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山岸明子 著


発達をうながす教育心理学
――大人はどうかかわったらいいのか


A5判224頁

定価:本体2200円+税

発売日 09.6.20

ISBN 978-4-7885-1167-5


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◆重要な大人からの働きかけ◆

教育心理学のテキストはたくさんありますが、本書の特徴は、子どもの発達を うながすために大人がどうかかわったらいいのかという観点を明確に打ち出し ていることと、心理学の研究だけでなく、印象的な社会的事件や小説や映画を 事例として取り上げて、理論的・実証的な研究に基づく学習と生きた理解とが 相乗的に深まるよう工夫されていることです。教職を目指す人のためのテキス トとしてだけでなく、より広く人間の発達にかかわる人、援助的なかかわりを もとうとする人にも面白く読め、役にたつ一冊です。著者は、日本の道徳性心 理学研究の第一人者で、順天堂大学医療看護学部教授。

発達をうながす教育心理学 目次

発達をうながす教育心理学 はじめに

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目 次


はじめに  
教育心理学とはどういう学問か、なぜ学ぶ必要があるのか  
本書の概要  
  
 第I部 発達と教育  
  
第1章 教育がもつ2つの側面と、現在の教育状況  
1 教育がもつ2つの側面  
2 2つの大人のかかわり方と教育状況の変遷  
3 現代社会と主体的・能動的学び  
  
第2章 発達における経験の重要性と発達の可塑性  
1 発達における遺伝と環境  
2 初期経験の重要性  
3 人間の発達の特殊性  
4 発達の可塑性 ― 初期経験の効果の持続性  
  
 第II部 発達・学習のとらえ方と学習の方法  
  
第3章 大人主導の発達・学習・教育観 ― 行動主義の学習・教育観  
1 学習成立の理論 ― 条件づけ  
2 教育への応用(1)― プログラム学習  
3 教育への応用(2)― 行動療法  
  
第4章 子どもの能動性を重視する発達・学習・教育観  
     ― ピアジェの発達・教育観   
1 ピアジェの認知発達理論  
2 ピアジェ理論から導かれる大人・教育の役割  
3 子どもの能動性を重視する学習法  
4 行動主義的考え方とピアジェ的考え方の比較、  
  および併用の必要性  
  
第5章 子どもの能動性を考慮しつつ大人の働きかけを重視する発達・  
    学習・教育観 ― 認知心理学の立場  
1 知識の構成化の理論  
2 状況主義・状況的認知理論  
  
 第III部 道徳性・社会性の発達と教育  
  
第6章 大人主導の道徳性発達の考え方  
1 精神分析理論  
2 社会的学習理論  
3 日本の道徳教育への示唆  
  
第7章 道徳性の認知発達理論 ― 子どもの能動性を重視する立場  
1 ピアジェの道徳性発達の理論  
2 コールバーグ理論  
3 コールバーグ以後の理論と日本の教育への示唆  
  
第8章 道徳性・社会性の発達における大人の役割 ― 望ましくない行動  
    への対処  
   
 第IV部 自己学習を可能にするもの  
   
第9章 内発的動機づけ  
1 内発的動機づけ  
2 内発的動機づけに基づく学習  
第10章 自己効力感、有能感  
1 自己効力感、有能感  
2 原因帰属  
3 無力感の獲得  
4 現代青少年の無気力の原因  
5 無力感の克服  
  
