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日本質的心理学会 編

『質的心理学研究 第9号』  
――特集 質的心理学における時間性・歴史性を問う


B5判220頁

定価:本体2800円+税

発売日 10.3.20

ISBN 978-4-7885-1189-7




◆「手続き」や「方法」を越えて◆

「質的な研究」という用語もすっかり市民権を得た感がありますが、その方法 を学んだからといって、自動的に研究が生まれるわけではありません。解き明 かすべき問題がなければ、手続きや方法それ自体には意味がない、ともいえる でしょう。今号の特集では、「時の中で生成していくもの」をどのようにとら え、記述していくのか、という根源的なテーマに果敢に切り込みます。「原爆 体験者の語り」をとりあげたものなど特集論文3本と、他に一般論文6本を収 録。書評特集は「この本からはじめる質的心理学──テキスト書評特集」。附 録として基本図書100冊を懇切なコメント付きで一挙掲載した保存版です。

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目 次

巻頭言  麻生 武「『手続き』や『方法』を越えて」

目 次

特集:質的心理学における時間性・歴史性を問う (責任編集委員:山本登志哉・麻生武)
■松尾純子
体験を語り始める 
■大西 薫
子どもたちはつらい未来をどう引き受けるのか
―― 小児医療における「頑張れ」という言葉の意味 
■やまだようこ
時間の流れは不可逆的か?
―― ビジュアル・ナラティヴ「人生のイメージ地図」にみる,前進する,循環する,居るイメージ

一般論文
■近藤(有田)恵・家田秀明・近藤富子・本田(井川)千代美
生の質に迫るとは
―― 死に逝く者との対話を通して
■浦田 悠
人生の意味の心理学モデルの構成
―― 人生観への統合的アプローチにむけて
■関根和生
幼児期における発話産出に寄与する身振りの役割
■畑中千紘
語りの「聴き方」からみた聴き手の関与
■桂 直美
教室空間における文化的実践の創成
―― アンサンブルの授業における教師と子どもの音楽の生成
■David R. Olson
Literacy, Literature and Mind(英文)
―― Jerome Bruner and the Narrative Turn in Cognition
(文字通りの意味,文学的意味と心――ジェローム・ブルーナーと認知研究におけるナラティブ・ターン)(日本語解説 小島康次)

BOOK REVIEW
■《書評特集》この本からはじめる質的心理学――テキスト書評特集
特集にあたって(田中共子)

発達心理・教育心理領域から(評:谷口明子)
無藤隆・やまだようこ・南博文・麻生武・サトウタツヤ(編)
『ワードマップ 質的心理学――創造的に活用するコツ』
木下康仁(編著)『分野別実践編 グラウンデッド・セオリー・アプローチ』
柴山真琴(著)『子どもエスノグラフィー入門――技法の基礎から活用まで』

臨床心理領域から(評:野村晴夫)
伊藤哲司・能智正博・田中共子(編著)
『動きながら識る,関わりながら考える――心理学における質的研究の実践』
岩壁茂(著)・下山晴彦(編)『プロセス研究の方法』(臨床心理学研究法2)
桜井厚(著)『インタビューの社会学――ライフストーリーの聞き方』

看護領域から(評:西村ユミ)
I. ホロウェイ・S. ウィーラー(著),野口美和子(監訳)
『ナースのための質的研究入門――研究方法から論文作成まで 第2版』
M. Z. コーエン・D. L. カーン・R. H. スティーブス(著),大久保功子(訳)
『解釈学的現象学による看護研究――インタビュー事例を用いた実践ガイド』
S. ヴォーン・J. S. シューム・J. シナグブ(著),井下理(監訳)
『グループ・インタビューの技法』

社会心理領域から(評:村本由紀子)
箕浦康子(編著)『フィールドワークの技法と実際――マイクロ・エスノグラフィー入門』
高橋順一・渡辺文夫・大渕憲一(編著)『人間科学研究法ハンドブック』
佐藤郁哉(著)『組織と経営について知るための実践フィールドワーク入門』

福祉領域から(評:田垣正晋)
J. W. クレスウェル(著),操華子・森岡崇(訳)
『研究デザイン――質的・量的・そしてミックス法』
N. K. デンジン・Y. S. リンカン(編),平山満義(監訳)
『質的研究ハンドブック1巻――質的研究のパラダイムと眺望』
U. フリック(著),小田博志・山本則子・春日常・宮地尚子(訳)
『質的研究入門――〈人間の科学〉のための方法論』

参考資料:質的研究テキスト一覧

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『質的心理学研究』第9号    巻頭言

   「手続き」や「方法」を越えて


   『質的心理学研究』が学会誌になってから今回で6年目になる。この間「日本質的心理学会」の会員数も大幅に増え,また「質的な研究」に関する書物も巷にあふれるようになり,当初,物珍しかった「質的な研究」という用語も今ではすっかり耳慣れたものになった。「手続き」や「方法」に関する書物も増え,『質的心理学研究』が多くの人たちに手に届きやすいものになっているかのような雰囲気が生まれている。しかし,「手続き」や「方法」を学んだからといって,自動的に研究が生まれるわけではない。解き明かすべき「問題」がなければ,「手続き」や「方法」それ自体にはまったく意味がない。

この点に関して,心理学には苦い記憶がある。「問題」など何でもよい,大切なのは科学的「方法」であり「手続き」である。それがかつての心理学のスタンスだった。心理学は,現実世界から切り離された実験室という「設定空間」に閉じこもり,手持ちの「手続き」と「方法」に合わせて,人為的な疑似問題を論じ合い,それをあたかも科学であるかのように勘違いしていたのである。このことを「心理学の世界は『探索空間』ではなく『設定空間』だ」と表現する研究者もいた。つい四半世紀前のことである。

だが,そのような「設定空間」には,本物の「問題」は存在しない。「問題」を抜きにして「手続き」や「方法」が一人歩きをする事態になれば,質的心理学もまたかつての心理学の過ちを繰り返してしまうことになる。質的心理学が,実験室のドアを打ち破りフィールドに出てきたのは,本物の世界に出会うためである。人々の生きている現実世界の豊穣さにとことん出会い,そこから考えていこうというのが質的心理学のスタンスである。

一番大切なことは,解き明かさなければならないと思うような本物の「問題」を見出すことである。では,どうやってそれを見出すのか。方法は3つしかない。1)自分の選んだある具体的なフィールドに,誰よりも深く潜入することである。2)ある領域にこだわり,その領域のことを誰よりも深く考えることである。書物や論文はその際の資源の一つである。3)他者が見ていないもの見る力を養うことである。これはセンスであり,容易に養いがたい。だが,幸いセンスは若干とはいえ伝染する傾向がある。可能なことは,そのようなセンスをもつ人物や書物に数多く接することである。

質的心理学の世界はまだまだアマチュアが活躍できる学問の黄金時代である。これまでの『質的心理学研究』には,それまで誰も気づかなかった新たに見出された「問題」が数多く掲載されてきた。とはいえ,まだ,誰も見つけていないような「問題」は山のように残っている。ゆめゆめ「手続き」や「方法」を先に考えてはならない。解くべき「問題」を探すのが先である。「探索空間」の自由を,人間世界を探索するスリルを,これからもみなさんとともにたっぷり味わっていけたらと願っている。

編集委員長  麻生 武