◆目次
はじめに ヒトはなぜ笑うのか 木村洋二
0 笑いの統一理論 木村洋二
I 笑いの文化を探求する
1 笑いの花咲く国へ――笑いの東西文明論序説 森下伸也
2 笑いと「純粋経験」 井上 宏
コラム ギャグとユーモア 竹内 洋
3 能・狂言と日本の笑い 関屋俊彦
4 日本の近代文学と笑い 羽鳥徹哉
コラム 国定教科書の笑い 織田正吉
5 エスニックジョークは社会の温度計 安部 剛
6 異文化コミュニケーションにおけるユーモアの役割 大島希巳江
コラム『笑う門には福来る』 吉野伊佐男
『がばいばあちゃん』始末記 島田洋七
漫才のつくり方 〜漫才台本ってどうやってつくるのか〜藤田 曜
特別寄稿
笑いの生物学を試みる 中井久夫
II 笑いと健康 ユーモアで元気になる!
7 ユーモアのまなざし森田亜矢子――死と生と,癒しの人間関係を支えるもの
コラム 医療とユーモア 柏木哲夫
8 笑いの効果――健康医学からのアプローチ 広崎真弓
9 アトピー性皮膚炎における笑いの医学的効果 木俣肇
コラム 笑いは最高のがん予防薬! 昇 幹夫
マジックの魔力! 伊藤実喜(Dr. マジック)
III ユーモア・サイエンスの発進!
10 笑いとユーモアの心理学 雨宮俊彦
コラム 挨拶に笑顔がつくと 久保田真弓
子どもと笑い 〜子どもの笑いは奥が深い〜 原坂一郎
笑いとロボット 北垣郁雄
11 「笑い」のトリオン・モデルと社会的リアリティの構成
――「政治バラエティ番組」にみる信頼と不信のネットワーク力学
板村英典・池信敬子・降旗真司
コラム 漫才と期待 ティル・ワインガートナー
テレビ現場で『笑い』をつくる 角田陽一郎
12 笑いの脳科学最前線 野澤孝司
aH(アッハ)を科学する 木村洋二
――笑いの総合科学をめざして
巻末フォト
関大笑い講/関大国際シンポジウム/日本笑い学会研究発表2006-2008
装画 峰丘 「最高の哲学」
ブックデザイン 岡崎健二
編集協力 池信敬子/カガワデザインワークショップ
図版・イラスト制作 谷崎文子/鈴木亜矢
◆はじめに ヒトはなぜ笑うのか 木村洋二
ヒトはなぜ笑うのか
もし宇宙人がやってきて人間を観察したとすれば,何よりも笑いに注目するにちがいない。ときどき大きな口をあけて,無意味な音を出しながら呼気を反復するヒト特有の奇妙な運動の意味はいったい何か? と。しかし,当の人間たちは,まじめな人ほど笑いなどはまじめな研究に値しないと考えてきたフシがある。ヒトはよく,馬鹿げたことを見たり聞いたりした時に笑う。この素朴な日常体験から,笑いは意味のない,「つまらない」ものである,という憶説が生まれ,笑い研究の「盲点」をつくった,と考えられる。笑いが人類に特有の現象であるからには,笑いは人間科学によって真剣に科学されなければならない。
笑う生き物はヒトだけである。ウマやネコは笑わない。しかし,500万年前に人類と進化の道を別れた高等類人猿(オランウータン,ゴリラ,チンパンジー,ボノボ)は,足の裏と脇の下をくすぐるとよろこぶことが報告されている)。つまり,おそらく原初的であろうが,笑いの回路がすでに発生しかけている,と考えられる。
この事実は,人類進化の謎を解く鍵が笑いのなかに隠されていることを暗示する。アリストテレスをはじめ,古来から多くのまじめな思想家が笑いの謎にとり組んできた。しかし,ヒトがなぜ笑うのか,そのメカニズムはまだ解明されていない。100年ほど前に『笑い』(岩波文庫)という粋な本を書いた哲学者ベルグソンも,「人類の知性に対するコシャクな挑戦」と言って尻尾を巻いたほどである。
笑いは,陰になり日向になり,精神のすべてのモードに連れ添うように現れる。このため,笑いとは何か,という問いは,論者の人生観や生活姿勢を反映する鏡となる。いつも優越劣等の軸で比較を生きている人は,笑いは「優越の表現」である(ホッブス)と言い,他人に笑われることを気にして生きる人は,「剥奪」であり「差別」であると呟く(ルソー)。まじめ一筋に生きている人は,「笑いはけしからん」と唸り(たぶん,カルヴァンなど),よく笑う人は,「笑いは救いだ,福音だ」ともちあげる(エラスムスやラブレー)。一貫した意味を求める人は,「意味の不一致」が笑いの原因(ショーペンハウエルなど)と主張する。ちなみに,「笑いは突然無に帰した予期」である,と喝破したのはカントである。その洞察力に脱帽するばかりである。
あふれる無の余剰
日本最古の神話『古事記』によれば,スサノオの乱暴に怒って岩穴に隠れた太陽神アマテラスを岩穴から引き出して,暗闇に閉ざされた世界に再び太陽の光りを取り戻したのは,ひとりの勇敢な女神アメノウズメノミコトの裸踊りによって惹き起こされた,神々の大笑いであった。
伊勢神宮にならぶ格式をほこる熱田神宮には,白装束で正装した17人の神官が,年に一度暗闇で大笑いをして,その笑いを厳かに神に捧げる秘儀(「笑酔人神事」)がいまも伝えられている。山口県防府市では,年に一度羽織袴で正装し,皆で笑いを神に捧げる祭儀「笑い講」が,地域の講のメンバーによって840年の長きにわたって執り行われている。注意深く正式に,あるいはひそかに大胆に生み出された笑いは,あふれる無の余剰に変換されて,あたらしい生命のエネルギーとして,人を生きさせる希望の力として,神と同様の働きをするのである。そのことを,すなわち笑いが神のもうひとつの姿であることを,いにしえの日本人は知っていた可能性が高い。
笑いは21世紀人間科学のフロンティア
本書は未開のフロンティアに手造りの鍬を入れることで,笑いの科学というあたらしい地平を拓こうとする,ひとつのまじめな冒険である。
笑いの体験を内在的に記述・分析することは,これまでも哲学者や心理学者によって試みられてきた。笑いが「不一致」から生まれる,という原因の分析や,笑いは価値の剥奪,あるいは救済をもたらす,といった機能の分析がそれである。しかし,それらの分析は,笑いの一面をとらえてはいても,ヒトはなぜ笑うのか,核心を説明できていない。笑いの謎を探るために,本書では無意識の認知メカニズムや脳神経科学をふくんだ,総合的で科学的なアプローチを試みている。
近年,脳の生きた働きを観測・画像化するfMRI,PET,SQUID等のハイテク観測装置が著しく発展した。その裏づけによって脳科学(とりわけ社会神経科学)はめざましい進展を遂げつつある。いずれそう遠くない未来に,人類は自分の脳の任意の脳神経細胞に発生する1個のインパルスすら観測できる域に達するであろう。
笑いは21世紀人間科学のフロンティアである。ヒトはなぜ笑うのか,その謎は,社会神経科学をはじめとする,21世紀のあたらしい人間諸科学の連繋によっていずれ解明される時がくるだろう。
編 者
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