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渡邊芳之 著

性格とはなんだったのか
――――心理学と日常概念


四六判226頁

定価:本体2200円+税

発売日 10.03.10

ISBN 978-4-7885-1188-0

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◆性格は変わらない?◆

「私の性格は……」「あいつは性格悪いから……」私たちは、日常的に「性格」 ということばを用いて、自分や他者の行動を理解したり説明したりします。そ して心理学は、性格テストまで作っていて、まさに性格研究の総本山と言える でしょう。しかし意外にも、心理学では、「性格とはなにか」ということすら まったく明確でなく、はたして性格は個人の一貫した特性なのかについて、カ ンカンガクガクの論争が繰り広げられてきたのです。なぜ? その答えは本書 を読んでのお楽しみですが、日常的な概念を研究することの問題について、一 般の人にも研究者にも面白く読め、深く考えることのできる本です。著者は、 帯広畜産大学教育センター教授。

性格とはなんだったのか 目次

性格とはなんだったのか 序

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性格とはなんだったのか 目次
まえがき
第1章 性格と心理学
第1節 性格心理学小史
第2節 本書の構成
第3節 性格に関連する概念
第2章 心理学において、性格概念はどのように用いられてきたか
第1節 性格の記述
第2節 行動の予測
第3節 行動の説明
第4節 性格概念の心理学的測定
第5節 心理学の他分野における性格概念の用法
第3章 一貫性論争 ―― なにが争点だったのか
第1節 一貫性論争前史
第2節 ミッシェルの『パーソナリティの理論』
第3節 一貫性論争の展開
第4節 一貫性論争の意味
第4章 性格概念と行動観察との関係
第1節 傾性概念と理論的構成概念
第2節 通状況的一貫性と行動観察の問題
第3節 性格の形成と通状況的一貫性
第4節 心理学的測定と操作的定義の問題
第5節 一貫性論争は疑似問題である
第5章 性格概念の本質とは
第1節 性格概念と視点の問題
第2節 性格概念と観察のパースペクティブ
第3節 メタファーとしての性格概念
第4節 性格概念をどうとらえるべきか
第6章 新しい性格研究 ―― その課題は何か
第1節 マクアダムスの新ビッグファイブ
第2節 ビッグファイブの特性論
第3節 遺伝と環境 ―― 行動遺伝学と進化心理学
第4節 質的方法と性格心理学
第7章 性格心理学の未来へ

あとがき
引用文献

事項索引
人名索引

装幀=難波園子



性格とはなんだったのか まえがき 

性格の定義は性格心理学者の数だけある、ということを言った人がいる。たしかに、性格とはなにか、ということについて性格心理学者のあいだに確立した合意があるとはいえない。ごく基本的な部分だけみても、性格を「その人の内部にあるなにか」で「その人の行動を決めているもの」と考える立場と、性格を「他者または自分自身の目に見えるもの」で「行動の観察から導き出されるもの」と考える立場には根本的な対立があるし、二つの立場のあいだに無数の中間的な立場や折衷案が存在する。心理学は「性格とはなにか」ということについて、ひとつの明確な答えを提示することができないのだ。

 といっても、これは性格に限ったことではない。心理学の用いるさまざまな概念の多くが似たような性質をもっていて、「唯一の定義」をもっていない。たとえば「記憶」をとってみても、それが「10分前に聞いた話の内容を説明できる」というような具体的な行動を指し示すのか、それとも「脳神経ニューロンのシナプスの変化」のような実体を指し示すのかは研究者の立場によって異なり、それに応じて「記憶の定義」は変化する。意識、学習、欲求、対人魅力、攻撃性など、さまざまな領域、さまざまなレベルで用いられる概念のほとんどに、「研究者によって別の定義が与えられる」という傾向がある。  もっといえば、それは心理学に限ったことですらない。広い意味で人文学、社会科学に属するほとんどの学問で(ときには自然科学においても)、概念の定義が研究者によって異なることは珍しくない。学問領域によっては、ある概念に自分独自の定義を与えること自体が研究の根幹となる場合すらある。「概念の定義が研究者の数だけある」ことは決して性格に限ったことではなく、心理学に限ったことでもなく、ごくありふれたことなのだ。そしてそのことは、ただひとつの条件さえ満たされていれば、研究の発展や学問の進歩になんの悪影響も与えない。

 その「ただひとつの条件」とは、その概念を用いる研究者ひとりひとりが「自分はこの概念をどのように定義して用いているか」をきちんと認識し、明らかにすることである。概念の定義が複数あっても、「私はこの概念を〜と定義して用いている」と示すことができれば、それと同じか、類似した定義でその概念を用いている研究者同士は同じ土俵で話ができるし、その概念を明らかに違った定義で用いている研究者同士は「自分と相手は違うことを研究している」と割り切ることができる。

 もしこの条件が満たされず、ある概念の定義について研究者間が一致していないのに、各研究者が自分の定義を意識せず、明らかにもしない場合には、その研究領域は大きく混乱する。違った定義に基づいたデータ同士が無意味に比較され、まったく別のことについて述べる理論的主張同士に不毛な論争が起きる。もちろん、そのようなことは普通ではないし、多くの学問や研究領域では、そうした不毛を避けるために「用いる概念の定義を明確にする」ことが研究や議論の絶対的な前提条件として求められているのである。

 その意味で、性格の定義が研究者によって異なることは問題ではない。むしろ、そうした多様な性格の定義を用いて研究してきた心理学者のひとりひとりが、自分の採用している性格の定義を意識し、明らかにしてきたかが問題なのである。この本は、20世紀の性格心理学を代表する論争のひとつである「一貫性論争」を軸にして、心理学における性格という概念の用いられ方を分析していこうとするものであるが、その根底にある問題意識は、「心理学は性格をどのように定義し、用いてきたか、そして心理学者はそれらの定義と用法を自ら意識し、明示してきたか」と言い換えることもできる。

 私は、心理学の方法論的な問題や歴史的な論争の多くが、心理学者が概念や用語の定義や用法に無頓着であったことに起因しているのではないかと考えている。そして、この本のテーマである一貫性論争はまさに、性格という概念にそれぞれ異なった定義を与え、異なった用い方をしながら、それをお互いに意識も明示もしない心理学者たちの間で戦わされた、不毛で消耗的な論争であり、心理学者の定義に対する無頓着さが引き起こした論争の典型例であるといえる。

 この本では、歴史的な視点もまじえながら、さまざまな立場の心理学者たちが性格という概念をどのように定義し、用いてきたのかを、それらの心理学者たちに代わって意識し、明らかにすることによって、心理学者にとって「性格とはなんだったのか」を明確にする。そして一貫性論争のなかでそれらの定義や用法どうしがどのようにぶつかり合い、対立したのかをみていく。そのうえで、これからの心理学が性格をどのように定義し、用いることができるのか、用いるべきなのかを考えることをつうじて、将来の心理学者にとって「性格とはなにでありうるのか」について提言しようと思う。そうした試みが、性格という概念を用いるあらゆる心理学分野で不毛な、あるいは無意味な対立や論争を解消し、予防するためのささやかな力になるならば、私がこれまで約四半世紀にわたって続けてきた論考もそれほど無意味ではないことになるだろう。

  
2010年1月 渡邊 芳之