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1968〈上〉序章より一部抜粋




 「感動しました。とてもすばらしいです。でも私には何もないの。それでは闘ってはいけないのでしょうか?」


 この言葉は一九六六年ごろ、一人の女子学生が発したものである。ブント(当時の左翼政治組織であるセクトの一つ)の活動家の三上治が、新宿の喫茶店で女子学生二人に、六〇年安保闘争に参加したことなどを「いい気になって話していた」ときのことだった。

 本書は全共闘運動をはじめとした「あの時代」の若者たちの叛乱、日本の「一九六八年」を検証する。その目的は、過去の英雄譚や活劇物語として「一九六八年」を回顧することではなく、あの現象が何であったかを社会科学的に検証し、現代において汲みとれる教訓を引きだそうとすることである。そして本書の最後には、冒頭の言葉に、もう一度立ちもどることになろう。

   「あの時代」をとりあげることについて

 いまこの時代にあって、「あの時代」の若者たちの叛乱を検証する意味は、どこにあるのだろうか? 地球環境問題や、格差や若年雇用、高齢化などの問題をさしおいて、「あの時代」の叛乱を検証する必然性があるのだろうか?

 本書で記述するように、彼らの叛乱は政治運動としては、およそ未熟なものだった。いわゆる「全共闘世代」の人びとに、若い時代を懐かしんでもらうのが目的なら、社会科学的な検証など必要ない。また本書は、彼らの叛乱の未熟さや稚拙さにも言及するから、おそらく「あの時代」を美しい思い出としたい読者の期待には沿わないだろう。

 「あの時代」の叛乱を、それぞれの立場から回顧した回想記は、数多く出ている。しかし、それらは「あの時代」の叛乱の全体像を描いたものではない。またあの叛乱がなぜ起きたのか、それが日本社会や世界にどんな意味をもち、何を残したかなどを総合的に検証した研究は、いまのところ存在しない。わずかに、社会運動の先駆例として研究した論文がいくつか存在するていどである。

 その原因は、複数あるだろう。時代が近すぎるため、またその時代の生き証人が多いため、研究対象とするのがためらわれてきたこと。あれが一種の政治運動であったのか、たんなる風俗現象であったのか、それとも文化その他をふくんだ総合的な変革だったのか位置づけが人によって分かれているため、アプローチがむずかしいこと。一過性の風俗現象だったから、研究に値しないと考える研究者も少なくなかったことなどが考えられる。

 現代から客観的に考えるならば、「あの時代」に叛乱がおきたことは、不可思議な現象である。時代は高度成長の最盛期であり、貧困は解決されつつあり、学生も完全雇用状態だった。そのような時代に、大量の若者がマルクス主義を掲げて叛乱をおこすという現象が、なぜ生じたのだろうか。それは、当時の年長者たちにとっても理解できないことだった。おそらく、叛乱をおこした若者たちの多くにとっても、明確には言語化できないものであったし、できたとしても個々人によりその内容は千差万別であったろう。

 そうであるがゆえに、「あの時代」の叛乱の台頭は、当時の人びとにとっても、まったく予想外だった。第2章や第3章で述べるが、六〇年安保闘争の「敗北」後、六〇年代中期には学生運動は低迷しきっていた。前述した三上治は二〇〇〇年にこう述べている。「一九六〇年代の後半には全共闘運動があり、七〇年安保闘争があった。これらが果たして、一九六〇年の安保闘争や三井三池闘争を超えたのかどうかは定かでないが、はっきり言えることはこうした闘争や運動が生まれることは誰も予測していなかったのである」。

 一九九五年に、NHKが「戦後50年その時日本は」というシリーズ企画を組み、その一回として「東大全共闘」をとりあげた。その内容を単行本化した書籍の「取材後記」で、担当チーフ・ディレクターはこう述べている。

 「戦後五〇年その時日本は」のシリーズの中で、この「東大全共闘」の回は当初から困難が予想された。他の回はいずれも戦後の政治、経済の大きな転換がテーマとなっている。そのなかに隠されたもの、今だからこそわかる真相を描けば十分にインパクトがある。たとえば「三池争議」のように敗れた者たちの集団ドラマであっても、敗れることによって変わったものが確かにある。
 しかし、全国の大学を席巻した学生反乱の波はいったいなんだったのか、そして何を残したのか、それが見えないのである。取材の過程で運動に加わった人々の話を聞いても、誰も明確に語ってはくれない。いや、明確に答えてくれる人はいても、それが千差万別なのである。……
 私たちは全共闘とはなんであったか、それが戦後史に何を残したかを問うことをやめ、学生たちが時代に対し、闘争の局面に対し何を感じ、どう判断してきたかを描くことにした。ある意味では価値づけ、「総括」を放棄したのである。

