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青柳悦子 著


デリダで読む『千夜一夜』
――文学と範例性


A5判616頁

定価:本体6400円+税

発売日 09.5.29

ISBN 978-4-7885-1159-0


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◆デリダがこんなにわかっていいのかしら?◆

ワードマップ『現代文学理論』『文学理論のプラクティス』などにおいて、難解な現代文学理論を鮮やかに料理した著者ですが、本書のもとになった博士論文の審査会では、「デリダがこんなにわかっていいのかしら?」と驚嘆され、本になれば「定番のデリダ再入門になるであろう」と言われたそうです。本書は、単独性と一般性の結節点である範例性(「例」に由来する)という単純なキイ概念を手がかりにデリダ思想の本質を解き明かし、さらにその分析手法が西洋文学だけでなく、東洋の『千夜一夜物語』の読みにも有効であることを示したものです。デリダ再入門としてだけでなく、アラビアンナイト論としても抜群の面白さです。著者はつくば大学教授。

デリダで読む「千夜一夜」 目次

デリダで読む「千夜一夜」 訳者あとがき

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◆デリダで読む『千夜一夜』 目次

序章
第一節 本書の目的と問題設定
第二節 先行研究と本書の位置づけ

第T部 ジャック・デリダにおける「範例性」の概念と「文学」
はじめに デリダの思想”と「文学」と「範例性」
第一章 「範例性」概念の展開
第一節 「例」の問題性
第二節 「模範的な」あり方の特権性と「法」
1 『弔鐘』――神という最良にして唯一無二の例
2 「パレルゴン」――判断の補助車としての「例」
3 「予断――法の前に」――特殊例と一般例の決定不可能性
第三節 特個性と普遍性の接合に向けて
1 『ユリシーズ グラモフォン』――過剰記憶と自己例証機能
2 「文学と呼ばれるこの奇妙な制度」――文学の「範例性」
第四節 「範例性」の構造
1 『パッション』――アポリアのメカニズムとしての「範例性」
2 『滞留』――生の原理としての「範例性」

第二章 「自己」の「範例性」
第一節 「無」の「究極例」の究極的な価値――『シニェポンジュ』
1 反=詩としてのポンジュ
2 「物」と特個性の力――外部へ向けて
3 「スポンジタオル」と「無」の例
4 「非=絶対」詩
第二節 「一」の反復可能性――『シボレート』
1 「日付」システムにおける「一」の強化と超脱
2 単数的かつ複数的な存在の可能性
3 出来事の「非=場」
4 自己への非=回帰
第三節 自己例証化の陥穽――『他の岬』における自己選別批判
1 岬=頂点と自己選別
2 〈範例主義的な〉論理
3 「特個性の詩学」?
第四節 特個的な自己をいかに語るか――『他者の一言語使用』
1 自己を語る困難――自分という例を前にして
2 自己の通約不可能性
3 デリダと西欧中心主義
第三章 虚構文学の「範例性」
第一節 「秘密の文学」――自他の反射的結合の場としての虚構文学
1 文学と「言おうとしない」こと
2 カフカ「父への手紙」にみる自律性と他律性の凝着――鏡像反射的同一化
3 赦しの懇請――自他の無限反射
4 文学における自律性と他律性の結合
5 不可能な系譜――文学におけるつながりなきつながり
第二節 「死を与える」――人間存在の「範例性」と「文学」
1 近現代社会における特個性の回復――出発点として
2 自己の特個性から、他者への開かれへ
3 他者の特個性から、普遍性への開かれへ
4 そのつど新たなやり直し
5 非主体性の場における主体性
第三節 虚構=文学の「範例性」――「タイプライターのリボン」まで
1 嘘と盗みの開く文学の可能性――初期アルトー論から『滞留』へ
2 偽証文学としてのルソーの「範例性」――「タイプライターのリボン」
3 出来事とマシンの両立
4 生の哲学としての「範例性」の思考
第T部のまとめ 「範例性」議論の位置づけとデリダの「文学」観

