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山 泰幸 著


追憶する社会
――神と死霊の表象史


四六判232頁

定価:本体2200円+税

発売日 09.4.30

ISBN 978-4-7885-1150-7


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◆伝説はいかに生成するか◆

貨幣経済の浸透によって民俗社会は解体したかというと、けしてそうで はありません。江戸期から異人殺しの昔話や伝説が各地で語られ、さま ざまなバリエーションが生まれたことに、著者は注目します。神や死者 の霊という観念は近代化によって破棄されるのではなく、死霊の伝説、 フォークロアを取り込むことで近代社会は再編成され、現在もそれが続 いていると説きます。このような「追憶する社会」の起源を探ることは、 「千の風になって」「おくりびと」のヒットに表れているように、死者 の霊を慰め、その思いを抱えて生きる私たちの〈生〉の現在を映し出し てくれます。

追憶する社会 目次

追憶する社会 まえがき より

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◆追憶する社会 目次
目次

第1章 「神殺し」の記憶―外来者のフォークロアをめぐって
   1 神秘的な外来者
   2 「森」からの外来者
   3 「神殺し」をめぐるフォークロア
   4 殺される神々
   5 もう一つの「神殺し」

 第2章 来訪する神――昔話「笠地蔵」をめぐって
   1 貨幣と民俗学
   2 昔話「笠地蔵」の基本構造
   3 民俗学的貨幣論の方法
   4 昔話「笠地蔵」のなかの「価値形態論」
   5 民俗社会の変容とフォークロア

第3章 神から貨幣へ――異人殺し伝説の生成
   1 貨幣と「他者」
   2 贈与交換の「神話」と「他者」 
   3 贈与交換の「神話」の変容
   4 貨幣の成立と異人殺し
   5 貨幣の民俗学にむけて

 第4章 異人から死霊へ――異人自殺伝説の生成 
   1 「死霊」を祀る
   2 「異人自殺」伝説
     資料 糸島伝説
 
 第5章 死霊は語る――あの世の表象史
   1 悪霊祓いの儀礼―『幽顕問答鈔』の分析
   2 憑依霊との問答
   3 方法の検討
   4 思想史的文脈

 第6章 記憶の発掘――古墳伝説論
   1 視線の転換
   2 空間の生産
   3 歴史の表象

 第7章 神になった偉人――人物記念と地域表象
   1 記憶への関心
   2 本居宣長とは
   3 遺蹟めぐり―歴史的遺産と地域の歴史イメージの制作
   4 二つの墓と遺言書―記憶の制御
   5 人物記念装置―神社から記念館へ
   6 「松阪の一夜」の記憶―近代の教育神話
   7 死者の記憶という視座

 第8章 再生する伝説――民話の再発見と地域づくり
   1 民話の再発見
   2 猿退治伝説の読み方
   3 再生する民話
   4 歴史と伝説の論理
   5 猿退治伝説の再生の背景

 あとがき
 参考文献


◆「まえがき」より
まえがき
 「千の風になって」のブームにも現れているように、現代社会は、亡くなった身近な死者に対する生者の思いが強く意識される時代を迎えている。もちろん、歴史学や人類学の成果が明らかにしているように、古今東西を問わず、死者(の霊)に対する信仰とそれにともなう感情は普遍的に見られる。しかし現代社会は、残された者たちの深い悲しみの感情が個々人の内面に閉じ込められることなく表面化し、さらには、繊細なケアが求められる対象として認知されるようになっている。

 フランスの社会学者マルセル・モースは、共同体成立の根底に、生者と死者(の霊)との原初の交換を見る。ここでいう交換とは、神々や死者(の霊)からの恵みと、それに対する生者からの儀礼的な返礼を指しているが、それは物質的な交換だけでなく、同時に畏怖や感謝の念など精神的な交換である。とくに重要なのは、生者と死者との原初の交換を根拠として、共同体の外の存在である他者、すなわち外来者である異人との交換が可能になる点である(Mauss 1968=1973)。

 以上のような、死者(の霊)といった不可視の存在への想像力に支えられた社会秩序のあり方を、社会学者の荻野昌弘は、「追憶の秩序」と名づける。  追憶の秩序とは、資本主義システム形成の契機になった変化を明らかにするという、荻野が設定した課題を遂行するための理論モデルであり、商品経済が共同体内部に拡大することを制約する共同体の習俗の秩序を意味している。追憶の秩序は、共同体の成員と同一性をもちながら、どこか異質な存在である「両義的な他者」(たとえば商人)が、共同体内部で活動することを制約する。そして、共同体の危機に際して、こうした他者をスケープ・ゴートにすることで解決を図る排除のメカニズムを備えている。共同体が語り伝えてきた異人にまつわる陰惨な伝説の数々には、その痕跡が刻まれている。荻野によれば、資本主義システムが可能になるためには、追憶の秩序が崩壊し、両義的な他者の存在を受容する社会秩序、すなわち近代社会の成立が要請される。その契機となった変化が、「他者像の構成」であるという。荻野は、以上のような観点から、他者像の構成過程を詳細に明らかにする(荻野1998)。

 近代社会の成立には、他者像の構成とともに、もう一つの重要な契機があったと本書は考える。それは、死者の表象という契機である。近代社会は、追憶の秩序を破棄するのではなく、むしろ積極的に再編成し、死者に関する言説やイメージ、記憶や情念を取り込むことで成立する「追憶する社会」なのである。

 本書は、死者を追憶する社会としての近代社会の起源を探ることをめざしている。しかし、これはたんなる過去の問題ではない。国民国家と強力に結びついた死者の追憶から、「千の風になって」のブームに見られるような、個々人の私的な感情に結びついた死者の追憶が前景化する時代へ、現代社会は新たな展開を迎えている。追憶する社会は、現在進行形のまさしく現代的な問題なのである。追憶する社会の成立過程を辿ることは、死者への思いを抱えながら生きていかざるを得ない、私たちの〈生〉の現在を知ることにつながるだろう。