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(C)新曜社

芹沢一也著


<法>から解放される権力
 ――犯罪・狂気・貧困そして大正デモクラシー


四六判288頁

定価:本体2800円+税

発売日 01.09.30

ISBN 4-7885-0775-7

◆いま大正が、〈法〉がおもしろい!◆

いま大正時代が脚光を浴びています。従来、大正デモクラシーなどによって、つかの間の自由を謳歌したはかない時代としてしか意識されませんでしたが、犯罪を裁く法の分野に起こった言説の変化――法に則って裁くのではなく、法から解放されて犯罪者の人間に即して裁く<法から解放された権力>の登場 ――をもとに、その変化が狂気、貧困、政治の分野でも起きていることを詳細に明らかにして、〈大正的なもの〉の特質を浮き彫りにします。ここに大正デモクラシーも昭和前期のファシズムを用意したものとして新たな姿を現わします。フーコーのいう言説分析を日本近代に応用した、真に領域横断的な、気鋭の力作です。

◆書評
2005年5月19日、朝日新聞

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◆目次
序章
T 人格を裁く刑事制度
1 正義を批判する刑法学/2 治療としての処罰/3 法の不在を夢想する刑法学
U 精神医学の誕生
1 狂気を監禁する社会/2 悪性の源としての狂気/3 狂気を探知する精神医学
V 社会を監視する方面委員
1 国家的な救済主体の抹消/2 「社会民衆生活の気象台あるいは測候所」
W 統治システムとしての民本主義
1 法と主権をめぐる攻防/2 主権者なき統治システム
X 法から解放される権力


◆著者関連書
『狂気と犯罪』(講談社+α新書)4062722984
2005.05.18 朝日新聞夕刊記事「精神医療と司法の歴史たどる 芹沢一也さん」
日本の精神医療と司法の歴史を『狂気と歴史』でたどった。精神医療は患者のためではなく、 司法のかたわらで、もっぱら社会防衛の役割を担って現れたという。
「江戸時代までの刑罰は犯罪に対する応報だったが、明治以降は犯罪者の矯正という考え方が登場し、犯罪事実だけでなく、 犯罪者の家庭環境や成育状況も考え合わせて刑罰が決められるようになった」
犯罪者の「人間性」が論じられ、精神医療がそこに場を見いだす。犯罪をするような人間をあらかじめ発見し、 治療する、映画「マイノリティ・リポート」のような世界さえ夢想されていた。保安処分の発想の源流でもある。・・・・・・」

◆本文紹介◆
よくいわれているように、近代国家としての日本はその開幕の端緒以来、開国から日清・日露戦争にいたる緊迫した国際関係にあって、被植民地化の可能性をつねに年頭におかざるをえないという状況にあったのだが、日露戦争にはこうした緊張状況が弛緩することになった。対外的には、日露戦争の勝利による挑戦半島の合併と条約改正の達成(明治四十四年に関税自主権が回復される)は、日本の国家的安全と国民的独立とを保証することとなり、近代日本を戦争的な状況から解放した。したがって、いわゆる明治国家はこれまで自らを支えてきた対外的な脅威、いわばその〈外部〉を失う。…中略… 以上のような歴史的な背景を描き出した上で、われわれが本書で考察の対象とするのは、日露戦争前後、すなわち明治三十年代半ばから大正七、八年頃にかけて、犯罪、狂気、貧困、そして政治といった複数の領域に、その時代の支配的な傾向を代表するものとして現れた諸言説についてである。具体的な個有名としては、犯罪の領域では井上友一と小河滋次郎、そして政治の領域では美濃部達吉と吉野作造、こうした人々の言説に関心の焦点が当てられる。当然ながら、これらの言説が同じに検討されたことは今まで一度もない。だが、ある一定の方法論的な前提のもとでそれらを一括して分析してみることによってのみ、われわれは日露戦争に現れた新しい統治権力、すなわち〈大正的な勢力〉の構造を明るみに出すことができるのである。


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