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山口節郎 著

現代社会のゆらぎとリスク
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四六判316頁

定価:本体2800円+税

発売日 02.04.10

ISBN 4-7885-0795-1

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◆リスクは必然である!

世界はリスクに満ちている。誰しもがもつこの実感の根拠を求めて、リスクの研究が急速に進展しています。本書は、この研究の展開を精密に読み込んで議論を深め、リスクが現代の社会システムと人々の行動原理に根ざした必然であることを説得的に論じた書き下ろし雄編「リスクの社会学」を中心に、不確実性の時代といわれる現代=ポスト産業社会の「危機」を、その構造の根底からとらえた論集です。社会科学のひさびさの読み応えのある理論的作品として、学界の話題を呼ぶでしょう。著者は社会学者、大阪大学大学院教授。

現代社会のゆらぎとリスク 目次

現代社会のゆらぎとリスク 本文紹介

◆書評

2010年3月15日、千夜千冊、松岡正剛氏評

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◆現代社会のゆらぎとリスク――目次
まえがき

第1章 現代社会と新しい不平等
序 <新しい>不平等
一 <新しい>不平等と伝統的理論装置の弱点
二 閉鎖理論
三 資本による閉鎖と社会的不平等
四 属性による閉鎖と新しい不平等

第2章 福祉国家のトリレンマ−システム理論の応用的見地から
一 はじめに
二 福祉国家における「規則のトリレンマ」
三 福祉国家における「危機管理のトリレンマ」
 1相互無視/2危機管理による社会の不統合/3社会による危機管理の不統合
四 展望

第3章 支配の正当性−手続きからかユートピアからか
一 はじめに
二 ユートピアによる正当化
三 手続きによる自己正当化
四 批判的公共性と正当化

第4章 リスクの社会学
一 序「リスク社会学」の登場
二 U・ベックの「リスク社会」論
 1二段階の近代/2三重の「ない」(nicht)/3組織化された無責任
三 「リスク社会論」から「リスク社会学」へ
 1「システム・カテゴリー」としてのリスク/2「リスク/安全」から「リスク/危機」 へ/3リスク客観主義とリスク構成主義
四 可能なシナリオ?
 1構成主義と実践問題/2リスクへの対応をめぐって


現代社会のゆらぎとリスク 本文紹介

柳田邦男は新聞に寄せたある文章の中で「専門家社会のブラックホール」について論じている。それによると、戦後の日本は経済の急激な成長を遂げたが、同じにあらゆる職業分野で専門分化が進行した。各分野の組織内には細分化された部局ごとに専門の知識と経験を積んだ担当者がいて、業務を取り仕切っている。こういう体制が長期化すると、専門家集団のなかに次のようなムラ社会特有の価値判断や行動基準が形成される。「○自分の専門をこなしていれば社会に貢献することになるという視野狭窄に陥る○権威や権力を振りかざすようになる○事故防衛。自己利益の都合を優先することになる○生身の人間への配慮が希薄になる」。

 ここで指摘されている諸傾向は、これまで見てきた分化した機能システムの作動の自己言及的な閉鎖性の欠陥以外の何ものでもない。これらは環境(社会内環境)に対する無関心と無配慮のままに自己増殖をつづけるシステムのネガティブなライストゥングを表している。…中略…

柳田が提案する「二・五人称の視点」はヤップの言う「非対称的不整合」に重なる。システムの一次的観察(「三人称の視点」)の排他性と視野狭窄を二次的観察(外部環境からの視点)から得られる他にも可能な選択肢(Alternativoptionen)と多面的配慮(Mehrfacchberucksichitigung)によって補完しようとする「非対称的不整合」が狙いとするものこそ、まさに「二・五人称の視点」の確立である。専門分化社会やシステムに二次的観察を迫るのが「被害者や病者」の視点であり、「他者のリスキーな意志決定の結果を危険(Gefahe)として甘受させられる者」の視点である。「二・五人称の視点」は危険を甘受させられる者の身になって自己の意志決定を自制するという、リスク社会のシステムや専門家に求められる「合理的」な構えに他ならない。リスク社会学が二次的観察者の立場からリスクへの対応になにがしかの寄与をなし得るとすれば、それはシステムや専門家にこの「二・五人称の視点」の確立に向けて外部からの視点を仲介しうることによって、決定の「プログラム」に修正を迫ることであろう。(「リスクの社会学」より)