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マーティン・マックィラン 著/土田知則 訳
『ポール・ド・マンの思想』
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02.08.05. 4-7885-0816-8
何故ド・マンなのか |
四六判上製 272頁 定価3360円(税込) |
◆現代思想の最後の大物、ド・マンへの最適の入門書!◆ 「文学とは、読むことの問題であり、さらに正確にいうなら誤読の問題である」
「読むことは倫理的、政治的な活動である」。〈イェール学派〉の総帥であり、
〈読むこと〉の問題にコペルニクス的転回を起こしたド・マンの思想は、その
弟子たちに比べて、まだあまり日本に紹介されていません。本書は、脱構築、
誤読、アレゴリー、レトリック、翻訳、倫理などのキー概念を手掛かりに、彼
の「超難解な」思想をわかりやすく紹介しています。若き日にナチス協力の文
章を書いたというスキャンダルについても冷静な分析をしており、ド・マンの
世界への最適の道案内といえます。
◆本文一部◆ 〔ド・マンの生涯〕 ド・マンは一九一九年十二月六日、アントワープ(ベルギー)に生まれた。すでに述べたように彼はベルギーで学生時代を送った。ついで二七歳のときアメリカ合衆国に移住し、一九四八年にニューヨークにたどり着く。店員、自由寄稿の批評家、フランス語講師などをしがらしばらく過ごしたあと、彼はベルギー時代に戦争によって中断されてしまった教育を成就しようと決心する。「マラルメ、イエイツ、そしてポスト・ロマン主義の苦境」と題する論文により、一九六〇年、ハーヴァード大学より、ph・Dを取得する。この当時のド・マンはヨーロッパ哲学の規範的な文献(特にマルティン・ハイデガーの仕事)に興味を示しているが、彼に批評スタイルは洞察的な精読と当時支配的な文学史への関心を交差させるものであったように思われる。ド・マンは後に、死後出版となった『美のイデオロギー』において、こうした批評方法の有する倫理的、政治的な含意を批判検討することに多くの時間を割くことになるであろう。博士論文の審査答弁を首尾よく終えたあと、彼はハーヴァード大学からコーネル大学に移り、そこに一九六八年まで留まる。一九六〇年代も終わりを迎える頃、彼はチューリッヒ大学の派遣講師を兼任し、一九六八年から七〇年まではボルチモアにあるジョンズ・ホプキンズ大学人文学部教授であった。一九七〇年以降、ド・マンは彼の名前と最も頻繁に結びつけられるイェール大学に移り、そこを終生の地とすることになる。一九七九年、比較文学およびフランス文学担当のスターリング講座教授に就任し、亡くなるまでそのポストに留まった。
◆書評 |