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日本質的心理学会 編

『質的心理学研究 第8号』  
――特集 地域・文化間交流――フィールドを繋ぐ質的心理学


B5判144頁

定価:本体2200円+税

発売日 09.3.20

ISBN 978-4-7885-1146-0






◆既存のフレームを超えた学問へ◆

質的研究の特徴のひとつに、特定の現場・フィールドに密着してローカルな知 を深く探求し、厚く記述する、という方向性があります。そうした姿勢に対し ては、知の一般化への志向性に欠けるのではないか、といった批判が根強く存 在するのも事実です。今号の特集は、個別のフィールドから生まれた知を広く 開かれたものとするために、固有の地域性・文化性を尊重しつつ複数のフィー ルドをつないでいく取り組みや、そうした試みを支える理論的・方法的基盤の 確立をめざすものです。ほかに〈一般論文〉2本を掲載。〈書評特集〉は、 「身体性と質的研究」をテーマに5人の評者が独自の切り口で自在に語ります。

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目 次

巻頭言  麻生 武「心理学の拡張としての質的心理学,その新たな拡張へ」

特集:地域・文化間交流――フィールドを繋ぐ質的心理学
(責任編集委員:矢守克也・伊藤哲司)

菅野幸恵・北上田源・実川悠太・伊藤哲司・やまだようこ
過去の出来事を“語り継ぐ”ということ

やまだようこ・山田千積
対話的場所(トポス)モデル
――多様な場所と時間をむすぶクロノトポス・モデル

伊藤哲司・矢守克也
「インターローカリティ」をめぐる往復書簡

矢守克也
「書簡体論文」の可能性と課題


一般論文
奥田紗史美・岡本祐子
摂食障害傾向のある青年の拒食と過食の心理的意味と変容プロセス
―― 非臨床群の語りによる分析

柴坂寿子・倉持清美
幼稚園クラス集団におけるお弁当時間の共有ルーティン
―― 仲間文化の形成と変化


BOOK REVIEW

《書評特集》身体性と質的研究
特集にあたって(小島康次)
特異な治療者の身体の意味──ミルトン・エリクソンから考える(評:福島真人)
J. K. ザイグ & W. M. ムニオン(著),中野善行・虫明修(訳)『ミルトン・エリクソン──その生涯と治療技法』
心の身体性について(評:月本 洋)
M. ジョンソン(著),菅野盾樹・中村雅之(訳)『心のなかの身体──想像力へのパラダイム転換』
「アフォーダンス」――知覚的に同定された質――の発見(評:三嶋博之)
J. Pittenger, E. S. Reed, M. Kim, & L. Best (Eds.).“The Purple Perils: A selection of James J. Gibson's unpublished essays on the psychology of perception.”
「体験的知識」を伝えるインタビュー記録(評:高橋 都)
牛山武久・古谷健一・道木恭子・吉永真理(編著)『私もママになる!──脊髄損傷女性の出産と育児』
リアルの身体と想像の身体(評:宮崎清孝)
K. スタニスラフスキー(著),岩田貴・堀江新二・浦雅春・安達紀子(訳)『俳優の仕事──俳優教育システム 第1部』
K. スタニスラフスキー(著),堀江新二・岩田貴・安達紀子(訳)『俳優の仕事──俳優教育システム 第2部』

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『質的心理学研究』第8号 巻頭言

   心理学の拡張としての質的心理学,その新たな拡張へ


   質的心理学とは何か,私はきわめて単純に考えている。19世紀末のドイツにおいて,ヴントによって実験心理学が誕生した。ヴントは民族心理学の研究も行ったが,主流派心理学の中で継承され発展していったのは,アメリカに輸入された実験心理学の方だった。その背景にあったのは,物理学をモデルとして心理学を自然科学の一部門として確立しようとする時代精神であった。20世紀初頭アメリカに行動主義心理学が誕生するや,アメリカの経済的発展,軍事的な覇権の確立とあいまって,第二次世界大戦後,その還元主義的,機械論的な心理学が全世界を覆いつくすことになった。

 ところが,1980年代頃から心理学に大きな変化が生じた。心理学はハードサイエンスたることに根本的に挫折したのである。結局,行動主義心理学は一度も自然科学たりえず,自然科学主義というイデオロギーを振りかざしていただけのことになったと言える。長年,哲学や人文科学を「科学的ではない」「単なるお話にすぎない」と排除してきた行動主義的心理学がその支配力を失ったことは大きな事件であった。心理学を,人文科学や哲学や歴史学から隔てていた言わばベルリンの壁が崩壊したのである。その日から,あらゆる学問が心理学に浸透してくる今日に至る状況が生まれたといってよい。私は,質的心理学とはそのような新しい状況に誕生した,「拡張された心理学」であると思っている。現在もなお,質的心理学には境界領域の諸学問や,新しい研究フィールドや問題意識が怒濤のように流入し続けている。まだ,その流入の勢いに衰えは感じられない。このことは,今年度筑波大学で行われた日本質的心理学会第5回大会における発表からも理解できる。そこには他学会に見られない独特の学際的な雰囲気があった。

 21世紀,諸学問を分け隔てていた壁がほとんど消えかかっている。解放空間が生まれているのである。諸学問のカーニヴァル的状況が出現している。この場は,限りなく自由で創造的な力を発揮できる場であるが,恐ろしい場でもある。それは,ここでは「(私は)質的心理学研究者である」ということばが,単に「研究者である」という意味しか持たず,自己の帰属を示すことばとして機能しないからである。もはや,既存のフレームに従って自動的に心理学の研究ができる状況ではなくなっている。自分の力で「問題意識」「研究対象」を見出し,それにふさわしい「研究方法」「分析方法」を自分で見出していかなければならない。エンゲストロームのことばで言えば,私たちはスプリングボードの上にいるのである。これは,創造への飛躍の前段階であると言えるだろう。ぜひ,このダブルバインド的状況を楽しんでいただきたい。

編集委員長  麻生 武