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伊藤哲司・山崎一希 著

往復書簡・学校を語りなおす
――――「学び、遊び、逸れていく」ために


四六判256頁

定価:本体2200円+税

発売日 09.9.19

ISBN 978-4-7885-1177-4

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◆「学校」という閉塞状況に風穴をあける◆

学校という現場をもっとおもしろくするには? 従来の考えや実践をあらためて位置づけなおし、そこから新たなアイディアや実践を生みだす「語りなおし」をめざして往復書簡は始まります。テーマは子どもたちの学校観や教師観、ゆとり教育、心のノート、メディア・リテラシー、学校的な枠組みについて……。身近な話題をベースに、ときに心理学的な、ときに教育学や社会学的な視点から縦横に語り、教師や生徒自身はかえって気づきにくい「視点のズラし方」を提示します。かつて教育学を学んだラジオ局ディレクターと、ベトナムを主なフィールドに活躍する社会心理学者による新鮮かつ刺激的な一冊!

往復書簡・学校を語りなおす 目次

◆書評

2010年1月、出版ユース

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往復書簡・学校を語りなおす――目次
  目 次
往復書簡・学校を語りなおす*もくじ

      
いかに「学び、遊び、逸れていく」か
実践のためのアイディアを探る

「学校」というどうしようもなく存在する枠組みの中で、
いかに「学び、遊び、逸れていく」か●伊藤哲司
学校にいる子どもたちが、いかに学校を語りなおすことができるか、
そこに鍵があるように感じます●山崎一希

      
まずは「学校を疑ってみる」
学校観の脱構築をめざして

私たちは「社会的現実」の中で生きており、その中にどっぷりはまって、
それがあることにすら気づかない●伊藤哲司
小学校五年生に「オレらって学力低下なんでしょ?」と
言われたことがあります●山崎一希
極端に忙しくさせられている中で、
そこから簡単に逃れることができない中で、さてどうするか●伊藤哲司
「ゆとり教育」で目指されていたのは
「学校観」の転換だったと思うんです●山崎一希
ベトナムに深刻ないじめや、不登校は基本的にない。
不登校を説明するのは困難なのです●伊藤哲司
「学校格差」といえばなくしていくべき課題になるのでしょうが、
それを逆に学校の個性と考えることもできます●山崎一希
では自分がその「体制側」の中にいる一人だったら、
いったい何ができるのだろう●伊藤哲司

      
学校において「つながる」ということ
もし学校に「カフェ」があったら

「学校」=勉強するところ、という固定的なイメージは、
むしろ子どもたちのほうが強く抱いてしまっているのです●山崎一希
「自由」の獲得には長い時間と努力を要しますが、それを壊して
「管理」を進めるのは、案外一瞬でできるのかもしれません●伊藤哲司

メッセージを伝える場である「メディア」は、いわゆるマスメディア
だけでなく、身の回りにもたくさんある●山崎一希
表現して楽しいと思えるためには、表現したことを受けとめ、共有し、
共感して、一緒に楽しんでくれる他者が必要です●伊藤哲司
いつものように保健室で語り合っていると、常連≠フひとりが
「ここってカフェみたいだよね」とつぶやいたんです●山崎一希
「表現したいこと」が必ずしも先にあるのではなく、「語りなおす」と
いう実践を通してそれが明確になっていくのだと思います●伊藤哲司

      
子どもと大人の「心と身体」を語りなおす
「心のノート」をめぐる問題

「心を育む」という課題について子どもだけを対象に考えること自体、
そもそもナンセンスなのです●山崎一希
子どもたちが「いいこと書いてるなぁ」なんて感心したくなるような
ときがあったら、そんなときこそ要注意なのかも●伊藤哲司
「資質」を問うためと称して免許の更新制が導入され、教師はますます
忙しくなっている。これはひどい悪循環です●山崎一希
「よい教師であること」「よい大人であること」から
ちょっと降りてみてもいいんでしょう●伊藤哲司
「心のノート」の「心」には、具体的な環境や他者が
全く想定されていないのですね●山崎一希
長年かかって学校の中で作られてきた身体を解きほぐしていくのは
容易なことではありませんが、不可能ではありません●伊藤哲司

      
フィクションとしての「学校」
学校にとらわれず、学校という場でどう生きるか

「いじめ」のような問題も、文化交流・他者理解という視点で
実践的に捉えていくことも必要でしょう●山崎一希
「異なる他者と出会うことで、自分を知ることができる」という話、
最近学生たちによくしています●伊藤哲司
「学校」という仕組み自体が
あまりにも特殊で独特の文脈をもっているんです●山崎一希
「学校」のフィクション性とでもいうべきものは、
小説や映画とはちょっと違うところもあります●伊藤哲司
学校の当事者にとっては、学校的なお約束℃ゥ体が
かえって「安心」の基準になっていることがあるんですね●山崎一希
「学校」がもっている枠組みは、実は案外よくできている
ということなのだと思います●伊藤哲司
経験そのものとは関係なく、当事者が「学校」を評価する物差しは
本当に狭い範囲しか測れない●山崎一希
学校ごとに物差しは同じとは限らないわけです。「物差しはひとつ」と
信じこんでしまうことは、ちょっと怖くもありますね●伊藤哲司
僕は「学び」と「遊び」は
本来対立するものではないと信じています●山崎一希

学校で語りなおす―現場からのメッセージ●海老澤恭子
往復書簡を終えて●山崎一希
おわりに―往復書簡という不思議な装置●伊藤哲司

「学校を語りなおす」ためのブックガイド
写真    伊藤哲司
イラスト  山崎一希
装幀・装画 ゴロゥ