戻る

デニス・ノーブル 著/倉智嘉久 訳

『生命の音楽』
――ゲノムを超えて:システムズバイオロジーへの招待


四六判256頁

定価:本体2800円+税

発売日 09.6.30

ISBN 978-4-7885-1172-9

◆amazon.co.jpへ
cover

◆紀伊國屋書店Books Web へ

◆7ネットショッピングへ

◆遺伝子はただのデータベースにすぎない!◆

ドーキンスの『利己的な遺伝子』以来、私たちは、遺伝子こそが生命の 基本だという考えをもつようになったようです。しかし、遺伝子=「生 命の書」ではありません。CDに刻まれたデータだけでは音楽にならな いように、いくらゲノムが解明されても生命を理解することはできない のです。本書は、音楽に譬えながら、生命を遺伝子、細胞、器官、系、 身体、そして環境のあいだの相互作用とフィードバックのプロセスの中 に捉える、新しいシステムズバイオロジーへと私たちを誘います。本書 を読めば、遺伝子中心の生命観が根本的に変わるのを経験するでしょう。 心臓生理学の世界的権威である著者による、たいへん分かりやすく、読 んで面白い入門書です。訳者は大阪大学医学系研究科教授。

生命の音楽 はじめに

生命の音楽 目次

生命の音楽 訳者あとがき

◆書評

2009年9月13日、朝日新聞

Loading

◆生命の音楽 目次

はじめに

第1章 生命のCD ― ゲノム
シリコン人間
DNAマニア
遺伝子決定主義のさまざまな問題点
遺伝子決定主義はなぜアピールしたのか
生命は蛋白質のスープではない
二つの比喩の位置づけ


第2章 3万のパイプを持つオルガン
中国の皇帝と貧しい農夫
ゲノムと組み合わせ爆発
3万のパイプを持つオルガン


第3章 楽譜 ― それは書かれているか
ゲノムは「生命の本」か
フランスのビストロのオムレツ
言語のあいまいさ
シリコン人間再び登場


第4章 指揮者 ― 下向きの因果関係
ゲノムはどのように演奏されるか
ゲノムはプログラムか
遺伝子発現の制御
下向きの因果関係は種々の形をとる
別の形の下向きの因果関係
生命のプログラムはどこに?


第5章 リズムセクション ― 心臓拍動とその他のリズム 
生物学的計算の始まり
心臓リズムを再構成する ― 最初の試み
統合的レベルでの心臓リズム
システムズバイオロジーは仮装した「生気説」ではない
それは仮装した還元主義でもない
そのほかの自然のリズム


第6章 オーケストラ ― 身体の種々の臓器とシステム 
ノバルティス財団における討論
ボトムアップの問題
トップダウンの問題
ミドルアウト!
身体の種々の臓器
仮想心臓


第7章 モードとキー ― 細胞の奏でるハーモニー 
シリコン人間、熱帯の島々を見つける
シリコン人間の間違い
細胞分化の遺伝的基盤
モードとキー
多細胞のハーモニー
「ラマルキズム」の歴史に関する覚え書き


第8章 作曲家 ― 進化 
中国式書字システム
遺伝子におけるモジュール性
遺伝子 ― 蛋白質ネットワーク
安全性を保証する重複性
ファウストの悪魔との契約
生命の論理
大作曲家


第9章 オペラ劇場 ― 脳 
私たちは世界をどのように見るのか
アジズのレストランで
行動と意思 ― ある生理学者と哲学者の実験
レベルが違えば説明も異なる
自己は、神経細胞のレベルの対象ではない
冷凍された脳
生き返る自己?


第10章 カーテンコール ― 音楽家はもういない 
木星人
自己と脳についての見方における文化の役割
比喩としての自己
音楽家はもういない


訳者あとがき
文 献  (7)
索 引  (1)


装幀=虎尾 隆


◆生命の音楽 著者はじめに  はじめに

 「生命とは何か?」この問いには、多くの方法で迫ることができます。そのひとつは科学です。この立場からでさえ、いろいろな回答がありえます。というのも、現代の科学者たちは、この問いに実にさまざまな解釈をしているからです。さらには、生物学の進歩が大変急激なので、一世代ごとに、ほとんどまったく一からこの問いに取り組む必要さえあるのです。

