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大石繁宏 著


幸せを科学する
――心理学からわかったこと


四六判238頁

定価:本体2400円+税

発売日 09.6.01

ISBN 978-4-7885-1154-5


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◆幸せの条件を探る心理学の冒険!◆

誰しも、幸せになりたいと願っています。幸せは人間にとって永遠の課題なので、幸せに関する本もたくさん出版されていますが、ほとんどは哲学者や宗教家、小説家によるものです。心理学の実証的な研究にもとづく幸せについての本はありませんでした。従来の心理学では、幸福感といった主観的なことがらは研究対象として認められなかったからですが、近年になって研究方法が進歩するとともに、人々にとって重要なことがらを研究することが重要視されるようになり、幸せに関する研究も一挙に進みました。この本を読めばすぐ幸せになれるほど人生は甘くありませんが、しかし、幸せへのヒントはたくさん詰まっています。著者は、アメリカ、ヴァージニア大学准教授。

幸せを科学する 目次

幸せを科学する はじめに

幸せを科学する あとがき

◆書評

2009年8月2日、朝日新聞、廣井良典氏評

2009年8月27日、読売新聞

2010年1月27日、読売新聞、白水忠隆氏評

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◆幸せを科学する 目次
目  次

はじめに

第1章 幸せと理想の人生
幸福とは?
幸福観の文化差
第2章 幸せとは何か?――西洋哲学の考え方
アリストテレスの理論
その他のギリシャ哲学
第3章 幸せとは何か?――東洋哲学の考え方
孔子
仏教
第4章 文化と幸せ――文化心理学からの視点
文化と人間の本質
理想の人間像
協調性と幸福感
文化と対人関係
幸せは、人に見せるもの?
幸福感の記憶
文化と幸福感――まとめ
第5章 幸せをどう測るのか?
人生の満足度得点
満足度尺度の信頼性
満足度尺度の妥当性
自己報告の問題点
人生の満足度の測定と文化差

第6章 幸せの自己評価過程
何が自己評価に影響を与えるのか?
昔は良かった?
自己の成長
アクセス可能性
満足度の判断のスピード
感情経験の記憶
満足度の判断はトップダウンか、
       それともボトムアップか?

第7章 経済と幸福感
お金と幸せ
社会階級と幸せ
家のある人は幸せ?
所有物と幸せ
第8章 運と幸福感
適応能力
どう悲劇から立ち直るか?
悲劇への適応の個人差――運と遺伝子
第9章 結婚と幸福感
何が結婚生活の満足度を予測するか?
愛は盲目?
夫婦の満足感
夫婦のコミュニケーション
満足度の衰退

第10章 友人関係と幸福感
幸せの進化論
「浅く広い」関係の強み
友人関係の性差、文化差、個人差

第11章 性格と幸福感
幸せは遺伝?
性格と幸福感
目標達成と幸せ
一貫性と幸福感
他人との比較は、幸福の毒
知覚と幸福感
チョイスと幸福感
感謝の気持ち

第12章 幸せになるための介入
感謝介入法
満喫すること
その他の幸せ介入法
幸せ介入――今後の課題
幸せになる薬?
第13章 幸せの効用?
幸せは役に立つのか?
幸せな人は稼ぐ?
幸せは結婚を呼ぶ?
幸せが健康へ?
幸せが長生きの秘訣?

第14章 最適な幸福度とは?
幸福感と学業成績
幸福感と対人関係
将来の年収が最も高い幸福度とは?
将来の恋愛関係に最適な幸福度とは?

第15章 幸せな社会とは?
理想の社会を求めて
幸せな国はどこ?
幸せな国の特徴
うまく機能しているコミュニティとは?

おわりに

事項索引
人名索引


装幀=難波園子

幸せを科学する はじめに
 誰かに「あなたは幸せですか? 自分の人生に満足していますか?」と聞かれたら、あなたはどう答えるだろうか。もし答えが「ノー」であれば、次の質問はどうだろう。「あなたは幸せになりたいですか?満足できる人生を送りたいですか?」ほとんどの人の答えは「もちろんイエス」なのではないだろうか。幸せになりたいという欲求は、今や現代人にとって、お金持ちになりたいとか綺麗になりたいということと同等、あるいはそれ以上と言えるかもしれない。  幸せは人間にとって永遠の課題であり、紀元前4世紀のアリストテレス以来、さまざまな哲学者や宗教家、小説家によって探求されてきた。事実、今日書店で目にする幸せに関する本のほとんどは、哲学者、宗教家、あるいは小説家やエッセイストによるものである。なぜ、心理学者によって書かれた、実証研究に基づく幸せについての本が少ないのだろうか?

