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東京シューレによる
「貴戸理恵著『不登校は終わらない』に対する見解」へのコメント

貴戸 理恵


  特定非営利活動法人東京シューレのホームページ上に

「貴戸理恵著『不登校は終わらない』に対する見解」 とする文書が掲載され、拙著『不登校は終わらない』(2004、新曜社)の問題点をご指摘いただきました。 ご指摘については、事実誤認を招きかねない表現があり、私の側にもお伝えしたいことがあります。 東京シューレに同じホームページ上に私の意見を並べて掲載していただけるよう依頼しましたが、ご了承い ただけなかったため、以下にこの文書に対する私のコメントを記します。

I 「(1)研究方法の問題 @調査方法の問題」について(P.1)

i. 「東京シューレが明らかに研究対象とされ、本書の全般にわたって登場するにもかかわらず、当団体に何 の申し入れも事実確認も無かった」(P.1 L.21)について、拙著では、団体としての東京シューレに対して、 参与観察などによる一次資料の収集は行っておらず、公刊物などの二次資料に基づいて記述しました。公刊 物はすべての人に開かれたものだと考え、特に許可を求めませんでした。なお、一次資料を収集させていた だいた個々の情報提供者の方がたに対しては、
1) 調査依頼、2)ケースレポートのフィードバック、3)拙著の元となった修士論文全体のフィードバック、 4)出版の是非の確認という過程を踏んでおり、それぞれの場面で削除や修正に応じてきました(W-@参照)。

ii. 「都合により自分が当事者であるかどうかを使い分けている」(P.1 L.25)とのご指摘について、私は情 報提供者の方がたに研究の主題を説明する上で、自分が不登校の当事者であることを語りました。同時に、 拙著の中には「自分は当事者とは言えない」とする内容と読者に受け取られうる記述があったことと思います。 しかしそれは、当事者というものを「何らかの本質や実態を共有する集合としてではなく、あくまでも行為者 相互の関係におけるひとつの位置」(拙著、P.23)と考えているためです。「確固とした当事者が存在する」 というのではなく、その人が当事者であるかどうかは、どのような状況のもとで、誰と向き合うかによって、 その都度はかられるものと捉えています。

iii. インタビューの協力者を募る手続きについては、「研究の対象にしようという意図に気づかず取材に協力 した人や、まだ著者の知らないシューレ出身者達を紹介した協力者もいた」(P.1 L.25)というご指摘があり ましたが、私は、直接知り合った方がたには主として口頭で、紹介していただいた方がたにはメールや手紙な どの文書にて、研究の意図と主題をご説明し、ご了承いただいた上で調査に協力していただきました。

iv. 「フリースクールに問題があると語るように仕向けられたインタビューの発言が利用された」(P.1 L.29) について、インタビューでは誘導にならないよう気を配っていたつもりであり、フリースクールの問題点を殊 更に問うような質問を投げかけることはなかったと思います。もっとも、一般的に、語りの聞き書きの場では、 聞き手が誰であるかによって語られる内容は変化するものであり、私が聞き手であることがインタビューの内 容に影響を与えたことは、当然ながらあったと思います。いずれの場合も、収録に当たっては本人の了解を取 っています。

v. 「会話を使われると思っていない飲食の場での会話も根拠にされている」(P.1 L.30)について、インタビ ューが集団での飲食の場で行われたことがあることは事実ですが、その際には必ず「メモを取ってもいいか」 と確認し、了解を得た上で行っており、また文章化した後で本人にフィードバックしていました。

II 「A資料の扱い方の問題」について(P.1)
i. 「親の会での配布資料の中にある「親の手記」」(P.1 L.32)を「無断で引用」した事実はありません。

ii. 一部に事実誤認として処理しうる情報の不足や誤りがあったことは、私の至らなさであり、大変申し訳な く思っております。ご指摘いただいた点については、重版の際に改めましたので、2刷をご覧いただければ幸 いです。

III 「B実名の扱い方の問題」(P.2)について

i. 東京シューレと奥地圭子さんについては、公刊物からの引用に基づいて実名を記述させていただきました。 公刊物は公開された情報であり、誰に対しても引用に開かれており、それに対して私の解釈を提示しました。 その解釈が、東京シューレと奥地圭子さんの名誉を損ねたとのご指摘がありましたが、私にはそうした意図 は全くなく、批判的な記述も引用対象に敬意を払ったからこそ出てきたものと、読者に示すよう配慮したつ もりです。