 人類が初めて遺伝物質がDNA(デオキシリボ核酸)という分子であること、そしてそれが塩基と呼ばれる4種類のとてもよく似た化学物質の長い分子の鎖であることを発見したのは、ほんの50年前のことでした。現在では、

 
・私たちは、人間の全DNAであるヒューマンゲノムが30億の塩基対であることを知っています。さらには、これらの塩基対のすべてを同定しました。

・私たちはまた、これらの塩基の構成がどのように蛋白質生成を行うかを知っています。おのおのの蛋白質に対して、遺伝子は鋳型を提供しています。蛋白質の構造配列は、そのDNAにコード化されています。私たちはこのコードがどのように働くのか、ある程度知っています。

・その意味では、私たちは、DNAがコードする多くの蛋白質のアミノ酸配列と構造を知っています。

 生物科学は、いままでこれほど急激に進歩したことはありませんでした。

 それでは、このことがどのように私たちの生命観に影響を与えたでしょうか? 多くの疑問に答えが出ましたが、さらに多くの疑問がそのままになっています。私たちが到達した解答は、私たちが従ってきた研究のプロセスを反映しています。この半世紀以上にわたって、私たちは生物体をもっとも小さな要素、遺伝子、分子へと分解して、進んできました。ハンプティダンプティは何十億という部分へとバラバラにされたのです。これはとても印象的な成果です。

 たとえば、いまでは、中年になって突然心臓死を引き起こすようになる遺伝子変異が特定されています。なぜある特定の時にこの遺伝子が作動するのかはなおわかってはいませんが、この連鎖の主な段階のほとんどすべてが明らかになっています。このような成功事例が次々と報告されています。しかしながらその頻度は、ヒューマンゲノム・プロジェクトが宣言されたときに楽観的に予想されたほどではありません。ヘルスケアへの利益は、ゆっくりとしたものです。

 それはなぜでしょうか? その理由がだんだんと明らかになりつつあります。これは、微小スケールの事象がどのように大きな総体にかかわるのか、ということに関係しています。私たちは多くの分子メカニズムを知っています。そしていま挑戦しているのは、その知識をスケールの大きな総体へ適用することなのです。では、私たちは生命システムの全体を支配するプロセスを理解するために、微小なスケールに関する知識をどのように使えばよいのでしょうか? これはたやすい質問ではありません。遺伝子からそれらがコードしている蛋白質、そしてこれらの蛋白質間の相互作用へと問題が移るやいなや、とてつもなく複雑になるのです。しかし私たちはこれらの複雑性を理解する必要があります。それが分子の、そして遺伝子のデータを解釈し、「生命とは何か?」という大きな問いに、新しい有用なことばで語ることの基盤となるのです。

 これは、遺伝子情報を読むことによって生じた挑戦です。私たちは、バラバラになったハンプティダンプティを再び一つに戻すことができるでしょうか? 「システムズバイオロジー」という学問が生まれたのには、このような背景があります。これは、歴史的に見ると、一世紀以上も昔からある古典的な生物学と生理学をルーツとしてはいますが、生物科学の新しく、そして重要な展開なのです。しかしながら、最近数十年間、生物学者たちはきわめて狭く生物の個々の要素の研究に集中する傾向がありました。それぞれの要素がどのような特性を持っており、それによって、短い時間のうちにどのように他の要素と相互作用するのか、というようなことを探究してきました。しかしいま、私たちは、いくつかのより大きな疑問を対象とする準備ができました。それは、システムについてです。生物のそれぞれのレベルにおいて、そのたくさんの要素は統合されたネットワーク、あるいはシステムの中に組み込まれています。そのようなシステムは、それぞれ独自の論理を持っています。単にシステムを構成する要素の特性だけを研究していては、その論理を理解することはできません。

 本書はシステムズバイオロジーについての本です。また、システムズバイオロジーの前提条件やその潜在的重要性についても述べています。生命の探究におけるこの段階において、私たちはその基本を再考する準備を整えるべきだと主張します。