 心理学は、人の心を実証的に研究する学問であり、心理学者は人間にとって重要なさまざまな問題を追い続けてきた。たとえば、言葉はどのようにして獲得されるのかといった言語発達の問題であったり、なぜあることは何年も覚えていられるのに、週末に何をしたかはすぐに忘れてしまうのかといった記憶の問題であったり、毎日のぼる駅の階段がなぜ疲れている時にはけわしく見えるのかという視覚の問題である。心理学が大学の学問として認められて1 0 0年以上たつのだから、何が幸せか、誰が幸せか、どうすれば幸せになれるのかという人間の永遠のテーマについてのさまざまな実証的データが長年蓄積していても不思議ではない。

 ところが、心理学では幸せという問題は、つい30年ほど前まで、研究に値するような現象とは見做されていなかった。たとえば、1948年にハーバード大学のヘンリー・マレーとクライド・クラックホーンは、 有名な『自然と社会と文化のなかの人格』という本の冒頭で次のようなことを言っている。「さまざまな目標のなかでも、幸せが唯一理性的な目標であるというアリストテレスの断言は論破されたためしがないが、にもかかわらず、これまでに幸せについての心理学を開拓しようとした科学者はいない。」というのも、マレーとクラックホーンによれば、幸福は規定不可能な概念だからだそうだ。つまり、幸せをどう定義し、どう測定したらよいのかは、さまざまな潜在欲求を測定することに成功した天才心理学者ヘンリー・マレーにとってすら不可能だと考えられていたのだ。1920年代から1940年代にかけてのアメリカ心理学は、行動主義の影響が強く、客観的行動に現れる変数しか研究対象としないという極端な科学思想が強かった。当時は、主観的な概念の代表とも言える幸福感は、心理学者が扱うべき概念ではないと考えられていたようである。

 時は移り、アメリカ心理学界でも1960年代に入って行動主義の勢力が弱まり、人間の世界の受け取り方を研究しようとする認知革命を経て、1980年代から感情や幸福感や愛といった主観的な概念が、徐々に研究対象として認められるようになってきた。これもひとつには、それまでの心理学があまりにも科学の一分野として認められることに精一杯で、実験主義を貫き通し、実験の精緻にこだわりすぎたことへの反動と反省があったからだろう。その頃から、研究対象の現象としての面白さや日常生活との関連性も徐々に重要視されるようになり、過去30年で幸せに関する実証研究が一挙に拡大した。また、心理学者は文化という問題に正面から取り組んでこなかったが、過去20年にこの傾向も一転し、今や文化は社会心理学で最も人気の高いトピックのひとつとなった。

 この本では、それらの成果を心理学者や心理学専攻の学生だけではなく、一般の読者にもわかりやすいようにまとめたつもりである。もちろん、最初から最後まで全部読んでいただくに越したことはないが、この本は読者の関心がある章だけを読んでいただいても理解できるように書いてあるので、関心のトピックがお金と幸せとの関係や恋愛と幸せとの関係などに限られている方は、第7章以降だけを読んでいただいても構わない。ただし、幸せに関する心理学的な専門的知識を身につけたい、またその背景にある概念的問題や方法論的な問題も理解したいと望む方には、最初の6章も是非読んでいただきたい。また、これは欲張り過ぎかもしれないが、クラシックな著名論文から最近の動向を示すような論文まで幅広い文献を引用し、大学院のセミナーの教科書としても使っていただけるように書いたつもりである。いずれにせよ、日本での幸せ研究の発展に少しでも貢献できればと願っている。

◆幸せを科学する あとがき
おわりに

 本書の冒頭の引用にもあるように、紀元前4世紀のギリシャの哲学者アリストテレスは、その著書『ニコマコス倫理学』で幸福について正面から議論した。そのため最初の幸福学者だったと言われる[1]。その後、約2400年にわたって、さまざまな哲学者、思想家たちの間で盛んに幸福について議論されてきた。このことからも、幸福とは何かが西洋思想史上最も重要なテーマのひとつであったことは確かである[2]。にもかかわらず、幸福感についての本格的な実証研究が始まったのは1980年代初頭に過ぎない。なぜ、2400年にもわたり、実証的に研究する取り組みが行われなかったのだろうか?

