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01.2.15.
4-7885-0746-3
◆目次
はじめに
第一章 天皇から庶民まで――『万葉集』の国民歌集化をめぐる問題系
一 国民歌集の構造
二 子規の再発見という通念
三 金属活字版『万葉集』の出現
四 一八九〇年という画期
五 国民の全一性の表象
第二章 千年と百年――和歌の詩歌化と国民化
一 国民歌集の前史
二 『新体詩抄』と和歌改良論
三 国文学と国民文学
四 子規のスタンス
五 国民歌集と国民教育
第三章 民族の原郷――国民歌集の刷新と普及
一 民謡の発明
二 万葉びとの創成
三 異端者伊藤左千夫
四 教育者の聖典――島木赤彦の万葉尊重1
五 伝統の発達――島木赤彦の万葉尊重2
おわりに/注/人名索引
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四六判
360頁
定価3360円(税込)
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◆古典と国民国家のふかーい関係◆
私たちは「万葉集」についてどういうイメージをもつでしょうか。大多数の人にとってそれは、「天皇から庶民まで」が「質朴な感動を雄渾な調べで真率に表現した」、日本民族が誇る国民歌集というものではない
でしょうか。しかし、この大多数のなかで万葉集を通読したことのある人はいったい何人いるでしょうか。ここから著者は、万葉集についての強固なステレオタイプのイメージはいかにして出来上がったかを問い、
古典が明治近代の国民国家の文化装置として成立したことを、文学史を博捜して緻密な論理で跡づけます。国文学の世界に新風を吹き込む骨太な書の登場です。著者は聖心女子大学文学部助教授。
◆本文紹介◆
『万葉集』は、広く読まれたために、゛日本人のこころのふるさと”となったのではない。逆に、あらかじめ国民歌集としての地位を授かったからこそ、その結果として、比較的多くの読者を獲得することになった。いくぶん奇矯な言い回しになるが、その際、読者をはるかに上回る数の非読者までを獲得したともいえるだろう。国民歌集に対する尊敬や愛着は、学校を主要な舞台として、いわば文部省推薦の公式固定観念として広められてきたからである。(「はじめに」より
◆書評
日本経済新聞 2001.3.18 「これが読みたい」佐佐木幸綱氏評
「出版ニュース」2001.4月上
京都新聞 2001.4.1 元吉 進氏評同記事、山形
「國文學」2001.7月号 身崎 寿氏評
「月刊 国語教育」2001.7月号 渡辺泰明氏評
◆著者主要著作
「国民歌集としての『万葉集』」『創造された古典』新曜社、1999.4、\4,000、ISBN:4-7885-0669-6
『<うた>をよむ 三十一字の詩学』(共編著、三省堂書店)1997.11、\2,000、ISBN:4-385-34585-6
「民族の声 <口誦文学>の一面」『声と文字 上代文学へのアプローチ』塙書房、1999.11. \9,500、ISBN:4-8273-0085-2
◆書評
2001年12月30日 日本経済新聞 佐佐木幸綱氏
2002年2月9日 日本経済新聞 海野太郎氏
2001年11月号 「国文学」 解釈と鑑賞 岩下武彦氏
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