 分子生物学では、ある決まったものの考え方が求められます。それは、部品の名づけや振る舞いに関するものです。私たちは全体をその要素レベルにまで還元し、それらの特性を徹底的に明らかにします。生物学者はいまではそのような考え方にまったく慣れてしまっており、関心のある一般の人びとも、そう考えるようになってきています。私たちはまさに次に動きだす時期にきているのです。システムズバイオロジーこそが、私たちの向かおうとしている場所です。ただ、分子生物学とはきわめて異なった考え方が必要とされます。それは一部を取り上げるのではなく、一つにまとめる作業であり、還元ではなく、統合です。それは、還元主義のアプローチから学んだことからスタートしますが、その先へと進みます。私たちは統合についての考え方を確立する必要があります。それは還元主義の手順と同じように厳密ですが、異なったものであるはずです。これは大きな変化です。純粋に科学的なことを超えた拡がりを持っています。それは、あらゆる意味において、私たちの哲学を変革していくことになるのです。

 いかにして、そのような変化を引き起こすことができるのでしょうか? 私は議論を巻きおこす本を書くことを選びました。この本では、生物学で現在受け入れられている多くの定説(ドグマ)を過激なまでに分析しています。いくつかのドグマに関しては覆しもしています。この本は、システムレベルのアプローチの必要性をはばかるところなく擁護します。それは、還元主義的分子生物学の成し得たことに私が感銘していないからではありません。それとは逆に、私は偉大なる還元主義が推進してきたすばらしい成果が、生物科学に多くの果実を実らせるところを見たいからなのです。

 第5章で述べる通り、私は「正真正銘の」還元主義者として生理学の研究キャリアをスタートしました。私はいかに還元主義の科学が成功をおさめてきたかを知っていますし、私自身、自分の分野において多くの成功をおさめてきました。私は還元主義的科学の方法論を、生体内の臓器機能をシミュレーションする現在の研究で定量的に用いています。そしてそれは、ここ十数年間に、私がいかにしてバランスを調整する必要があることに気づいたか、ということでもあるのです。もしも私たちの皆がみな、下のレベルへ下のレベルへとのみ研究に精出していたら、誰もより大きな絵を見ることができないでしょうし、また大きな絵を描こうにも、何が必要なのかわからないでしょう。システムレベルでの統合は還元主義の成果があってこそ成し遂げられることですが、還元主義だけでは決して充分ではありません。

 他の論争家のように、私は比喩(たとえ話)を多く用います。また、いくつかの物語もしましょう。本書を楽しんで読んでいただけるよう、そして読者のみなさんが揺り動かされて、現在の多くのドグマから解き放たれるようにしたいからです。

 1944年、エルヴィン・シュレーディンガーは注目すべき本を著しました。その中で、彼は遺伝子コードが「非周期結晶」、すなわち定期的な繰り返しのない化学物質の配列であると正確に予測しました。当時の多くの科学者たちのように、彼はDNA内よりも蛋白質内にコードが見つかるだろうと考えていたので、彼が述べたことは彼が予想していた場所にはなかったわけですが、しかしそれでもなお、それは存在していたのです。彼の洞察の多くは、それ以降私たちが理解してきたことと、とてもよく合っています。わずか100ページ足らずで、彼はそれ以前の生物学の基本的な種々のパラダイムを転換したのです。

 この本は、彼の本と同じくらいの長さです。私は最初、タイトルも同じ「生命とは何か?」にしようかと考えました。しかし、私はそこまで大胆ではありませんでした。そのかわり、私はこの本で用いた主要な比喩、すなわちシステムレベルの生命観は音楽に比すことができるという考えを反映するタイトルを選びました。もしもそうであるなら、その楽譜は何で、作曲者は誰なのでしょうか? したがって本書全体にわたる中心的な課題は、「もしどこかにあるとするなら、生命のプログラムはどこにあるのか?」ということです。フランスのノーベル賞受賞者、ジャック・モノーとフランソワ・ジャコブは、著書の中で「遺伝子プログラム」について述べました(Monod and Jacob, 1961; Jacob, 1970)。生命体の発生のための設計図は、遺伝子の中にあるという考えです。同じ考えは、ゲノムが「生命の書」(一種の青写真)であるという表現で一般にもよく知られています。遺伝子が原因因子として主要な役割を担うという考えもまた、リチャード・ドーキンスの大きな影響を与えた本『利己的な遺伝子』(Dawkins, 1976)によって大いに強められました。

