を押され、負の連鎖を断ち切る鍵概念として、「愛着」と「ことばの力」に焦点化して、第1章、第2章、第3章、第4章を書き上げることができました。

 親から不適切な扱いを受けた子どもがどれほど傷ついているか、見上さんの物語の主人公、「まりこ」が教えてくれます。しかし、見上さんはまりこの物語を書くことを通して、ことばの力で親子関係の絆の結び直しをし、子ども時代の不幸な記憶に終止符を打ち、母親との確執を克服することによって自分が主人公の物語を綴る人生の旅へと再出発することができたのです。

 本書を通して、読者の皆さまと、「親の不適切な扱いに苦しむ子どもをなくさなくてはいけない」という思いを共有し、ごいっしょに、児童虐待という「負の世代間連鎖」を断ち切る方途を探って参りましょう。

内田伸子