 心理学における幸福感研究の第一人者は、私のイリノイ大学の大学院時代のアドバイザーでもあるエド・ディーナー教授だが、彼によれば1970年代までは、幸せは実証的に研究できるようなトピックとは見なされていなかったそうだ。それは、「神は存在するか」といった哲学的な問題と同類だと見なされており、そのような問題に取り組んでも時間の無駄だと思われていたらしい。ディーナー教授は、心理学の一流雑誌に論文を載せ続けていたにもかかわらず、幸せを研究していたことが理由で准教授から教授への昇進に同期より2年ほど長くかかったというのも、今からすると驚きの話である。1990年代に入るまで、幸福感の研究は正当な研究課題とは見られていなかったのだ。

 2002年に経済学でノーベル賞を受賞した心理学者のダニエル・カーネマン教授が1990年初頭から幸福感の研究に加わったのは、その点でも幸福感の研究を正統化するはずみとなった。この本では、過去30年間に及ぶ実証心理学における幸福感の研究の成果を振り返ってみたが、ほとんど白紙の状態から始まったにもかかわらず、幸福感についての知識はこの間に急激に深まってきた。これも、幸福感に関心を持つ心理学者が増えたからであろう。私が博士課程を始めた1995年当時と比べても、現在アメリカ心理学界で幸福研究をしている人の多さには驚かされてしまう。10年ほど前まで、「幸せ研究をしてるなんて珍しいね」とよく言われたものであるが、今では、「あなたも幸せ研究をしてるのね」と言われるくらいである。

 これまで、ミネソタ大学とヴァージニア大学の大学院で幸福感のセミナーを何度も教えてきたし、個人的な研究の焦点も常に幸福感にあったので、このトピックについては熟知していたはずであるが、この本を書いて改めて感じたことは、まず第一に、心理学って捨てたもんじゃないなあということだった。普段は心理学の限界を感じる機会も多いが、哲学者や政治思想家が数千年にわたって議論してきた複雑な問題を、心理学がこうやって実証可能にしたのであるから(もちろん、社会学もそうであるが、心理学の手法は脳や表情など多岐にわたり、社会学より幅広い分、貢献度も大きい気がする)、その点には、私自身改めて感心させられた。読者の方々にも、心理学という学問が幸福感という複雑な問題に実証的にアプローチし、その理解を深めていることを知っていただければ幸いである。

 また、心理学者の研究は個人に焦点を合わせがちだが、幸福感の研究では、個人の幸福感の予測要因にとどまらず、幸福の利点[3]、最適な幸福度[4]、また幸福な社会[5]という幅広い社会的問題まで、実証的な研究が行われてきた。実際、プリンストン大学のダニエル・カーネマン教授、イリノイ大学のエド・ディーナー教授、そしてペンシルバニア大学のマーチン・セリグマン教授という心理学界の超大物たちが、揃って近年、GNPに対応するような国民の幸福感の指標作りに政治家が取り組むべきだという論文を発表し[6]、アメリカだけでなく、世界各国で注目を浴びているのも興味深い。幸せは、個人の目標だけではなく、社会の目標でもありえるのだ。

 幸福感は、伝統的には哲学、心理学、社会学で取り扱われることが多かったが、今や多くの経済学者や政治学者もこのトピックに注目し、興味深い研究を行っている。もし、5年後、10年後にもう一度幸福感についての実証的研究成果をまとめる機会があれば、今度は実証「心理学」的検証ではなく、実証「社会科学」的検証になるであろう。その意味でも、この本が日本でも注目を浴び始めている幸福感研究に、日本の経済学者、政治学者の参加を促し、拍車をかける一助になればと願っている。