 この本のテーマは、そのようなプログラムはなく、したがって生物学的システムには因果関係における特権的なレベル(階層)などないということです。第1章では、本書の残りの部分の基礎となることがらを述べています。まず、ゲノムを、うまくできた生物体を「創る」プログラムというよりは、成功している生物体を「継代」してゆくためのデータベースとして書き直すところから始まります。次のステップは、「利己的な遺伝子」という比喩を「囚人としての遺伝子」に置き換えることです。これら二つの根本的な認識の転換は、この本の残りの部分を理解していく上で必須です。「遺伝子プログラム」「生命の書」そして「利己的な遺伝子」という考えが(誤って)広く普及していることに対処する必要がある一方で、これまでこれらの考えの発展を担ってきた科学者たち自身が、そのように解釈されていることを必ずしも正しいとは考えていないということを、付け加えたいと思います。たとえば、リチャード・ドーキンスが、「プログラム」という考えについての最良の批判をいくつか書いており、彼自身、遺伝子決定論者ではまったくないのです。

 本書は十章で構成されています。各章は、生命の生物学のいくつかの側面について、それぞれ異なった音楽的比喩を用いています。第1章のゲノムから始まって、第9章の脳まで進みます。そして第10章は一種のコーダ [楽曲の終結部] として、独自に構成されています。

◆生命の音楽 訳者あとがき

 訳者あとがき

 デニス・ノーブル教授のMusic of Life(生命の音楽)は、これからのあたらしい時代の統合生命科学の基本的な考え方とその方法を明確に提示しています。まさに、時宜を得た本であると思います。ノーブル教授は大学院生時代に心筋細胞の活動電位のモデル化とシミュレーションを世界で初めて行いました。以来、先生は心筋電気生理学において世界を主導する立場の研究者であり続けて来ました。わたしは1980年にスイス・ベルンで開催された第4回ヨーロッパ心臓ワークショップに恩師の故入沢宏先生にお供して参加した時、はじめてノーブル先生とお会いする機会を得ることができました。当時、ノーブル先生は心臓のペースメーカー成立機構研究の世界の中心で、まぶしいくらいの活躍をされていました。心筋電気生理の世界の最高権威というべき立場で、わたしも含め多くの日本の研究者も、先生のInitiation of the Heartbeatをはじからはじまで読んで勉強したものでした。その後、ノーブル先生はLogic of Life, The Ethics of Lifeなど、いくつものすぐれた本を著され、生命科学をめぐる科学哲学にまで踏み込んだ考察をされてきています。今回のMusic of Lifeは、初期の心臓興奮とリズムに関する研究から発展し、次の時代の中心となるべきシステムズバイオロジー研究に到達された先生の研究上での実体験と科学哲学的考察を基礎に、様々な比喩をまじえながら一般の読者に充分理解して欲しいという願いを込めて執筆されています。先生の熱いメッセージが、本書の随所に感じられます。

 現在、生命科学に関しての一般の方々の関心と期待は、これまでにないほどに高まっていると思います。それには、20世紀後半の生命科学の急速な発展に対する驚きと多機能細胞などを代表とする無限の可能性への期待があるものと思われます。その中で、本書は、これからの生命科学のひとつの新しい重要な方向性を指し示しているものです。それが、フィジオーム・システムズバイオロジーと呼ばれるようになっている分野です。

 これまで生命科学は、より詳細なメカニズムへ、より系を単純化し、より分析的に、より明確に、生命の基本メカニズムをあきらかにする、いわゆる「還元主義」の科学を進めてきました。そして、20世紀のおわりには、ついにヒトのゲノムのすべての塩基配列が決定され、そこには遺伝子が約3万弱存在することもあきらかにされました。これは営々と続いてきた「還元主義」生命科学のひとつの象徴的到達点であり、これからもこの情報を基礎に、さらに還元主義の生命科学の偉大な成果がつぎつぎと生み出されてくることは疑いようがありません。「遺伝子」というものが、生命にとっての本質で、もっとも重要であり、かつ全てを決定している、という考え、あるいはある種のドグマが、生命科学の世界ばかりでなく一般社会にも広がっているのは、充分に理由のあることと思います。

 しかしながら、これまで驚異的に発展してきた還元主義的生命科学を基礎として、「統合」による生体機能の理解を進めるべき時代となっている、と主張するのが本書の主旨です。還元主義的情報の総体がフィジオームであり、その総体を生体機能として理解するための原理がシステムズバイオロジーです。システムズバイオロジーには、還元主義と同様な厳密な論理が必要ですが、それは還元主義生命科学とは違います。それを検証し確立することが、これからの生命科学の発展に必須である、と本書は主張しています。

