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講座 小泉八雲

編者 平川祐弘



『講座小泉八雲』全二巻を新曜社から刊行するにあたり、なぜこのような企画を立案したか、その意図するところを述べさせていただく。

小泉八雲の名で日本に知られるラフカディオ・ハーンLafcadio Hearnは、まことに例外的な生涯を送った人で、フランス語で近年「エグゾット」exoteと定義される異色の作家であった。まず履歴からいうなら、ハーンは一八五〇年にイオニア海のレフカス島で英国駐留軍の軍医とギリシャの島の娘の間に生まれ、国家主義の盛んだった十九世紀後半から二十世紀初頭にかけてペンの人として様々な土地で生き、教育勅語発布の明治二十三年にあたる一八九〇年に来日、松江で小泉節子と結ばれ、熊本でも教師生活を続け、神戸で英字新聞記者として暮した後、日本に帰化、東京帝国大学の英文学講師(ただし給与は西洋人教師待遇)となって六年半教えた。そして、十四年間の滞在中に日本を題材とした十二冊の英語の書物を著わして、一九〇四年に東京で死んだ。日露戦争の最中である。

母が一方的に父のもとを追われたのも畢竟当時のギリシャが弱小国だったからであってみれば、ハーンがギリシャの独立運動にも明治日本のナショナリズムにも共感的な深い理解を示したことは頷けよう。しかし本人は狭義の一国ナショナリストではない。英語を母語とする作家であったが、父親の国籍である英国とも、また二十代・三十代の二十年間を過ごした米国とも必ずしも同一化せず、妻子のためとはいえ日本に帰化した。異国趣味と訳される英語のexoticismエグゾティシズムやフランス語のexotismeエグゾティスムとは、西洋などの主流文化の眼で異国を眺める際に生れる態度である。自分が境界を越えて向こう側の世界に入り込んでしまうことはしない。ところがその一線をあえて越えたために「ハーンは土人となった」Hearn went nativeと生前も東京・横浜・神戸などの西洋人租界では陰口をきかれ、西洋優越主義者の軽侮を浴びた。いや今でもなお米英などではハーンはその種の偏見の目で見られているのが実相ではあるまいか。愚かしくも日本などに惚れてしまい日本を美化して描いた男という見方である。そんなハーンに対する米英の日本学界の評価は決して高くない。今日の東京でめぼしい月例の知的な発表を英語で行なっている団体は外国特派員協会など三つあるが、その一つであるThe Asiatic Society of Japanではいまなおバジル・ホール・チェンバレンに代表されるような西洋中心主義の人たちの価値判断が重きをなしている。ところがそのような境界線をあえて越えたがゆえに、フランスの一部の文学史家によってハーンは「異国に入り込んだ人」「異国の価値観で事物を見たり感じたりすることのできる人」すなわちexoteとして近年逆に再評価されるにいたったのである。このような例外的な少数者は、西洋中心文化の覇権的な一元的な見方が支配的になろうとしているこのグローバル・ソサイアティーにおいて、逆にいよいよ貴重な存在となるのではあるまいか。産業化の帰結としてのグローバル化は非可逆的に進行しているが、その負の部分にも敏感であったハーンのクレオール化への注目は、冒頭の拙論でも詳述するが、真に今日的意味を持つものと考える。

それでは日本におけるハーン評価はどうか。ハーンから直接英語英文学を習った学生たちが日本の英文学界で重きをなしていた間は、ハーンの英米文学講義は尊重された。教師としてのハーンは東洋の学生の文化的背景も考慮して講義したから、その一連の講義録は近代中国でも近年の韓国でも尊重されている。しかし日本の英米文学界における作家評価はおおむね主体性に欠け、哀れなほど、英米本国における評価の動向に左右されてきた。それだから、英米本国においてハーンの評価が下がるに従い、研究する人も少なくなった。いまカリブ海に渡った作家としてのハーンが再評価されるのも、ポスト・コロニアリズムを口にすることが学界の流行となったからではあるまいか。

