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四方田犬彦 編 映画監督 溝口健二
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(99.10.8.) 4-7885-0692-0
目次 |
A5判
386頁 定価4410円(税込) |
ミゾグチのまったく新しい読み方 『雨月物語』『山椒大夫』などで知られる溝口健二は、ベネチア映画祭で二度も銀賞を獲得するなど、国際的にまさに日本を代表する映画監督です。にもかかわらず生誕百年の昨年、日本ではほとんどなんの催しも行なわれませんでした。唯一の催しで大きな反響をよんだ明治学院大学でのシンポジウムを活字にしたのが本書です。フィルムの残っていない初期の作品、タブーとして今までほとんどふれられなかった国策映画『満蒙建国の黎明』や型破りの演出で不評だった『元禄忠臣蔵』などを全く新しい方向から取りあげています。また新藤兼人氏、弁士澤登翠氏の興味深い話などからも多面的に新しい溝口像が浮かび上がってきます。 ◆書評 「論座」99.12月号 特集「日本映画史を読み解く10冊」四方田犬彦氏 京都新聞 99.11.21 筒井清忠氏評 同記事、福井、北國、佐賀、高知、沖縄タイムス、北日本、中國 「サンデー毎日」99.12.5 木下昌明氏評 「図書新聞」2000.1.1 佐藤利明氏評 ◆本文紹介◆ こと日本に関するかぎり、溝口に関して近年ほとんど見るべき研究なされていなかったことを、われわれは認めなければならない。その理由はいくつか考えられる。溝口の主題と文体、政治的イデオロギーは、一見したところとりとめのないまでに多様であって、小津的な達観のとも、黒澤的明快とも無縁である。なるほど溝口ではひとつの主題が選ばれるが、それはつねに憎悪と愛のいり混じる両義的な扱いのもとに描かれることになる。小津が軽妙な散文精神と戯れているとき、溝口は重々しい韻文をもって、メロドラマとメロドラマの批判との間を往還していた。黒澤が戦後いち早く『わが青春に悔なし』で過去との訣別を果たしたとき、溝口は新しく台頭してきた戦後民主主義のイデオロギーを真正面から受け止めようとして、危うげな拘泥を続けていた。こうした両義的かつ多義的なあり方に加えて研究を困難にしているのは、彼の全作品のおよそ3分の一にすぎない三二本しか、フィルムが現存していないという、如何ともしがたい事実である。(「溝口健二生誕百年によせて」より) |