 近代哲学の祖といわれる17世紀初頭のルネ・デカルトは「コギト・エルゴ・スム(我思う故に我あり)」という命題で有名ですが、その著書『方法序説』で、科学的研究の方法を(1)明証の原理、(2)還元(分割)の原理、(3)統合の原理、(4)枚挙の検証、という4つの段階で行うことを提唱しました。第一の原理は、明証的に真であると認めたもの以外、決して受け入れない事。第2は、考える問題を出来るだけ小さい部分にわけ、明らかにすること。いわゆる、還元主義です。この還元主義的生命科学により素子の膨大な情報が蓄積されるにつれ、その素子が生体機能をどのように構築しているのか、ということを明らかにしたい、という第3の原理である「統合の原理」が、生命科学においても推進される時代となってきたと捉えることもできるでしょう。本書は、そのフィジオーム・システムズバイオロジー分野の考え方の基礎、原理をあきらかにしようとしているのです。

 本書では、統合としての生命あるいは生物個体の理解の原理とその方法論を、音楽になぞらえながら展開しています。「はじめに」でノーブル先生はその立場を明確にされ、「もし、どこかにあるとすれば、生命のプログラムはどこにあるのか?」ということを本書の主題として考える、という立場を明言されています。この生命のプログラムというのは、「生体機能」を成立させるためのプログラムという意味で用いられています。

 第1章では、「利己的な遺伝子」という遺伝子決定主義に対して「囚人としての遺伝子」という対立概念を検証しながら、遺伝子と生体機能の関係を検証してゆき、遺伝子決定主義の問題点をあきらかにし、遺伝子・蛋白質という要素と細胞・組織・器官・個体という生命の階層性と、要素と高次機能との関係を考察しています。ここでは、ボトムアップでの決定論の問題的に言及します。

 第2章では、「3万の遺伝子」をパイプオルガンに譬えています。たった3万といいますが、実は無限の多様性を説明するのに充分であること、むしろ、全宇宙の物質を使ってどれほどの時間を費やしてもその可能性をすべて試すことはできない「組み合わせ爆発がおこる」という非線形の世界であること、を論証します。

 第3章では、〝ゲノムは「生命の本」か〟という課題のもと、水・脂質などの分子や外界の環境というゲノムに書かれていないことが生体とその機能の成立に不可欠であることに焦点をあてています。

 第4章では、生命の階層性の中で、ゲノムが何を提供し、どのように生体において利用されるのか、その時の各階層の間の相互作用とシステムとしての制御の重要性を論証しています。さらに、種々の階層の中で、優位な階層などはない、ということを強調します。また、ゲノムの役割を考察する中で、遺伝の問題、進化の問題へと話題は広がってゆきます。

 第5章では、ノーブル先生自身の研究、心臓拍動の還元主義的研究の中で、生体システムとしての考え方がどのようにして生まれ、システムズバイオロジーへ発展して来たのか、ということを述べています。さらに、これがいわゆる生気説でもなければ、還元主義の亜種でもなく、別途の基本的な概念を必要とするあたらしい科学領域であることを熱く主張しています。その中で、生体機能と遺伝子を直接関連付けること(たとえば、時計遺伝子と名付けること)の不合理性と危険性にも言及しています。

 第6章では、トップダウン、ボトムアップ、そしてミドルアウトという考え方を検証し、システムズバイオロジーの方法論とその目標について、仮想心臓(Virtual Heart)を例に具体的に述べています。

 第7章では、進化論についての考察へと進んでゆきます。ダーウィンの自然選択と「ラマルキズム」で表される獲得形質の遺伝、あるいは、多細胞生物が選択されるための必要条件、などを検討し、システムズバイオロジーの視点からの進化論を展開しています。

 第8章では、さらに進化論を押し進め、モジュール性、重複性、頑健性、そしてフィードバック制御、というシステムズバイオロジーにとって不可欠な論理基盤についての考察を加えています。さらには、比喩的に「ファウストの悪魔との契約」という表現で、羅針盤なき進化と現在の生物界をもたらした生命の論理についての考察へと進んでいます。

