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クラウス・ブリンクボイマー 著
渡辺一男 訳

出口のない夢
――――アフリカ難民のオデュッセイア


四六判328頁

定価:本体3200円+税

発売日 10.04.16

ISBN 978-4-7885-1194-1

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◆アフリカ難民の真実◆

統合を果たしつつあるヨーロッパに対し、一向に貧困から抜け出せないアフリカ。近年、日本と同様に少子高齢化が進み、安く若い労働力を欲するEU諸国を目指し、アフリカからユートピアを夢みた大量の難民たちが旅立っています。しかし貧しい故郷での絶望から発つ人びとを待つのは、何年もの放浪、追放、投獄そして砂漠や海での死という現実です。著者は、14年前ヨーロッパに辛くも上陸したガーナ人の初めての里帰りに同行し、かつての道程をともに辿り直すことで、故郷脱出の夢と現実を克明に描いていきます。簡潔な文体で難民の生の物語に迫るエゴン・エルヴィン・キッシュ賞受賞のルポルタージュ。

原著名 DER TRAUM VOM LEBEN  Eine afrikanische Odyssee  By Klaus Brinkbaumer
Copyright c S. Fischer Verlag GmbH, Frankfurt am Main, 2006

出口のない夢 目次

出口のない夢 訳者あとがき

◆書評

2010年6月6日、毎日新聞、宮島喬氏評

2010年7月18日、北海道新聞、林克明氏評

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◆出口のない夢――目次
第一章 故 郷(一)
第二章 理 由
第三章 錯 誤
第四章 前 線
第五章 海
第六章 故 郷(二)
謝辞
編集メモ
訳者あとがき
参考文献
索引
装幀―難波園子

◆出口のない夢――訳者あとがき

本書の原題は、『人生の夢―アフリカのオデュッセイア』である。「オデュッセイア」とは、ヨーロッパを目指すアフリカ人の命を賭した旅を指している。ジブラルタル海峡で命を落とす難民の数は毎年二〇〇〇人に上ると推測される。なぜ彼らはそれほど危険な賭けを冒すのか? 「人生の夢」とは、ヨーロッパで働いて金を稼ぎたいというアフリカ人の夢である。しかし、現実には「出口のない夢」である。それにもかかわらず、「経済難民」と呼ばれる彼らはヨーロッパを目指す。

本書の特徴は、アフリカの貧困や難民をテーマとする大部分の書物が理論的あるいは政治的な観点から書かれているのに対して、集団ではなく、個人の運命を追っている点にある。「メディアでしばしばみられる無定形な集団としての難民に具体的な人間の顔を与えた」(『南ドイツ新聞』)と評価される所以である。さらに特筆すべきは、ルポルタージュの陥りがちな陥穽を避けるために再構成という方法が取られていることであろう。これを可能にしたのは、スペイン在住のジョン・アムパンの存在だ。著者に同行してガイド役を務めるジョンは、一四年前に妻子を故郷に残してヨーロッパを目指し、文字どおり生死の境を生き延びて、幸運にもスペインに到達した「経済難民」である。著者の一行はガーナの首都アクラでジョンの家族との一四年ぶりの再会を果たした後、トーゴ、ベナン、ナイジェリア、ニジェール、アルジェリア、モロッコを経てスペイン領セウタにいたる五八〇〇キロの道をたどる。その間にジョン・アムパンの当時の苦難の彷徨が挿入されることによって、「アフリカのオデュッセイア」が再構成される。

従来、多くのアフリカ諸国にみられる後進性は、欧米による植民地化や奴隷貿易などによって略奪・収奪された過去の歴史に起因するという見方がとられてきた。しかし現在では、アフリカ人自身の責任が大きいという見方が定着したように思われる。本書でも、アフリカの稀代の独裁者たちの腐敗ぶりに光が当てられ、今日なお賄賂なしには事態は動かないことも示される。

しかし、「人生の夢」を実現すべく命がけでアフリカ大陸内を移動し、「パラダイス」たるヨーロッパを目指す者たちの道は近年ますます険しくなっている。シェンゲン協定によってヨーロッパ内の移動が自由になる一方で、ヨーロッパ外に対する「要塞化」が進められているからだ。以下では、EUの移民・難民政策の現状について補足し、あわせて日本の課題についても若干ふれたい。

EUの統計機関によれば、二〇〇八年にはEU二七ヵ国でほぼ二四万人の庇護申請があったが、七三%が却下された。出身国籍別では、イラクからの二万九〇〇〇人を筆頭に、ロシア二万一〇〇〇人、ソマリア一万四三〇〇人、セルビア一万三六〇〇人、アフガニスタン一万二六〇〇人と続く(eurostat Data in Fokus 8/2009)。ノルウェーやスイスなどのEU非加盟国を含めたUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の二〇〇八年分の統計では、フランスの四万二五九九人を筆頭に、スウェーデン四万四九〇人、ギリシャ三万三二五二人、イギリス三万五四七人、イタリア三万三二四人、ドイツ二万八〇一八人、ノルウェー二万五〇五人、ベルギー一万七一一五人、スイス一万六六〇六人、オランダ一万三三九九人、オーストリア一万二八四一人と続く。二〇〇五年以降二〇〇八年まで四年間を通してみると、全体の総数に若干の異動はみられるものの、国別にみると、フランスは大幅な減少、スウェーデンは大幅な増加、他の内陸諸国はほぼ横ばいであるのに対して、地中海沿岸諸国(ギリシャ、イタリア、マルタ)の急増ぶりが目立つ。スペインは五〇〇〇人前後で推移しており、ギリシャやイタリアに比べるとはるかに少ない。これは本書で詳しく描写されている難民排除の防御網の存在が大きいと思われる。

