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原田 正純 著


『水俣、もう一つのカルテ』
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03.05.01.

4-7885-5001-6

プロローグ=昭和の証人

一幕 僧侶か弁護士に
墨塗られた教科書/水俣との出会い

二幕 もう一つのカルテ
湯堂にて/神経どん/御所浦島/闘病/たけのこ塾

三幕 ネコ四〇〇号
細川一先生/毒には毒を?/過去の汚染を追う

四幕 自由回路
「語りことば」があぶり出す民衆の差別構造/自由回路

エピローグ


四六並製

284頁

定価2940円(税込)

◆名著がオンデマンド版にて復刻!◆

戦争と高度経済成長という二つの奔流に身をゆだね、不知火海汚染の歴史とともに歩んできた一医師の軌跡。戦争体験、水俣との出会いに始まり、民衆の差別構造にいたるまで、社会の縮図ともいうべき水俣病問題を、確かな目と豊かな人間味をもって映し出す。
「水俣学」提唱者による名著をオンデマンド版にて復刻いたしました。

◆本文一部紹介◆
 昭和三一(一九五六)年の夏には「もはや戦後ではない」という言葉が聞かれるようになった。それは、日本の企業、経済が自信を持って、その経済活動をはじめた証拠でもあった。この年、九州の僻遠の地、水俣市の海岸地帯で水俣病が正式に発見された。  それは、世界中の人々を驚かせ、奇跡といわせしめた高度経済成長の裏面の不吉な前兆であった。便利さ、豊富さをもたらした経済成長のかげに、公害病、労働災害に典型的、象徴的にみられる人間破壊が不気味に深く進行していたのである。四日市ぜん息、イタイイタイ病、水俣病などで代表される公害病、三池炭塵爆発、振動病で代表される労災・職業病、森永砒素ミルク事件やカネミ油症事件で代表される食品中毒事件、スモンやサリドマイド児で代表されるような医薬品による中毒事件など、多くのかけがえのない犠牲がおこる伏線があったのである。・・・<中略>・・・
私たちの世代は、私たちの意志と無関係に大きな奔流の中に流されてきた。私はその奔流の中で目を閉じることなく状況をきちんとみてきたつもりである。とくに高度経済成長期では、私は幸に医師であったためにも、それから目をそらすわけにはいかなかった。この本は、その昭和の流れに身をゆだねた男の体験の小さな記録である(プロローグより)



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