 第9章では、階層性の最高位としての脳を対象として、「意識」という課題に果敢に挑戦しています。意識・心に関する考察から、脳と自己という課題へと展開して行きます。

 第10章では、言語・文化にまで、考察は進みます。言語・文化が、如何に生命観にかかわるか、さらに「我」「自己」といった認識にかかわってくるのかについて、言及しています。

 以上のように、本書はあたらしい時代の統合的生命科学の重要性を一歩一歩段階的に論証しています。その思考の中心は、高次の生体機能をもたらす「生命の階層性」を明確に意識し、それを統合のためのフレームワーク(多階層生命科学とも言うべきでしょう)として設定していることだと思います。その階層性は当然のごとく、脳へ達し、言語、社会、文化というレベルに至ることになります。ここで、生命科学と哲学・思想が深く関わって来ることになります。あたらしい統合的生命科学の基本概念と原理は、本書を読まれたそれぞれの方々がこれから考え、創り、完成させてゆくことになるのでしょう。統合的生命科学の時代は始まったばかりなのです。

   おわりに

 「Music of Life を日本語に訳したいのだが、やってもらえないか」とノーブル教授がわたしに言われたのは、丁度2年ほどまえの2007年6月のことでした。ベルギー・ブリュッセルで開催された、ヨーロッパ連合の Healthcare Framework 7 という健康科学に関する政策の中で進んでいる Virtual Physiological Human Project の打ち合わせの大会に、わたしが諮問委員会のメンバーとして参加した時のことでした。この大会でも、ノーブル先生はこの分野の象徴的存在で、プロジェクトの推進を主導されていました。わたしは、ノーブル先生が生命科学者としての人生の集大成として本書を著されたと思い、大変名誉なことと喜んでお引き受けいたしました。その約1年後、2008年3月に新曜社の塩浦社長からご連絡をいただき、それが現実のものとなりました。本書を訳しながら、生命の統合科学としてのシステムズバイオロジーの基本概念とその方法論に関して、眼を洗われるような思いをすることも度々でした。その思いを充分に伝えられる訳になっているかどうか、不安を感じています。所々に様々な比喩を使ってのノーブル先生の教養についてゆけたという自信はありませんが、できるかぎり先生が意図されていることが伝わるように、という思いを持って翻訳させていただきました。一人では自信もなく、教室の古谷和春くんにはこの翻訳を随分と助けていただきました。ここに、深甚の感謝の意を表したいと思います。

 本書の翻訳は、第36回国際生理学会世界大会(京都大会)の準備の真っ最中に行うことになりました。国際生理学会世界大会は約150年の歴史があり、生命科学分野ではもっとも古くかつ権威のあるものです。特筆すべきは、この統合的生命科学を目指す国際生理学会のフィジオーム委員会が1997年に設置され、組織的に推進されて来ていることです。この会の委員長は本書にもしばしば出てくるニュージーランド、オークランド大学のピーター・ハンター教授です。まさに、日本への世界大会の招致は、2001年のニュージーランド、クライストチャーチでの第34回大会の折に行いましたが、その時の理事会メンバーにもノーブル先生がおられ、ハンター先生からも多大のご支援をいただきました。それから4年後のサンディエゴ大会を経て、いよいよ本年(2009)が京都大会の開催です。日本での開催はほぼ半世紀ぶりです。京都大会のメインテーマは、生命の機能 ― 要素と統合です。まさに、統合的生命科学の時代を真正面からテーマとしています。統合的生命科学は、これまでになかった「予測」可能性を生物学に導入し、近い将来、医学・医療の革新をもたらすものと考えられます。また、これは、生体工学者であるハンター先生と生理学者であるノーブル先生の協力のように、種々の分野が協力して推進して行かねばならない学際的科学分野です。

 この本の出版は、第36回国際生理学会世界大会(京都)の直前になることになりました。本書の最後の章「カーテンコール ― 音楽家はもういない」での音楽家は、ノーブル先生ご自身なのでしょう。静かに幕が再びあがると音楽家は静かに退場していた、このようなことを、ノーブル先生が口にされたことがありました。ところが、ノーブル先生は、今度、国際生理科学連合を代表する立場に就かれることになったということです。本書に書かれた理念を基盤として、先生は今後も統合的生理科学研究の世界のリーダーであり続けられるのだろうと確信しているところです。
 本書が、これからの生命科学を志す多くの方々にとっても、何らかの示唆になれば、訳者として、望外のよろこびです。


2009年6月吉日
倉智 嘉久