しかしハーンの文学作品は日本ではすでに明治大正年間から英語でもかなり広く読まれてきた。夏目漱石、志賀直哉、芥川龍之介をはじめ日本の作家で、ハーンの作品を評価する人が多かった。永井荷風のようにフランス語訳で読んだ人もいた。また昭和になり日本語訳が出るに及んで読者はにわかにふえた。日本人は小泉八雲の『怪談』や『知られぬ日本の面影』などを愛読して今日に及んでいる。ハーン来日百年を機会に刊行された講談社学術文庫の小泉八雲名作選集は既訳の中でもっとも信頼のおける六冊本と信ずるが、話題が来日以前の作品を集めた『クレオール物語』を除けば、それぞれ二万部から四万部に近い売行きを示している。この日本人の八雲に対する愛好には、明治の日本を美しく描いた作者に対する我が国人のナルシシズムの情も混じっていることは間違いない。来日以前のハーン作品に対する関心の低さはその逆証明でもあろう。しかし人間、自己愛だけで読書が長続きするものではない。読者はハーンが日本人の霊の世界にはいりこんでそれを捉えていることにも心動かされるのである。日本人の霊の世界は怪談・奇談の類のghost storiesにも示されるが、先祖崇拝などにも示される神道の世界の観察、いわゆる「霊の日本」ghostly Japanの観察にも示される。(人が死んで神として祀られる日本のことをハーンは自分の最終作『日本―一つの解明』の英文原稿表紙に漢字で「神国」と書いたのである。日本が死者によっておさめられている国と観じた所以でもあろう)。またあの世への関心や瞼の母を慕う甘えの気持もハーンを日本の読者に結びつけているのではあるまいか。キリスト教文明至上主義者が見落としがちな日本の底辺の民俗の貴重ななにかを捉え得たハーンは稀有な外国人であった。近年、柳田國男との関係においてもハーンがしばしば話題とされる所以である。

『講座小泉八雲』はこうしていまよみがえるラフカディオ・ハーンを新しく見直そうとする企画である。文明混淆の時代である二十一世紀にハーンの人と作品が新たに持ち始めた先駆的な意味にもふれ、国際文化関係論の中でも小泉八雲ことハーンを捉えなおしたい。英語本位、西洋本位のグロバリゼーションglobalizationが進行する地球世界は、裏面ではクレオリゼーションcreolizationが進行する過程でもある。西洋による植民地化・キリスト教化・文明開化の裏側にひそむその種の問題を鋭く捉えたところに意外にも時代に先んじたこの人の特性があった。ハーンは多くの西洋人からは反動的・反近代的・反西洋的と過去においてみなされ、現在もややもすれば軽視されている。しかし神道などを重んじた、その反時代的・反進歩主義的な観察が逆に一部では尊重される時代ともなりつつあるのである。

ハーンは日本人を愛しもし、憎みもした。もしハーンの手紙が未削除のままその本来の姿で全面的に世に出ることがあるならば、彼の心の振子がいかに激しく揺れたか、さらにはっきりと示されるであろう。そんなハーンは西洋と日本との間の愛憎関係love-hate relationshipを象徴する人物としても見直すことができるにちがいない。従来のローカルなハーン研究の中には、手前勝手に造り上げた親日家小泉八雲の像に囚われ、ややもすればマイナーな細部に拘泥し、世界の文学研究や比較文化史研究とは無縁の小道にはいりがちであった。細部はもとより大切である。好事家の穿鑿もそれなりに貴重である。ファン倶楽部も感想文も結構である。観光資源や学芸資源として小泉八雲を利用する向きが地方の都市で出るのも避けがたい。しかしハーンを頭から親日家とみなして礼賛する八雲ファンには時に困り者もいるのではあるまいか。本講座の中でも弱点があるとすれば二、三のセンチメンタリズムが先行した論文であろう。学問がその種の無批判な讃仰となることは必ずしも好ましいことではないであろう。

『講座小泉八雲』寄稿者各位には先行研究として、不完全ではあるが『小泉八雲事典』(恒文社、二〇〇〇年)その他を参照することをお願いし、学問的規律に欠けるところのないよう、論拠や出典や外国語表記を明記するようお願いした。若干の原稿は採用せず、少数の原稿は手直しを編集者の側からお願いした。その際、複数の眼で見る方が良いと考え、私は牧野陽子教授にも協力していただき全原稿の通読をお願いしチェックしていただいた。なおこの講座には新たに書き下ろしていただいた原稿のほか、明治時代以来の小泉八雲についての内外人の貴重な発言も収録した。その資料の複製と説明については關田かをる氏をわずらわした。

学術論文が同時に芸術文章であることが、ハーンに限らず私どもの狙うべき理想であると信じるが、本『講座小泉八雲』の出来映えはいかがであろうか。ハーン一人を取り上げることで、かくも豊かな多様な面が見えて来ようとは、編者の予想を越える喜ばしい驚きであった。その成否についての御判断は読者諸賢におまかせすることとしたい。

二〇〇九年六月二十七日
平川祐弘

注 (1) Poetica, 65, Tokyo : Yushodo Press, 2006はハーン特輯号であるが、pp. 31-41掲載の斎藤兆史論文は第一書房版『小泉八雲全集』に掲載された稲垣巌が手を入れたハーンの日本語の手紙に依拠しているために、論が信用の置けないものとなっている。雄松堂が新田満夫氏がかねて広言された公約通り、ハーン書翰を出来るだけ多く原形のまま収録したCollected Letters of Lafcadio Hearnをきちんと世に出されることをこの機会にあらためて切望する次第である。

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