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今津孝次郎・樋田大二郎 編

続 教育言説をどう読むか
──教育を語ることばから教育を問いなおす


四六判304頁

定価:本体2700円+税

発売日 10.01.15

ISBN 978-4-7885-1185-9

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◆教育論議に発想の転換を!

教育問題をめぐる多数の議論が時に平行線をたどる現状を打破するため、教育 を論じることばや論じ方そのものを見直すことを提唱し、教育論議に新たな道 をひらいて好評を得た、前著『教育言説をどう読むか』(1997年)。教育改革 の大きな流れのなかで、教育現場に根ざした根源的な問題解決の議論が求めら れる現在、あらためて、教育を語ることばの交通整理が必要なのではないでし ょうか。本書の取り上げるテーマは、不登校、いじめ、ゆとり教育と学力低下、 少年犯罪をめぐる「心の教育」の問題など。身近であるがゆえに解決の見えづ らい問題に発想の転換をもたらす、現代教育を論じる際に必読の一冊です。

好評ロングセラー教育言説をどう読むか


続 教育言説をどう読むか 目次

続 教育言説をどう読むか 序

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続 教育言説をどう読むか 目次

序 教育言説を読み解く 今津孝次郎
1 教育論議にとっての言語と言語表現
2 「教育言語」と「教育言説」
3 教育言説としての「生涯学習」
4 本書の構成
 注と文献

第T部 教育の基本方針に関する言説

1 「ゆとり教育が学力低下を招いた」田中節雄
1 「ゆとり教育が学力低下を招いた」という言説
2 学習指導要領の改訂と「学力低下」批判――言説の舞台 
3 この言説に含まれている誤認 その1――「ゆとり教育」という呼び方 
4 この言説に含まれている誤認 その2――「学力低下」という問題 
5 私たちの課題
 注と文献

2 「教育は市場である」加藤 潤
1 市場化言説のトポロジーとクロノロジー
2 選択の自由とは 68――教育の市場化をめぐる言説模様
3 市場は虚無から人を解放してくれるか
 注と文献

第U部 教育指導に関する言説

3 「教育は教え込みではない」森岡修一
1 「教育は教え込みではない」をめぐる論点
2 教育における「教え込み」と対抗言説の関係論
3 国語教育のパラダイム転換
4 新たな教えと学びの可能性に向けて
 注と文献

4 「指導力のない教師が『学級崩壊』を引き起こす」高橋克已
1 言説の構造と素朴な疑問
2 指導力不足原因論の登場と展開
3 「学級崩壊」言説がもたらしたもの
4 学級経営アノミーの軽減をめざして
 注と文献

5 「心の教育」今津孝次郎
1 「少年A」事件と社会の動揺1
2 「心」「魂」「心の教育」
3 心の闇≠ニ「攻撃性」
4 「心の教育」としてのデス・エデュケーション
 注と文献

第V部 教育問題に関する言説

6 「三歳までは母の手で」林 雅代
1 「三歳児神話」とは何か
2 「三歳児神話」登場以前の家族に関する非行原因論の展開
3 「三歳」をめぐる制度と「三歳児神話」の興隆
4 「三歳児神話」の解体
5 「三歳児神話」と「子どもの健全発達」の政治性
 注と文献

7 「不登校は公教育の責務で解決する」樋田大二郎
1 登校促進言説によるアイデンティティ形成
2 適応指導をめぐる事件と対抗言説の構築
3 文部省による代替言説の構築
4 社会的自立との関連づけ、公教育の責務の視点
5 不登校言説と学習の多様化、オルタナティブ教育
6 不登校言説における言説の争いとは何だったのか
 注と文献

8 「いじめはあってはならない」伊藤茂樹
1 繰り返されるいじめ問題
2 いじめの問題化のプロセス
3 いじめの定義と統計
4 いじめ言説からの脱却
 注と文献

付章 「教育言説」論の動向を読む 樋田大二郎
1 ことばの力について
2 言説の構造と法則についての検討
3 権力分析の可能性の考察
4 少し古い文献

装幀 難波園子



続巻へのまえがき 


 本書は、一九九七年に刊行された『教育言説をどう読むか教育を語ることばのしくみとはたらき』の続巻である。あらためて、九七年版刊行に至るまでの経緯について振り返っておきたい。

 編者の一人である樋田は一九九〇年から一九九一年にかけてロンドン大学キングスカレッジに客員研究員として滞在し、現代教育改革について研究していた。当時のイギリスでは、それまで各地域の学校や教師の自律性にまかされてきた教育が競争原理と中央集権化の下に置かれるという、かつてない大改革が進行中であった。そうした状況のなかで、樋田のスーパーバイザーであった教育社会学者のスティーブン・ボール教授(現・ロンドン大学教育大学院教授)は、行政施策の方策内容や研究者の学説内容を真実で合理的であるとは見なさずに、一定の歴史的社会的状況の下で誰かによって語られたものに過ぎないという視点から、それらを相対化する作業に取り組んでいた。樋田はそうした言説論に大いに啓発されて帰国した。

