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六車由実 著

神、人を喰う
――人身御供の民俗学


A5判上製288頁

定価:本体3200円+税

発売日 13.4.8

4-7885-0842-7

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◆「食べられる」こと、「人を喰う」ことのリアルへ◆

庄屋の屋根に白羽の矢が立って、娘を神(怪物)の生け贄に差し出さないとい けなくなる――そういう人身御供の話を縁起とする祭りが、今も全国にたくさ んあります。著者は、このような祭りの詳細な調査をとおして、人身御供とは 「神の食べ物」として生ま身の人間を捧げることであり、それは祭りの後の直 会において神を食べること、共同体の人間がお互いを食べることにつながると 言います。そこから、現代においてもこのような「野蛮で残酷な」話が語られ るのは何故かと問い、肉食的な暴力性を排除してきた農耕社会・文明社会の根 源にまで及びます。期待の新鋭のスケールの大きな論考です。著者は東北芸術 工科大学研究員。

神、人を喰う 目次

神、人を喰う はじめに

◆書評
2003年5月4日付、読売新聞、川村二郎氏評
2003年5月18日付、山形新聞、久保田力氏評
2003年5月25日付、東京新聞、三浦佑之氏評
2003年6月7日付、図書新聞、礫川全次氏評
2003年7日、歴史読本
2003年9月SUPER MYSTERY MAGAZINE MU
2004年3月1日、JR EAST
2004年6月4日付、読売新聞、植田滋氏評
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神、人を喰う─目次
はじめに
序章 「人身御供」はどのように論じ得るか
一柳田の供犠論のゆらぎ/二供犠論前史/三大正期の供犠論の展開/四己の歴史として

第一章 「人身御供の祭」という語りと暴力
一問題の所在/二近世の追儺祭と「人身御供の祭」というレッテル/三祭祀改変と「人身御供の祭」/四「人身御供の祭」の行方と祭における暴力

第二章 祭における「性」と「食」
一問題の所在/二人身御供祭祀の諸相/三人身御供祭祀と巫女の関わり/四「神の性的奉仕者」から「神の食べ物」へ/五「犯す神」と「喰らう神」

第三章 人身御供と殺生罪業観
一葛・諏訪神社の供養塚/二人から獣、そして魚へ/三殺生の罪の緩和と「人身御供」

第四章 人形御供と稲作農耕
一問題の設定/二人形御供の諸相/三人形御供の祭における役割/四村落組織としての宮座との関係/五人形御供の発生について

終章 人柱・人身御供・イケニエ
一人身御供譚は暴力排除の物語なのか/二人柱と人身御供/三イケニエの置き換え/四神を喰うこと 神に喰われること/五失われた生の実感を求めて

注/引用・参考文献
あとがき





神、人を喰う―本文一部紹介

人身御供譚とは、人を神の食べ物として犠牲にする物語である。そこには、美しい娘や幼子が無残にも神に貪り食われる様子がリアルに描かれている。いったい、人々はなぜそのような恐ろしい物語を伝承してきたのか。そして、なぜ祭の度ごとにそうした物語の悲劇的な場面が想起され。再現されなければならなかったのか。本書はそうした血なまぐさい「人身御供の語り」がその由来譚として伝承される祭(これを「人身御供祭祀」と呼ぶことにする)の分析を通して、祭に要請される「暴力」とその意味を中心に考えてみたい。(「はじめ」により)