 上記のように、全共闘運動を中心とする「あの時代」の叛乱を位置づけることは、非常に困難だった。本書は、NHK取材班が「放棄」したテーマ、すなわち「あの時代」の叛乱が「なんであったか」「戦後史に何を残したか」をあえて主題とし、「総括」を試みるものである。

 本書の内容は、当時の若者だった人からは、反発されるような内容であるかもしれない。NHK取材班も、番組放送後の「取材後記」でこう述べている。「全共闘世代からの不満も聞こえてきた。『歴史のように事項を並べるだけで、本質が描かれていない』というものであった。では、本質とは何か。それがまた千差万別なのである」。

 「全共闘世代」の人びとが述べる「本質」が千差万別なのは、前述のように彼ら個々人が、自分の体験をどう言語化したかが一様でなかったことも一因であろう。また本論で述べていくように、「全共闘」経験といっても、各大学の事情、入学した年代、末端活動家だったか幹部だったか、学部一年生だったか大学院生だったか、男性だったか女性だったかなどで、見えていたものが大きく異なっていたことも一因と思われる。回顧録の類には、自分個人の経験を「全共闘」経験一般として語ってしまっているものもある。それゆえ、NHK取材班に寄せられたような「千差万別」の不満が表われてしまうのだろう。  ならば、研究対象にするなら当事者が死に絶えた五〇年以上たってからのほうが無難かもしれない。しかし、それは歴史研究のアクチュアリティの放棄ではないかとも思う。

 たとえば、遠山茂樹・今井清一・藤原彰の共著で岩波新書『昭和史』が出版されたのは一九五五年である。鶴見俊輔らの共同研究『転向』が開始されたのは一九五四年だった。戦争という未曾有の事態を把握するために、五〇年など待っていられなかったのである。

 これらは戦後一〇年ほどで行なわれた研究であり、現在でいえば、バブル経済期を研究しその失敗を検証しようとするに等しい。遠山や鶴見らは、戦争という悲劇の原因を追究したいという切実な願いから研究を行なった。時代が検証を必要としているなら、五〇年経つのを待つのは、研究のアクチュアリティの放棄とはいえまいか。

 本論や結論で述べるように、筆者は「あの時代」の叛乱を、一過性の風俗現象とはみなしていない。だが、一部の論者が主張するような「世界革命」だったともみなしていない。結論からいえば、高度成長を経て日本が先進国化しつつあったとき、現在の若者の問題とされている不登校、自傷行為、摂食障害、空虚感、閉塞感といった「現代的」な「生きづらさ」のいわば端緒が出現し、若者たちがその匂いをかぎとり反応した現象であったと考えている。そしてこれを検証することの意義は、不安定雇用の若者たちから運動がおきつつある現在、ないとはいえまい。

 本書を手に取ろうという人の関心は、多様であろう。「あの時代」に生きて運動にかかわった方、社会運動の先例として学びたいという方、自分の親世代のメンタリティを知りたいという方、日本現代史のなかであれが何であったのかをつかみたいという方。本書はかなりの大著であるが、筆者のこれまでの著作同様、各章を独立して読むことは可能なので、関心のある章から読むことも不可能ではない。そこで学術書としては異例ではあるが、読者への便宜として、関心のあり方によって読むとよいと思われるガイドコースをここで提示しておこう。

   ・本書の趣旨を手早く知りたい方:序章→第2章→第5章→第9章→結論
・本書の趣旨をより詳しく知りたい方:序章→第1・2章→第5章→第8〜11章→第13・14・16・17章→結論
・社会運動の先例に学びたい方:序章→第1・2章→第15章→結論
・当時の学生叛乱に関心のある方:序章→第1・2章→第4・5章→第7〜14章→第16章→結論
・通読したいが省ける部分は省きたい方:第3章、第6章、第12章を省く

    あくまでこれは、筆者が想定した便宜的なものである。連合赤軍事件や第一次早大闘争、東大闘争、高校闘争など、個別の章に関心のある方は、その章を読めばけっこうである(ただし批判をする場合は本書を通読し全体を把握したあとにしていただきたい)。またガイドコースにしたがって読んだあと、飛ばした章にもどって読むという手段もある。もちろん著者としては、できるだけ通読されることをお勧めしたい。


研究対象と研究手法
 研究手法などに関心のない読者は、以下の部分はとばして、先に進まれたい・・・・・・・。

著者紹介
小熊英二(おぐま えいじ)
1962年東京生まれ。1987年東京大学農学部卒業。1998年東京大学教養学部総合文化研究科国際社会科学専攻大学院博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教員。

1968〈上〉

1968〈下〉


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