 この教育に関する言説研究の概要は、さっそく樋田が「教育社会学の若手研究会」で報告した。一九九一年九月のことである。この研究会は、名古屋地域の諸大学で教育社会学や教育学を専攻する若手および中堅の研究者一〇名ほどが、一九八六年から毎月一回、各自の関心をレポートして自由に討論するという形で約五年間続けてきたものであった。樋田が報告した教育の言説研究には全員が強い関心を示し、それまでの自由な研究会を「教育言説研究会」に特化させて再スタートさせることが即座に決まった。そして、この研究会が四年間続いた後の一九九五年六月になって、もう一人の編者である今津が本にまとめようと口火を切り、事例分析の検討を重ねた成果を収録したのが九七年版である(その刊行によって、研究会活動も停止した)。

 九七年版刊行の目的は、当時としてはまだ一般に馴染みが薄かった「教育言説」という視点を広く問題提起することであった。私たちとしてはごく気軽な気持ちで提案したのだが、意外にもその反響は大きく、教育研究のさまざまな場で引用され、ありがたいことに増刷を重ねた。予想以上に多くの読者を得た理由は、日本も教育改革の大きなうねりに巻き込まれるなかで多くの教育論議が百花繚乱のごとくに現われながら、論議のなかで当たり前のように使われることば自体を根本から吟味する作業や、教育論議の仕方そのものを立ち止まって対象化し、多方面から省察するという作業がまったくと言ってよいほどなかったためであろう。そのために、私たちの「教育言説」論に対して新鮮な関心が向けられたのだと思う。

 その九七年版刊行から早くも一〇年以上が経過した。この間、「教育言説」という概念は定着し、その視点も教育研究でよく用いられるようになった。ただ、教育をめぐる状況にさまざまな変化が生じ、当然ながら九七年版で取り上げた教育言説事例に関しても、その解析は大きく再構成すべき必要性が出てきた。また、九七年版で取り上げなかった教育言説について新たに議論したいという意向も、私たちのなかに生まれてきた。九七年版の「あとがき」でも、次のように宿題を掲げていた。「残された他の多くの事例の検討や、教育言説そのものについての一般的な論議などについては、今後もなお継続して広く深く研究していきたいと私たちは願っている」と。

 そこで、二〇〇七年の暮れになって、編者の一人である今津が九七年版の執筆者にはかった結果、全員一致して続巻を制作しようということになった。執筆者のうち五人がすでに名古屋地域から関東圏へと職場を移していたが、多忙のために参加が難しくなった一人を除き、他の全員が続巻への執筆を継続した。そして、二〇〇八年八月には執筆者が名古屋に集まり、各自の草稿の相互検討を集中的におこなった。

 それでは、続巻の狙いはどのように定められたのか。九七年版のように気軽な問題提起というわけにはいかない。初歩の段階を超えて、次のような諸課題の追究が要請される。第一に教育を語り論じることばの自明性を明確に覆すこと、第二に「教育言説」の視点をさらに研ぎ澄まし、現在の教育状況により深く切り込むこと、第三にそれらを通じて現代教育を把握するための展望を切り拓くこと、第四に本格的な「教育言説」研究を一歩進めること、である。

 これらの狙いがどれだけ達成されているかは読者の評価に俟つほかないが、九七年版との連続性や読みやすさも考慮し、具体的な教育言説を事例に挙げて言説論的に検討するというスタイル自体は踏襲することにした。九七年版では九つの具体的な教育言説を取り上げて検討した。続巻で取り上げた八つの言説は、九七年版のうち四つについて引き続き取り上げながらも、この一〇年余りの時代や社会、学校教育の諸変化を踏まえ、新たな分析と考察を加えた。そして残り四つについては、今回新たな教育言説に置き換えて、検討を展開した。また、九七年版巻末で紹介した短い文献案内が好評であったので、続巻ではそれを拡大し、「『教育言説』論の動向を読む」という付章として新たに配置した。というわけで、この続巻は九七年版と合わせてお読みいただければ、私たちの狙いをより理解していただけるのではないか思う。

     *  新曜社の塩浦ワさんには九七年版のときと同じく今回も大変お世話になった。続巻企画をすぐさま受け入れていただきながら、原稿がすべて整うまで一年半もかかったことにお詫びしつつ、最初の段階から私たちの取り組みを一〇年以上にもわたって温かく見守っていただいたことに厚くお礼申し上げたい。また、細かな実務面で編集部の小林みのりさんに何かと助けていただいたことにも感謝したい。

     二〇〇九年十一月
今津孝次郎
樋田大二郎
注記:二〇〇一年一月の中央省庁再編により、文部省は文部科学省(文科省)となるなど、省庁名の変更があった。本書では、基本的には当該年度の呼称を用いている。