IV 「(2)出版までの手続きの問題」(P.2)について

i. 情報提供者の方がたには、
1) 拙著の元となった修士論文を作成する段階でケースレポートをフィードバックし、
2) 修士論文が完成した後には原則として論文全体をお渡ししました。
なお、当該文書に記述が引用されているシューレ大学に所属する情報提供者のお二人には、直接お目にかか って一部を寄託し、お二人および関係者の方が閲覧できるようお願いしました。その上で、
3) 直接お目にかかるかあるいはお電話にて出版の許可をいただきました。出版後の内容はお渡しした修士論 文とほぼ変わっておりません。1)〜3) それぞれの過程で、情報提供者の方からのお申し出にしたがい、記述 の削除や改訂を行いました。記述の削除・改訂について、当該文書に記述が引用されている情報提供者のお二 人についても、同様にいたしました。
論文作成から出版に至るまでに2ケースを削除し、ゲラ作成の段階までケースレポートの修正を受け入れました。

ii. 出版前の修士論文の段階でのフィードバックは、団体としての東京シューレにはいたしませんでした。 その理由は、I-i にも示したとおり、東京シューレという団体を直接参与観察したわけではなかったためです。 もっとも、情報提供者の方が所属しており私も時おり訪れていたシューレ大学のスタッフの方には、論文をお 渡ししました。

V 「(3)記述内容の問題」について(P.2〜4)

内容の解釈については、お読みいただいた方がたの手にゆだねるほかはありませんので、弁明は差し控えます。 私には親の会やフリースクール、不登校を否定する意図はなく、不登校の子ども・若者が生きやすい社会になる よう願いながらこの本を書きました。ただ、そのような私の「意図」とは別に、公刊物はひとり歩きして「効果」 を生み出します。そのような「効果」は私の制御の範囲を超えたものであり、すべての責任を負うことは出来ま せんが、可能な範囲で気にかけ、対応していこうと考えています。

なお、私が分析対象としたのは、東京シューレおよび奥地圭子さんの主張や意図そのものではなく、それらが 不登校をめぐる語りの言説空間に配置されたとき、他の語りとの関係でどのように作用するかという「効果」の 問題でした。すなわち、いかなる意図のもとになされたかとは独立に、東京シューレおよび奥地圭子さんの実践 が、結果として「明るい不登校」「選択」の物語と受け取られてしまう言説空間があると考え、そこにおける言 説間の関係を問おうとしたものです。

VI 「この本をめぐる経過」(P.5)について

i. 刊行後の話し合いで「多くの点で著者が誤りや不備を認める」(P.5 L.9)とありますが、事実関係の誤りや 誤字脱字などについてのご指摘を受け入れ、重版時に訂正しました。また、出版前に奥地圭子さんおよび東京シュ ーレ宛てで修士論文を直接送付していなかった点について、より丁寧なやり方がありえたことに納得しました。 しかし、当該文書のご指摘を「多くの点で」「認め」ているわけではありません。

ii. 重版時に260箇所あまりの修正要求(当該文書の資料参照)をいただき、検討の上、以下の箇所について50箇 所あまりの削除・修正を行いました。
1)情報提供者個人からいただいた発言内容の削除・修正および匿名性への配慮、
2)事実誤認や誤字脱字の修正、
3)より誤解を少なくする表現への改訂。
いただいた修正要求のなかには、私個人の主張や解釈の大幅な改変を要請するものが含まれており、これを全面 的に受け入れた場合、本の趣旨が変わってしまうと考えられたため、全てのご希望に添うことはいたしませんで した。修正作業は2月16日に終えて原稿を出版社に渡し、同日に修正作業の内容を東京シューレ宛てにご連絡しま した。このときの修正リストを末尾に添付しますのでご参照ください。

iii. なお、当該文書に引用された手記の書き手である情報提供者のお二人についても、このときに個人としてい ただいた要請にしたがって、ケースレポートの一部の削除・修正を行っています。須永祐慈さんが違和感を表明 しておられる「フリースクール批判にも関心を持っている」「フリースクールに一〇年以上所属し、そのなかで 学び育った人物によって担われるとき、(中略)<「居場所」関係者>にとってもっとも核心を突く、手痛いもの となるに違いない」という箇所についても、このときのご希望によりすでに削除しております。2刷本をご参照 ください。

繰り返しになりますが、私には不登校運動を否定するつもりはなく、不登校を経験したひとりとして、東京シュ ーレの実践には常に励まされ、敬意を感じてきました。実際に東京シューレに通った経験を持たない私ですが、 公刊物を通して触れた東京シューレの不登校への考え方は、この文書に手記を寄せた当事者の方がお書きになっ ているように、私にとっても「ある意味ふるさとのような」ものであり、そうした思いは今も持ち続けています。 東京シューレのますますの発展をお祈りするとともに、不登校の当事者がより生きやすい社会をめざして、とも に歩んでいけることを願っています。

以上
2005年4月26日

参考資料
・特定非営利活動法人東京シューレ 2005「貴戸理恵著『不登校は終わらない』に対する見解」
・貴戸理恵 2004『不登校は終わらない:「選択」の物語から<当事者>の語りへ』新曜社

なお、重版時の修正済みリストは下記ホームページのPDFファイルのp5-p8をご覧ください。
貴戸理恵ホームページ



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