第U部 現代的テクストとしての『千夜一夜』――文学における「範例性」のモデルとして
はじめに 『千夜一夜』と文学研究
第四章 『千夜一夜』の生成過程と本質的可変性
第一節 作品の生成過程
1 「起源」の不在
2 反復される「完成」
第二節 編纂というテクスト生産活動
1 第二次の文学の場としての『千夜一夜』
2 印刷本の登場と(不可能な)正典化
3 収集編纂にみる反オリジナリティの原理
第三節 移動する作品

第五章 『千夜一夜』の越境性――離接的テクストとして
第一節 テクストの離接的構造
1 作品の「境界」の消失
2 入れ子構造と異世界への接続
3 教訓性の無効化
第二節 物語テクストのハイブリッド化
1 転調による物語展開
2 通時性のテクスト化と離接の構造
3 語る主体の範例化
第三節 ジャンルの越境
1 文化的位階の越境
2 口誦性と書記性の越境的な混淆
3 多元的喚起力――さまざまな芸術ジャンルへのアダプテーション

第六章 『千夜一夜』の汎=反復性――テクスト構成原理としての「範例性」
第一節 反復に対するこれまでの評価――否定的評価の伝統
第二節 表現の反復
1 夜の切れ目における反復――象徴的用法
2 ストック・デスクリプション――特個化と類例化
3 人物の反復
第三節 内容における反復
1 頻繁に使われるモチーフ
2 対の物語
3 パロディ的連関をなす小話群
4 『千夜一夜』の構成原理としての反復性
5 『千夜一夜』の外部との反復性

第七章 『千夜一夜』における範例的主体像――「非=知」と受動性
第一節 海のシンドバードにみる『千夜一夜』の主人公像
1 人喰い巨人の共通モチーフ
2 知のヒーローとしてのオデュッセウス
3 痴愚の代表シンドバード
第二節 『千夜一夜』における無能力者の系譜――その歴史的変化
1 古層の物語――寝取られ亭主たちの無力
2 増殖する無能な主人公たち

3 女性と知――無能主人公の脇役として
4 さまざまな民衆文学にみる主人公たち
第三節 非実体論的存在観――『千夜一夜』とイスラームの認識論
1 『千夜一夜』とイスラーム
2 イスラームにおける非連続的世界観
3 因果論の否定――ガザーリー
4 スーフィーズムにおける存在顕現の哲学
5 非実体論から肯定の思想へ
第U部のまとめ 『千夜一夜』と「範例性」

終章 デリダと『千夜一夜』
あとがき 
註 
資料 
1 『千夜一夜』収録話タイトル一覧 
2 『千夜一夜』生成過程略年表 
文献一覧 
事項索引 
固有名詞索引 

◆デリダで読む「千夜一夜」 訳者あとがき
あとがき
 本書のタイトル『デリダで読む「千夜一夜」』を目にして、多くの方が奇異の念を覚えられたのではないだろうか。現代思想の最先端を走り続けたフランスの哲学者ジャック・デリダと、アラブ世界のおとぎ話集として広く親しまれている通称『アラビアン・ナイト』(日本では『千夜一夜物語』と称されることも多い)が一体どう結びつくのか、怪訝に思うのが当然であろう。私自身、こうしたかたちで自分の研究を展開させ、まとめることになろうとは予期していなかった。しかし本書は、「文学」というものを――その魅力のありかと可能性を――私なりに真剣に問い直そうとする試みのなかから生み出されてきたものとしてある。

 私が『千夜一夜』とつきあい始めたのは、十年ほど前に当時、東京外国語大学アジア・アフリカ研究所の教員であった西尾哲夫氏から、『千夜一夜』関連のプロジェクトに誘われたのがきっかけである。最初はこの作品になんの興味も抱いていなかったのだが、しぶしぶ発表などをさせられているうちに、文学特有の論理とは何かを考えようとする自分にとって『千夜一夜』は重要な文学素材であるかもしれない、と感じだした。それで『千夜一夜』にまつわる勉強を少しずつやり始めてみた。とはいえ私はなんといってもアラブ文学の門外漢であるし、理論的研究が対象とする素材として『千夜一夜』がどこまで有効なのか、つねに不安を抱きながらの作業であった。そのうちに、自分がこれまで漠然と考えてきた「文学」の「特質」の多くを、やはり『千夜一夜』は帯びているという確信が徐々に生まれ、それまでごく曖昧にしかつかんでいなかったデリダの文学観と『千夜一夜』が呼応していることを直感して、『千夜一夜』関連の勉強を続けると同時に、真剣にデリダを読み直す作業を始めた。そのなかで見えてきたのが、本書の中心概念にもなった「範例性」だったのである。