現在EU諸国は各国独自に難民審査をおこなっており、その結果、認定されやすい国とされにくい国が存在する。この現状をEUも「宝くじ」のようだと認めている(http://ec.europa.eu/news/justice/091021_en.htm)。各国間での受け入れ率の格差をなくすために、EUはEU加盟国内に統一的な庇護手続きを導入しようとしているが、加盟国の足並みはそろっていない。「南欧諸国は各国に割当制を導入し、EU全加盟国に難民を振り分けることを要求するのに対して、アルプス以北の国々の多くがこれに反発しているから」(http://www.dw-world.de/ 二〇〇九年九月二日付)だ。

庇護申請できる「難民」とは、「宗教的、人種的、あるいは政治的な迫害ゆえに他国に逃れる」か「戦争や内戦のために故郷を追われた」者を指す。したがって、ジョンのような「経済難民」は庇護の対象にはならない。EUは、「合法移民を最適化し、非合法移民や人身売買を撲滅する」という名目で「包括的移民政策」を推進する一環として、AKP(アフリカ・カリブ・パシフィック)諸国との間に「送還協定」を結んでいる。二〇〇九年現在で一六ヵ国を数え、アフリカではアルジェリアとモロッコが含まれている。これと同時並行的に、各国が独自に第三国と締結する送還協定がある(たとえばドイツは二六ヵ国と協定締結済み)。しかも、国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の報告(二〇〇九年九月二一日)に見られるような事例は後を絶たない。それによれば、イタリアは、難民約八〇人を乗せたリビアからのボートを公海上から、所定の検査をせずにリビアへ強制的に帰還させた。この措置は、難民を、 迫害が予想される国や地域に追放したり強制送還したりすることの禁止を定めたノンルフールマン原則に反するものとされる。

このようにEU諸国は経済難民の流入を阻止する一方で、必要な人材の確保については積極的である。「特定の経済分野および地域では、経済的かつ人口統計学的な要請に見合う移民を必要としている」からだ。その根拠となるのは、EUが二〇〇五年に発表した「全人口における労働可能年齢の住民の割合は著しく後退すると思われる。つまり二〇〇四年の六七・二%から二〇五〇年には五六・七%になるであろう。これは五二〇〇万人の減少を意味する」という予測である。現在多くのEU諸国では就業率が低下しているのは事実だが、将来的に労働力人口が減少すれば、EU経済の持続的な発展に重大な脅威をもたらすことになろう。ここから「EUは少子高齢化対策として二〇三〇年までに二〇〇〇万人の移民を必要とする」という議論が生まれる。当面の急務として、「有能な人材」を優先的に受け入れるべく、二〇〇九年五月末に「EU域内共通の労働ビザ」とも言うべき「ブルーカード」を発行する案がEU閣僚理事会で採択された。これは「合法移民に関する政策プラン」の一部で、「高い技能を有する労働者」向けの制度である。他に「季節労働者」、「企業内転勤者」、「報酬を得る研修生」向けの制度が採択される見込みである。

本書で問題になる「経済難民」を「非熟練・単純労働者」として受け入れる案は、本書内でも言及されているように、その必要性を説く声はあるものの、EUレベルでの本格的な議論にはなっていない。もし二〇〇〇万人移民計画が本格的に実施に移されたならば、そこにアフリカからの経済難民は含まれるのか? 「人生の夢」を追い求めてヨーロッパを目指す彼らの「オデュッセイア」はなくなるのか? これはまだ予断を許さない。 

さて、日本にも「一〇〇〇万人移民受け入れ」構想があることはあまり知られていないのではないだろうか。今後五〇年間に一〇〇〇万人の移民を政策的に受け入れ、一億人の人口を維持する「人材育成型の移民国家ニッポン」構想である。この構想の出発点にあるのは、現在一億二七〇〇万余の人口が五〇年後には九〇〇〇万を割り込み、一〇〇年後には四〇〇〇万人台になるという予測である。たとえ「少子化対策」が功を奏したとしても、間に合わないというのである。二〇〇八年六月には、自民党の「日本型移民国家への道プロジェクトチーム」によって「人材開国!日本型移民国家への道」という報告書が当時の福田首相に提出されている(http://blog.livedoor.jp/jipi/archives/51223756.html)。

その一方で、移民受け入れは絶対に容認すべきでないとする「排外主義者」も存在する。また、フランスやドイツにおける移民政策の失敗を挙げて、移民国家に反対する声もある。さらに、日本における移民の「統合」や移民との「共生」を危惧する声も聞かれる。五〇年後あるいは一〇〇年後の日本はどうなるのか? どうあるべきなのか? かつてヨーロッパからは六〇〇〇万人もの移住者が世界に散ってゆき、日本では南米その他への移民政策が取られた(過剰人口の「棄民」ともいわれる)。歴史的に見て、移住はつねに人口問題とリンクしているのである。この観点からすれば、「アフリカのオデュッセイア」も日本と無関係とは言えないであろう。本書の魅力はルポルタージュそのものにあることは言うまでもないが、日本の将来問題を考えるきっかけともなれば望外の幸いである。

最後にこの場を借りて謝辞を述べさせていただきたい。訳者が原著を入手したのは、妻の友人トラウデのお陰である。彼女はアフリカ旅行の土産話とともに原著をプレゼントしてくれた。本書の翻訳出版にあたっては新曜社の渦岡謙一氏のお世話になった。編集段階では橋直樹氏の綿密なお仕事ぶりに多々助けられた。アフリカの固有名のカナ表記に関しては、当地在住のアントニー(ナイジェリア出身)の助力を得た。訳者の質問に快く回答してくださった方々に厚く感謝申し上げる。

  

クレムス(オーストリア)にて 渡辺一男