第11章 メタ認知  
1 自己制御学習  
2 メタ認知  
3 メタ認知の育成  
  
おわりに  
  
文献   
索引  

 コラム
1-1 自主性の尊重と集団との軋轢
1-2 教育万能主義
2-1 SF映画『ガタカ』
2-2 野生児
2-3 隔離ザルの異常行動からの回復
2-4 社会的隔離児の発達遅滞とその回復
2-5 被虐待児の回復
2-6 刺激が剥奪された環境 ― クレーシュ
4-1 安定感と探索
4-2 モデリングによる能動的学習
4-3 フレネ学校での文字の学習
4-4 能動的な学び ―『学校』
4-5 ないところに応答的環境を作り出す
     ―『ライフ・イズ・ビューティフル
4-6 大人の指導の必要性 ―『リトル・ダンサー』
4-7 なぜ2人の少年は立ち直ったのか ―『学校U』
7-1 「好き放題」は楽しいか? ―『いやいやえん』の場合
7-2 少年の自治の結末
     ―『蝿の王』と『芽むしり 仔撃ち』の場合
7-3 『滝山コミューン1974』
7-4 なぜ掃除当番をしなくてはいけないのか?
7-5 『小さなテツガクシャたち』― 杉本治くんの例
8-1 父親による息子殺害事件
10-1 教室が私に未来を与えてくれた
10-2 『希望の国のエクソダス』―「希望だけがない」
     日本という国で生きる中学生たち
10-3 自己確認型の非行
10-4 高村智恵子と高村光太郎の場合
10-5 『エイブル able』― 知的障害者の達成
10-6 老人と少年の交流 ―『博士の愛した数式』と『夏の庭
10-7 老人ホーム入居者の健康度
10-8 『100万回生きたねこ』
10-9 ユダヤ人収容所での精神衛生実験
10-10 大河内くんの自殺
10-11 無条件の受容・肯定に支えられる ―『まゆみのマーチ』
11-1 村上春樹の執筆活動維持についてのメタ認知
11-2 いじめにどう対処するか ―『セッちゃん』


装幀=加藤俊二


はじめに


 教育心理学とはどういう学問か、なぜ学ぶ必要があるのか

 教育心理学とは、教育現象を心理学的に研究する実証科学である。つまり「学ぶとは何か」「教えるとは何か」「どのような働きかけにより発達・学習は起こるのか」というような問題について、心理学的に明らかにする学問である。他の実証科学と同様に、実験や調査から得られたデータに基づいて、実証可能な法則・理論を打ち立てようとしている。またその理論に基づいて、どうしたらよい教育ができるか、合理的な人間形成の方法を明らかにしようとする応用科学の側面ももっている。

 教育問題が社会問題化している今日、教育についての言説は至るところに溢れている。そして差し迫った問題も多いため、短絡的な解決が求められ、それに応じるように、ハウ・ツー式に答えようとする言説も多い。また「現在の子どもは〜が足りない」「〜を育てる必要がある」というように、教育に求められるものがスローガンとして声高に唱えられることも多い。

 それに対して、科学としての教育心理学は、教育現象を断片的・表面的・一面的にとらえて解決策を求めるのではなく、より体系的に、学習や発達がいかに起こるのかについての理論との関連のなかで、実証的・客観的に考えようとする。「思いやりのない子が増えている。思いやりのある子を育てよう」と、印象に基づいて漠然としたスローガンを唱えるのではなく、「思いやり」とは何か、その発達過程はどのようであり、その発達に関連する要因は何か、思いやり行動を引き起こす状況要因は何か等を、データに基づいて明らかにし、思いやりを育てるにはどのような経験を子どもに与えたらいいのかを客観的に考えるのである。

 教育は誰もが長いこと関与してきている問題であり、長い経験のなかで、各自が自分なりの教育観を形成している。その個人的経験からさまざまなことを語ることが可能であり、誰もが「教育」の「評論家」でありうる。しかし各自の印象に基づく体験論は教育を論じる出発点ではあるが、それを安易に一般化するのは問題である。それは1つの特殊な例にすぎないかもしれないし、思い込みの場合もあるだろう。個人的に得た感触をより客観的なものにする作業が必要なのである。その現象に関する他の見解についても理解し、自分の考えを全体的な理論のなかに位置づけてみて、その上で、もう一度自分の経験を見直し、自分の考えを相対化することによって教育観は深まると思われる。そのために、理論としての教育心理学を学ぶことが意味をもつ。

 教育を職業とする者は特に、そのようにして自分がもつ教育観をより客観的で妥当なものに鍛えていく必要がある。一方そのような作業は、教育のプロだけでなく、すべての大人に課せられた課題でもある。なぜなら自分の子どもや後輩、つまり次世代とかかわりをもつ大人は、何らかの意味で教育にかかわっているからである。そして生涯学習の時代である現代においては、次世代とのかかわりだけでなく、大人自身も生涯にわたって学習を続けねばならず、教育作用は常に身のまわりにあるのである。