 右に述べたように、本書の研究は手探りで、おそるおそる展開してきたものにほかならない。未熟な点は無数にあるだろうし、たくさんの不備を含んでいるだろう。しかし本書が、それを書いてきた私にとって冒険だったのと同様に、これを読んでくださる読者の方々にとっても、なにかしら新しい発見をもたらし、新鮮な視界が拓けるような場になってくれたらと願っている。現代文学理論とアラブ民衆文学という、あまりにもかけ離れた二つの文学領域を扱う本書の全体を、とりあえず読みぬいて下さる読者の方がどれだけいるかわからない。しかし、たとえ一部分でも、本書の考察を楽しみ、一緒に文学や人間のあり方についてお考えいただけるなら、これ以上の喜びはない。
  
 本書は、筑波大学人文社会科学研究科に提出し、二〇〇七年一二月に博士(文学)の学位を授与された博士論文『文学と範例性――デリダの文学観と「千夜一夜」の現代性』をもとにしている。博士論文の審査にあたってくださった筑波大学人文社会科学研究科所属(当時)の荒木正純先生(現、白百合女子大学教授)、齋藤一先生、平石典子先生、小川美登里先生、そして国立民族学博物館研究部教授西尾哲夫先生には、記して感謝したい。この博士論文のうちの一章(第七章「『千夜一夜』における物語行為――語る主体の範例化」)は、『千夜一夜』のテクストにみられる物語叙述の特徴を、アラビア語原文を添えてかなり詳しく分析したのもので、刊行書に収めるにはやや議論が詳細すぎると考え、全体の分量も考慮して割愛した。また巻末資料として、『千夜一夜』のアラビア語印刷本の一つ「カルカッタ第二版」のテクストで収録話の切れ目がどのように記されているかを一覧にしたリストを博士論文には添えたが、これも本書では省いた。ほかに、より読みやすいように記述を改めた箇所が多くある。

 さきに触れたように、私が『千夜一夜』に取り組むことになったのは、ほぼ十年前に、文学理論の専門家としてこの作品をめぐる研究グループに招かれたのが発端であった。それから今日までの間に、西尾先生が代表者を務める以下のプロジェクトに参加させていただいた。東京外国語大学共同研究「物語と民衆世界――アラビアン・ナイトの生態学」(一九九九年)、国立民族学博物館共同研究「アラビアン・ナイトの比較文明学――共鳴する東洋と西洋」(二〇〇一―〇三年)、文部科学省科学研究費基盤研究(A)「欧米・日本におけるアラビアンナイトの受容と中東イスラム世界イメージ形成」(二〇〇二―〇五年)、同基盤研究(S)「アラビアンナイトの形成過程とオリエンタリズム的文学空間創出メカニズムの解明」(二〇〇六―一〇年〔予定〕)。本書はこれらの研究課題の成果の一部である。

 私事になるが本書が私にとっては、初めて単独で書いた著作となる。最初の単著を、大学時代・大学院時代を通じて私を育ててくださった恩師、花輪光先生に捧げる日がいつか来ることを待ち望んできた。それがこんなにも遅くなってしまったが、あらゆる感謝を込めて、この書を亡き先生に捧げたい。  また、数々の助言を与えるとともに、編集・校正の多大な作業を担ってくださった新曜社編集部の渦岡謙一氏に感謝したい。学位論文を渦岡氏のもとで著書にするという筆者の念願が叶ったことを喜んでいる。

 私のすべての友人と、日々、私を支えてくれている夫、加賀信広に深い感謝を込めて。
  
  二〇〇九年四月   青柳 悦子