 アメリカの心理学者E. H. エリクソンは成人期の発達課題は「生殖性 (generativity)」にあるとし、そこで培われる活力を「ケア(care; 世話、配慮)」であると指摘した。「生殖性」とは次の世代を育てることであるが、単に子どもを産み育てることだけでなく、お互いに働きかけ合い、相手の発達を促しながら、そのことにより自我の力を身につけていくことである。つまり大人は、広い意味で教育をすることにより、自分自身が発達していくのである。  また教育現象を客観的に考え直すことは、教育作用のなかで生きてきた自分をとらえ直すことでもある。今まで受けてきた長い教育とは何だったのか、教育のなかで自分は何を経験してきたのかをとらえ直すことは、次世代の育成にも、これからも成長を続ける自分にとっても、意味あることと考えられる。

 本書の概要

 本書では、どのような経験をするなかで、子どもは学習し発達するのかという問題と関連させながら、子どもの望ましい発達を促す教育とはどのようなものか、大人は子どもにどのように働きかけたらよいのかについて、さまざまな心理学上の理論に基づいて考えてみる。特に現代の青少年に必要とされている「自ら学び考える力」や「自律性」を育成するために、大人はどのように働きかけたらいいのかを、現代の教育の問題と関連させながら考える。

 「第I部 発達と教育」では、まず、本書のテーマである大人のかかわり方に関する2つの対照的な考え方 ―(1)大人が子どもを教え導いて、子どもの行動を形成していくという大人主導的なかかわり方と、(2)子どもの能動性・自主性を重視し、大人は子どもが自ら発達するのを援助するというあり方 ― を取り上げ、その2つの考え方が現代の教育の問題とどう関連しているのか、その概要を示す。その上で、子どもの発達にとって適切な環境を与えること=教育がいかに重要かを、発達初期に当たり前の環境が与えられなかった事例を通して示し、一方で、その初期経験の効果がその後の経験によって変わりうるのかをめぐって、人間における発達の可塑性=教育の可能性について論じる。

 「第II部 発達・学習のとらえ方と教育の方法」では、第1章で述べた子どもの発達・学習に関する2つの異なった考え方、そして認知心理学的な考え方および発達や学習は他者や環境との関係性のなかで起こることを重視する考え方について、理論的背景や人間観・発達観も含めて論じ、そこから導き出される教育の方法と、それらが現代の教育に対してもつ意味を考える。

 「第III部 道徳性・社会性の発達と教育」では、 第U部が主として知的領域 ― 教科指導に関する問題 ― を扱ったのに対し、道徳性や社会性に関する発達と教育について考える。大人のかかわり方に関して異なった方法を提唱している理論や考え方を取り上げて論じ、さらに大人は子どもの望ましくない行動にどう対処したらいいのか、子どもの能動性・主体性を尊重しつつ望ましくない行動を変えていくにはどうしたらいいかについて考える。

 「IV部 自己学習を可能にするもの」では、 自ら学ぶことに必要なものとして、内発的動機づけや自己効力感、メタ認知について述べ、またそれらがうまく機能しない子どもにどう対処したらよいかについて、無力感を中心に考えてみる。

 教育心理学の本は数多いが、本書の特徴は、(1)大人がどうかかわったらいいのかという観点を明確に打ち出していること、(2)理論的な問題や実証的なデータと共に、小説や映画(DVD)を事例として取り上げていることである。教育心理学が明らかにしてきたことが、優れた小説や映画のなかで情緒豊かに描かれていることがしばしばあるので、それらをコラムとして取り上げてみた。また時に、社会的事件についても取り上げた。理論的・実証的な研究に基づく学習だけでなく、印象的な事例を参照することにより、理解が深まるのではないかと思う。

 本書が教職を目指す人のためのテキストとしてだけでなく、より広く、人間の発達に援助的なかかわりをもとうとする人にも、役にたつことができれば幸いである。